人の霊は神の意志(みこころ)を感知し①
人の意志は、人の霊をも含む全身を管理するべきです②
*
①
人の魂(知性、感情、意志)や体が
霊をさしおいて最初に、みこころを感知することはありません。
これは重要なポイントです。しかし後に「知性」も
みこころを知るのです。大切なのは順序です。
しかし悪霊は聖霊を装(よそお)い(聖霊のフリをして)
しばしば人の魂と体に、時に超自然的に「ニセのみこころ」を
知らせに来ます。(極端な場合、悪霊は肉体の目に見える
「イエス」として現れさえします。これがコリント書にある
「異なったイエス」でもあります。)
このようにして人はたやすく「みこころ」を誤解します。
今日これにだまされないキリスト者はむしろマレでしょう。
(あざむかれるのは熱心なキリスト者ほど多いようです。)
これと「ま逆」に、聖霊が人の霊に
神の意志を伝達する方法は直接的ですが、それはとても静かです。
だから私達は、自分の魂(思い、感情、意志)や体の興奮を避け、
静けさと落ち着きの中で終日「自然で無理のない」
生活を送るべきです。体と魂の騒音が聖霊のとても
「奥ゆかしい声」をかき消すからです。(聖霊の声はロックコンサート会場
のスグ外でないている、か細い秋の虫のささやきのようです。)
②
①の後は、
人の意志が「立ち上がる」必要があります。
人の意志が「示された神の意志」を遂行する決意を表明し
「他の諸機能」(魂と体)の「わがまま勝手」を拒絶し、
それらを管理する生活を実行しようと立ち上がる時に初めて
聖霊は人の力となられます。
②が現実のものとならないなら
「自然に」聖霊が人の力となることはあり得ません。
(これも重要なポイントです。)
もしも人が、②の「意志の表明」を明確に行わない場合
やはり悪霊が「無断で」キリスト者の中に侵入し、
「悪霊の不思議な力」を現すことがあります(予知能力等)。
その時キリスト者は、これを聖霊の力だと誤解して喜ぶでしょう。
しかし徐々に悪霊はそのキリスト者を苦しめ始めます。
これも今日のありふれた光景です。
2011年12月28日水曜日
穏やかな冬に感謝
ごぶたさしております。
だいじょうぶ、山で元気にやっておりますよ。
連日穏やかな好天で、神に感謝です。
正月小屋に人を迎えるので
今日は、午前の山歩きのあと、午後はストーブの薪を
南デッキに積みました。のびのびになりましたが
「連日24時間薪ストーブ焚きっぱなし」を
いよいよ実験するのです。
こうやってイザ冬に突入して見ると、
氷点下10度未満というのは大したことはないなー、
というのが実感です。最近は、朝マイナス7度くらいです。
これが20度、30度となると話は別でしょうが。
現にそういう所もあるのだから、人間の
寒さへの適応力は大したものです。
しかしながら、もしもドカッと大雪が降ったり、
水道が凍結するならばこんなノンキなことは言って
おれません。(長期ルス後の水道の凍結も今年はまだです。)
200メートルはある私道(ロイヤルロード)の雪かきは
70才の老人にはどう見ても体に悪いでしょう。
それで今、何と除雪機購入を考えているのです。
皆さん、よい情報はありませんか、安くてよい除雪機の。
だいじょうぶ、山で元気にやっておりますよ。
連日穏やかな好天で、神に感謝です。
正月小屋に人を迎えるので
今日は、午前の山歩きのあと、午後はストーブの薪を
南デッキに積みました。のびのびになりましたが
「連日24時間薪ストーブ焚きっぱなし」を
いよいよ実験するのです。
こうやってイザ冬に突入して見ると、
氷点下10度未満というのは大したことはないなー、
というのが実感です。最近は、朝マイナス7度くらいです。
これが20度、30度となると話は別でしょうが。
現にそういう所もあるのだから、人間の
寒さへの適応力は大したものです。
しかしながら、もしもドカッと大雪が降ったり、
水道が凍結するならばこんなノンキなことは言って
おれません。(長期ルス後の水道の凍結も今年はまだです。)
200メートルはある私道(ロイヤルロード)の雪かきは
70才の老人にはどう見ても体に悪いでしょう。
それで今、何と除雪機購入を考えているのです。
皆さん、よい情報はありませんか、安くてよい除雪機の。
2011年12月16日金曜日
山奥で今晩一人思ったこと
例えば
新宿のあの喧騒(けんそう)の本質は何でしょう。
それはひとこと空(くう)です。
しかし今、
神のことばなるイエスの本質は何でしょう。
それは復活、不死、不変、永遠、そして
極めて高くされた人間性です。
新宿のあの喧騒(けんそう)の本質は何でしょう。
それはひとこと空(くう)です。
しかし今、
神のことばなるイエスの本質は何でしょう。
それは復活、不死、不変、永遠、そして
極めて高くされた人間性です。
2011年12月14日水曜日
2011年12月13日火曜日
山にもどりました
ホンとに暫くぶりで、昨日小屋に戻りました。
水戸から船引三春まで無料の常磐道と磐越道を走り
ました。それはそれはとてもラクチンでした。
(いつもは殆どオール下)
けさ7時、外気はマイナス3度ですが、小さな灯油
ストーブを二つ焚いて、25畳くらい(正確には
分りません)の居間台所(LDK)は今25度です。
風邪をひいて少し倦怠感があるのですが
今日は、車を冬タイヤに替えるために郡山まで行きます。
そのアト、できれば薪ストーブに点火したいです。
「今ある古い薪」(今乾かしている薪ではない)が
全部無くなるまで「昼夜たきっぱなし」をして見ようかなと
思っています。まきが全部なくなったら・・
そのアトは何かよい方法が見つかるでしょう。
夜が明けて暫くぶりで見る小屋からの光景、
葉が全部落ちて丸裸の山々です。
水戸から船引三春まで無料の常磐道と磐越道を走り
ました。それはそれはとてもラクチンでした。
(いつもは殆どオール下)
けさ7時、外気はマイナス3度ですが、小さな灯油
ストーブを二つ焚いて、25畳くらい(正確には
分りません)の居間台所(LDK)は今25度です。
風邪をひいて少し倦怠感があるのですが
今日は、車を冬タイヤに替えるために郡山まで行きます。
そのアト、できれば薪ストーブに点火したいです。
「今ある古い薪」(今乾かしている薪ではない)が
全部無くなるまで「昼夜たきっぱなし」をして見ようかなと
思っています。まきが全部なくなったら・・
そのアトは何かよい方法が見つかるでしょう。
夜が明けて暫くぶりで見る小屋からの光景、
葉が全部落ちて丸裸の山々です。
2011年12月6日火曜日
昨日の太郎さん
昨日
日赤病院の太郎さんのお見舞いに上がりました。
病室に入り、さらにやせ、顔がとても小さくなって
しまった太郎さんを見て正直私はアッと思いました。
しかし何と
その太郎兄弟は私の勧めを受け入れ
「神よ、私の一切をあなたにおささげします」と
聞き取れないような小さな声で祈られたのです。その後、
今度は英子さんのうながしによって
「これまで、あなたが私を導き、支えてくださったことを
感謝します」と言う意味のことを祈られました。
医師は
「アトは肝臓の移植手術しか手立てはない。
だから別の病院を捜すように。
この病院の受け入れはあと2週間だけです。」と
言ったそうです。
どう見ても、人の目から見るならば
太郎さんの肉体は絶望的な状況に違いありません。
この記事を目にした皆様がた、主の中にあるこの兄弟の為に
どうぞ続けてお祈り下さいますように。
日赤病院の太郎さんのお見舞いに上がりました。
病室に入り、さらにやせ、顔がとても小さくなって
しまった太郎さんを見て正直私はアッと思いました。
しかし何と
その太郎兄弟は私の勧めを受け入れ
「神よ、私の一切をあなたにおささげします」と
聞き取れないような小さな声で祈られたのです。その後、
今度は英子さんのうながしによって
「これまで、あなたが私を導き、支えてくださったことを
感謝します」と言う意味のことを祈られました。
医師は
「アトは肝臓の移植手術しか手立てはない。
だから別の病院を捜すように。
この病院の受け入れはあと2週間だけです。」と
言ったそうです。
どう見ても、人の目から見るならば
太郎さんの肉体は絶望的な状況に違いありません。
この記事を目にした皆様がた、主の中にあるこの兄弟の為に
どうぞ続けてお祈り下さいますように。
2011年11月21日月曜日
「聖書を持ってきてくれないか」
糖尿病が相当悪化したある方について書きました。
その人の、キリスト者である奥様は何とか
夫の心が真剣に神と神の言葉に向かうようにと
メッセージのテープとか本とかをいつも一生懸命、
病床の彼に勧めたのでした。
「そうなってくれないと私は困るのです。
たくさん恩を受けた夫に申し訳ないから。」
これが中国出身の奥様の切実な思いでした。
しかし彼は全く聞き入れてくれません。
彼の言い分こうです:
「あなたの信仰は趣味みたいなものでしょう。
今日人の病気は医学が直すのです。」
このことに続くのが
11月4日→14日→15日の記事でした。
ところがその後17日彼は再び入院します。
家で意識がもうろうとし、口がきけなくなり
遂に意識を失い、病院にかつぎこまれたのです。
これはかなり深刻な事態です。
しかし何と幸いなことに
きのう20日に至り意識を取りもどし、彼は
枕べの妻を見たのです。
正にその瞬間
彼の口から最初に発せられたことばが
今日のタイトルのことばだったと言います。
「このことだけはお知らせしたい」
これが奥様であるE姉妹の今日午前の
せっぱつまった電話の内容でした。
皆様にも、お祈りくだされば幸いです。
実は東京渋谷区在住の飯田太郎、英子ご夫妻です。
その人の、キリスト者である奥様は何とか
夫の心が真剣に神と神の言葉に向かうようにと
メッセージのテープとか本とかをいつも一生懸命、
病床の彼に勧めたのでした。
「そうなってくれないと私は困るのです。
たくさん恩を受けた夫に申し訳ないから。」
これが中国出身の奥様の切実な思いでした。
しかし彼は全く聞き入れてくれません。
彼の言い分こうです:
「あなたの信仰は趣味みたいなものでしょう。
今日人の病気は医学が直すのです。」
このことに続くのが
11月4日→14日→15日の記事でした。
ところがその後17日彼は再び入院します。
家で意識がもうろうとし、口がきけなくなり
遂に意識を失い、病院にかつぎこまれたのです。
これはかなり深刻な事態です。
しかし何と幸いなことに
きのう20日に至り意識を取りもどし、彼は
枕べの妻を見たのです。
正にその瞬間
彼の口から最初に発せられたことばが
今日のタイトルのことばだったと言います。
「このことだけはお知らせしたい」
これが奥様であるE姉妹の今日午前の
せっぱつまった電話の内容でした。
皆様にも、お祈りくだされば幸いです。
実は東京渋谷区在住の飯田太郎、英子ご夫妻です。
2011年11月15日火曜日
千年間の救い
天に帰られたイエスはパウロに対して
「私は、この民と異邦人との中からあなたを
救い出し・・」と言われました。(使徒26の17)
ここでイエスは
救いとは「地獄からの救い」だけでなく
「この民と異邦人からの救い出し」であると
宣言されたことになります。
「この民からの救い」とは
「ユダヤ人からの救い」であり
それは当時の「正当な」宗教からの救いを
意味していたはずです。
パウロの生涯にわたるユダヤ教との戦いは
このイエスのことばに極めて忠実に従った結果です。
私たちも
地獄からだけでなく
今日の「正当な宗教」と異邦人(この世界)からも
救われなければなりません。
なぜなら
地獄からの救いとは「異邦世界の人々が」
無代価で与えられた永遠の命によって
永遠の時代において、永遠に
享受(きょうじゅ)するものですが、
この民と異邦人からの救いとは「キリスト者が」
自分の魂(自分自身)をいかに処(しょ)すかによって
永遠の前の千年の時代において享受されるからです。
(そこにはまだ「時間」があります。)
どう見ても千年間は短い時間ではありません。
「私は、この民と異邦人との中からあなたを
救い出し・・」と言われました。(使徒26の17)
ここでイエスは
救いとは「地獄からの救い」だけでなく
「この民と異邦人からの救い出し」であると
宣言されたことになります。
「この民からの救い」とは
「ユダヤ人からの救い」であり
それは当時の「正当な」宗教からの救いを
意味していたはずです。
パウロの生涯にわたるユダヤ教との戦いは
このイエスのことばに極めて忠実に従った結果です。
私たちも
地獄からだけでなく
今日の「正当な宗教」と異邦人(この世界)からも
救われなければなりません。
なぜなら
地獄からの救いとは「異邦世界の人々が」
無代価で与えられた永遠の命によって
永遠の時代において、永遠に
享受(きょうじゅ)するものですが、
この民と異邦人からの救いとは「キリスト者が」
自分の魂(自分自身)をいかに処(しょ)すかによって
永遠の前の千年の時代において享受されるからです。
(そこにはまだ「時間」があります。)
どう見ても千年間は短い時間ではありません。
「神の芸術」でしょうか
11月4日の続き。
中国出身の奥様からのメールです↓
感謝します!ハレルヤ~ 主人は今日退院しました。
完治ではないけど、今のところ安定してます。
本当に皆さんご心配おかけしました。
何度も病院行ってくださった事、これから、主の道歩み、
礼拝賛美 福音信仰 ハレルヤ~
(11月14日 月曜日 午後10:07)
中国出身の奥様からのメールです↓
感謝します!ハレルヤ~ 主人は今日退院しました。
完治ではないけど、今のところ安定してます。
本当に皆さんご心配おかけしました。
何度も病院行ってくださった事、これから、主の道歩み、
礼拝賛美 福音信仰 ハレルヤ~
(11月14日 月曜日 午後10:07)
2011年11月14日月曜日
水道凍結対策
相変わらず山小屋の一人暮らしです。
見る人影は郵便屋さん一人と言う日は「にぎやか」
な方で、全く人の声を聞かない日が一番多いのです。
薪小屋の屋根は、そまつな合板の上に安い
波トタンを張っただけです。だから、雨モりは
必ずあるだろうと覚悟していたのですが、先日
ザーザーぶりの中を見に行ったところ
アマモリは何と完全ゼロでした。
改めて、波トタン屋根というのはいいものだと
感心したのです。なにしろ金があまりかからない!
最近は暖かい日が続いていますが、11月の後半から
小屋をルスにしますし、ここは寒冷な阿武隈高地、
12月に入ればいつ寒波がおそって来るか分りません。
(今年はじめマイナス15度にもなったのです。)
それでどうしても
水道の凍結対策を急がなければなりません。
長期にルスにした場合
台所の水道が最も凍結しやすい。それは多分、
地下室をはっている水道管(カキオポリ)が凍結する
からなので、今、長期ルスにしても地下室の気温が
あまり低くならないように対策を取っております。
とは言うものの、これも「ソマツな地下室」の壁の
スキマ風を完全シャットアウトするというのは、そんなに
楽ではありません。断熱材でうめ、板をはり、コーキングで
仕上げるのですが、結構手間がかかるのです。
見る人影は郵便屋さん一人と言う日は「にぎやか」
な方で、全く人の声を聞かない日が一番多いのです。
薪小屋の屋根は、そまつな合板の上に安い
波トタンを張っただけです。だから、雨モりは
必ずあるだろうと覚悟していたのですが、先日
ザーザーぶりの中を見に行ったところ
アマモリは何と完全ゼロでした。
改めて、波トタン屋根というのはいいものだと
感心したのです。なにしろ金があまりかからない!
最近は暖かい日が続いていますが、11月の後半から
小屋をルスにしますし、ここは寒冷な阿武隈高地、
12月に入ればいつ寒波がおそって来るか分りません。
(今年はじめマイナス15度にもなったのです。)
それでどうしても
水道の凍結対策を急がなければなりません。
長期にルスにした場合
台所の水道が最も凍結しやすい。それは多分、
地下室をはっている水道管(カキオポリ)が凍結する
からなので、今、長期ルスにしても地下室の気温が
あまり低くならないように対策を取っております。
とは言うものの、これも「ソマツな地下室」の壁の
スキマ風を完全シャットアウトするというのは、そんなに
楽ではありません。断熱材でうめ、板をはり、コーキングで
仕上げるのですが、結構手間がかかるのです。
2011年11月9日水曜日
義弟の死
ごく最近
私の大阪在住の妹の夫が、心筋梗塞で突然他界しました。
なんと56歳の若さでした。
まじめそのもの、何ごとにも集中過ぎるほど集中する人
だったので、大学での研究生活等がかなり過酷であった
のだろう、と想像しております。
彼は真にキリスト者であり、既に
神の永遠の命をいただき、完全な救いを得ている
とは言え、正直やはり
「何でその若さで、かわいそう、気の毒」
と言う感慨はイナむことが出来ません。
私は葬儀には出ませんが
ただ妹と数日を過ごすために、月すえ大阪に行きます。
今回きっと神ご自身が、
エクレシアにある真実な交わりを、私たちに与えられる
ことでしょう。
その交わりにこそ、
今は主のもとで安息する彼女の夫の霊をも包む
永遠に滅びることのない天地の交流があるのです。
私の大阪在住の妹の夫が、心筋梗塞で突然他界しました。
なんと56歳の若さでした。
まじめそのもの、何ごとにも集中過ぎるほど集中する人
だったので、大学での研究生活等がかなり過酷であった
のだろう、と想像しております。
彼は真にキリスト者であり、既に
神の永遠の命をいただき、完全な救いを得ている
とは言え、正直やはり
「何でその若さで、かわいそう、気の毒」
と言う感慨はイナむことが出来ません。
私は葬儀には出ませんが
ただ妹と数日を過ごすために、月すえ大阪に行きます。
今回きっと神ご自身が、
エクレシアにある真実な交わりを、私たちに与えられる
ことでしょう。
その交わりにこそ、
今は主のもとで安息する彼女の夫の霊をも包む
永遠に滅びることのない天地の交流があるのです。
2011年11月7日月曜日
すばらしい祈祷書(きとうしょ)
神は、人が
心の最も深い所(人の霊)から
真理や自分の正直な感覚を
①「総ての存在」(宇宙)に向かって
声に出して発すること(宣告と言ってもよいでしょう)を
とても喜ばれます。しかしそれがツブヤキにならないように
気をつけましょう。
「総ての存在」を個々に言えば
②まず第一に神です。(当然これが一番多い)
③次に神の敵に、です
④第三に自分、⑤さらに人間に、
⑥そしてあるいは「下等な生き物や無生物に対して」も
含まれるかも知れません。
(⑥のヒントが聖書に無いわけではないのです。しかし
それは多分その背後にいる悪霊に対してでしょう。)
③は「悪霊への糾弾(きゅうだん)」或は
「証しのことば」と呼ばれます。
またせまい意味では②だけを「祈り」と言いますが、
イエスは⑥を「祈り」に加えたことがあります。
しかしその点はどうでも「自分の霊から正直に、
ハッキリと外に向かって声を発すること」が肝心なのです。
詩篇とはこの①から⑥の書であり、詩篇は全編とても
すばらしい「祈祷書」であると言えるかも知れません。
詩篇のどの部分が何番であるかを調べるのは楽しい作業ですが、
その境界がハッキリしないことも多いです。
(その部分は①であると言えば間違いないでしょう。)
それにつけても、詩篇のほとんどの部分が、神の敵を意識し、
悪霊に強く対抗していることには驚くばかりですが
そのようなダビデ達の「明確な意識と声」こそが、当時に
おける時代を転換(てんかん)してしまったのです。
今日と言う時代における神の最大の必要も、
そのようなキリスト者達のハッキリとした「意識と声」
であることは明白です。
心の最も深い所(人の霊)から
真理や自分の正直な感覚を
①「総ての存在」(宇宙)に向かって
声に出して発すること(宣告と言ってもよいでしょう)を
とても喜ばれます。しかしそれがツブヤキにならないように
気をつけましょう。
「総ての存在」を個々に言えば
②まず第一に神です。(当然これが一番多い)
③次に神の敵に、です
④第三に自分、⑤さらに人間に、
⑥そしてあるいは「下等な生き物や無生物に対して」も
含まれるかも知れません。
(⑥のヒントが聖書に無いわけではないのです。しかし
それは多分その背後にいる悪霊に対してでしょう。)
③は「悪霊への糾弾(きゅうだん)」或は
「証しのことば」と呼ばれます。
またせまい意味では②だけを「祈り」と言いますが、
イエスは⑥を「祈り」に加えたことがあります。
しかしその点はどうでも「自分の霊から正直に、
ハッキリと外に向かって声を発すること」が肝心なのです。
詩篇とはこの①から⑥の書であり、詩篇は全編とても
すばらしい「祈祷書」であると言えるかも知れません。
詩篇のどの部分が何番であるかを調べるのは楽しい作業ですが、
その境界がハッキリしないことも多いです。
(その部分は①であると言えば間違いないでしょう。)
それにつけても、詩篇のほとんどの部分が、神の敵を意識し、
悪霊に強く対抗していることには驚くばかりですが
そのようなダビデ達の「明確な意識と声」こそが、当時に
おける時代を転換(てんかん)してしまったのです。
今日と言う時代における神の最大の必要も、
そのようなキリスト者達のハッキリとした「意識と声」
であることは明白です。
2011年11月4日金曜日
神の芸術
若き日の飲酒がたたり、
ある方が相当重い肝臓病になられました。
最近彼の体内に、ある最新の機械をうめこむ治療もした
のです。医師は
「もうやるべきことは全部やった」と言ったそうです。
とてもやせ細ってしまった彼が、しかし、
この31日、病床でキリスト者のすすめに従い
とてもすなおに、声に出し、神に祈ったのです。
この方の奥様である姉妹も「彼が声に出して祈るのを
初めて聞いた」ととても喜ばれました。
さて、たった今、
彼の病床に共に立ち会ったY姉妹がメールをくれました:
その後も、彼はお祈りをして、
解放されているそうです。
神様は彼を
待っていて下さったのですね!
神は本当にすばらしいです。
sugar:
今、
「山の祈り」から帰って来たところでした。
全山・真っ赤、正に神の芸術です。
この秋、彼の家にも、神が
「美しくもすばらしい芸術」を描いて下さいますように。
ある方が相当重い肝臓病になられました。
最近彼の体内に、ある最新の機械をうめこむ治療もした
のです。医師は
「もうやるべきことは全部やった」と言ったそうです。
とてもやせ細ってしまった彼が、しかし、
この31日、病床でキリスト者のすすめに従い
とてもすなおに、声に出し、神に祈ったのです。
この方の奥様である姉妹も「彼が声に出して祈るのを
初めて聞いた」ととても喜ばれました。
さて、たった今、
彼の病床に共に立ち会ったY姉妹がメールをくれました:
その後も、彼はお祈りをして、
解放されているそうです。
神様は彼を
待っていて下さったのですね!
神は本当にすばらしいです。
sugar:
今、
「山の祈り」から帰って来たところでした。
全山・真っ赤、正に神の芸術です。
この秋、彼の家にも、神が
「美しくもすばらしい芸術」を描いて下さいますように。
2011年10月30日日曜日
神のみこころとは神の意志です
「みこころ」という「美しい日本語」に訳された原語は
「意志」というむしろ固いことばです。
御心とは神の意志です。
くりかえしますが
「みこころ」という日本語は情緒(じょうちょ)的で
神の感情や気分かな、とも思ってしまいますが、
全くそうではなく、実は神の意志です。
思考・思いや感情が大いに働いたとしても
最終的には意志がその人を決定し代表します。
したがって人の中で意志こそが最も大切な機能であると
言えるでしょう。
ですから「その人」とは「その人の意志」であるとも
言えるかも知れません。(「その意味では」意志は
「人の霊」以上に重要であるはずです。)
ですから時に感情的、感覚的に、また思いの中で大いに
ゆれ動き、「神から離れているような気分」にさせられた
としても、「神のことばを取る私の意志」が動かない
のであれば、実は何の問題もないのです。
(サタンはおもに思いと感情、感覚に働きます。しかし
あなたの意志がその敵の働き・悪霊の声を拒絶する限りに
おいてはあたたは安全です。)
宇宙には三つの意志があり
神の意志、サタンの意志そして人の意志です。
それらは一つ一つが独立しており基本的には自由です。
私達人は与えられた自由意志を働かせ
サタンの意志を「拒絶し」、神の意志を
自分の意志として「選択する」べきです。
その拒絶と選択をさらに人が口を用いて
断固表明、宣言するときに初めて神が働かれます。
これこそが、人に与えられた自由意志が持つ極めて重要な
機能、役わりであるはずです。
*
英語ではWILL(意志)と言う分りやすい訳です。
パウロ達が用いた言葉は、θέλημαと言うギリシャ語で
(thelema、スレマと読むのかな?)
新約聖書に60回ほど出てくるそうで、これは間違いなく
聖書の超重要語の一つと言えるでしょう。
Mat(6回) Mar(1) Luk(4) Jhn(8) Act(3) Rom(4)
1Cr(3) 2Cr(2) Gal(1) Eph(7) Col(3) 1Th(2)
2Ti(2) Hbr(5) 1Pe(5) 2Pe(1) 1Jo(2) Rev(1)
「意志」というむしろ固いことばです。
御心とは神の意志です。
くりかえしますが
「みこころ」という日本語は情緒(じょうちょ)的で
神の感情や気分かな、とも思ってしまいますが、
全くそうではなく、実は神の意志です。
思考・思いや感情が大いに働いたとしても
最終的には意志がその人を決定し代表します。
したがって人の中で意志こそが最も大切な機能であると
言えるでしょう。
ですから「その人」とは「その人の意志」であるとも
言えるかも知れません。(「その意味では」意志は
「人の霊」以上に重要であるはずです。)
ですから時に感情的、感覚的に、また思いの中で大いに
ゆれ動き、「神から離れているような気分」にさせられた
としても、「神のことばを取る私の意志」が動かない
のであれば、実は何の問題もないのです。
(サタンはおもに思いと感情、感覚に働きます。しかし
あなたの意志がその敵の働き・悪霊の声を拒絶する限りに
おいてはあたたは安全です。)
宇宙には三つの意志があり
神の意志、サタンの意志そして人の意志です。
それらは一つ一つが独立しており基本的には自由です。
私達人は与えられた自由意志を働かせ
サタンの意志を「拒絶し」、神の意志を
自分の意志として「選択する」べきです。
その拒絶と選択をさらに人が口を用いて
断固表明、宣言するときに初めて神が働かれます。
これこそが、人に与えられた自由意志が持つ極めて重要な
機能、役わりであるはずです。
*
英語ではWILL(意志)と言う分りやすい訳です。
パウロ達が用いた言葉は、θέλημαと言うギリシャ語で
(thelema、スレマと読むのかな?)
新約聖書に60回ほど出てくるそうで、これは間違いなく
聖書の超重要語の一つと言えるでしょう。
Mat(6回) Mar(1) Luk(4) Jhn(8) Act(3) Rom(4)
1Cr(3) 2Cr(2) Gal(1) Eph(7) Col(3) 1Th(2)
2Ti(2) Hbr(5) 1Pe(5) 2Pe(1) 1Jo(2) Rev(1)
2011年10月26日水曜日
10月21日のコメントから
>人には徹底的にやさしく悪霊に対しては徹底的に
残酷であるべきです。
本当にそうですね。このように理解すると、
ヨシュア記の”聖絶”の意味もわかる気がします。
でも、まさしく主の十字架で古い自分も含めて”聖絶”
されたんですね。
そのことを思うと、主を賛美するしかありません。
sugar:
確かに。
私の中に
イエスの十字架による「徹底的な聖絶」があって
初めて「神のわざ」に値するものが築かれ得るのでしょう。
神は少しの不純も許すことはあり得ず、
それらは完全に除去されなければなりません。
そう言えばあの時、
祭司長ユダヤ人達は、ピラトに向かって
イエスを「除け、除け!」と叫びましたね。
神は既に最後のアダムに含まれる一切の古きものを
イエスの肉体にあって取り除かれたのです。
この事実の根拠に立って初めて私たちも
旧創造の総てを取り除くことが可能となります。
★
共に70才前後
夫は糖尿病のために体の自由が相当奪われ
妻は目が不自由というキリスト者の御夫婦が札幌から
福島空港まで飛んで来られ、この山小屋に3泊されました。
今世界の中で最も呪われたかのような
フクシマの原発のスグそばで
一生忘れることがないであろう
主の暖かさにに満ちた交わりが持たれました。
心から神に感謝と賛美をささげざるを得ません。
以下は
ご主人から出発直前にいただいた手紙です:
「家内もかなり目が不自由となりました。
文字通り、手に手をとって参ります。
主が祝福してくださいますように。」
残酷であるべきです。
本当にそうですね。このように理解すると、
ヨシュア記の”聖絶”の意味もわかる気がします。
でも、まさしく主の十字架で古い自分も含めて”聖絶”
されたんですね。
そのことを思うと、主を賛美するしかありません。
sugar:
確かに。
私の中に
イエスの十字架による「徹底的な聖絶」があって
初めて「神のわざ」に値するものが築かれ得るのでしょう。
神は少しの不純も許すことはあり得ず、
それらは完全に除去されなければなりません。
そう言えばあの時、
祭司長ユダヤ人達は、ピラトに向かって
イエスを「除け、除け!」と叫びましたね。
神は既に最後のアダムに含まれる一切の古きものを
イエスの肉体にあって取り除かれたのです。
この事実の根拠に立って初めて私たちも
旧創造の総てを取り除くことが可能となります。
★
共に70才前後
夫は糖尿病のために体の自由が相当奪われ
妻は目が不自由というキリスト者の御夫婦が札幌から
福島空港まで飛んで来られ、この山小屋に3泊されました。
今世界の中で最も呪われたかのような
フクシマの原発のスグそばで
一生忘れることがないであろう
主の暖かさにに満ちた交わりが持たれました。
心から神に感謝と賛美をささげざるを得ません。
以下は
ご主人から出発直前にいただいた手紙です:
「家内もかなり目が不自由となりました。
文字通り、手に手をとって参ります。
主が祝福してくださいますように。」
2011年10月21日金曜日
今日の詩篇の通読から
旧約の神はなぜあんなに残酷(ざんこく)なのかと
いう質問をよく聞きます。確かに、たとえば
ダビデは塩の谷でエドム人、1万2千人を殺しましたが
その意味では殆どの旧約の主要な登場人物達は「残酷」
であったと言わなければならないでしょう。
しかし、まず旧約聖書とは、
単なる絵や説明であることを知りましょう。
「神の関心」はひたすら「霊的な実際」にあります。
霊的な事実こそが本物であり、旧約の世界だけでなく
今私たちの体と魂が接しているいわゆる「現実」でさえ
単に霊的な世界の「写し」に過ぎません。例えば一万年後
私の薪小屋建築という「現実」はどこにあるのでしょう。
絵はその役わりが終われば「実体」に地位をゆずるべきです。
多分ある人々は(豊臣秀吉のように)遅くも臨終の時に、
この世の出来事は総て「実体のない単なるカゲ」に
過ぎなかったことを知るでしょう。しかしそれでもその
人たちは幸いです。何故ならそういう人には
「永遠への救い」が「近い」からです。
とは言え、霊的な世界は分りにくいことも確かです。
そのために神はこの世界の「物質的、魂的な出来事」
によって、分りやすく霊的な実際を説明されるのです。
「旧約に出てくる敵」とは実は「今現在の神の霊的な敵」
サタン、堕落天使達、悪霊達のことです。
神はこのような悪い霊に対しては極めて残酷(ざんこく)です。
だから私たちも人には徹底的にやさしく
悪霊に対しては徹底的に残酷であるべきです。しかし残念な
ことに今日の人々は、それとは全く逆で、人に対しては戦いを
いどみ、悪霊に対してはとても寛容(かんよう)です。
(これは悪霊達の大成功にほかなりません。)
当然のことながら、霊的な戦いのためには、まずは
「霊的な事実」を神のことばによって正しく知ることから
始まります。そうでなければ悪霊と戦うことなど
到底不可能であると言わねばなりません。
いう質問をよく聞きます。確かに、たとえば
ダビデは塩の谷でエドム人、1万2千人を殺しましたが
その意味では殆どの旧約の主要な登場人物達は「残酷」
であったと言わなければならないでしょう。
しかし、まず旧約聖書とは、
単なる絵や説明であることを知りましょう。
「神の関心」はひたすら「霊的な実際」にあります。
霊的な事実こそが本物であり、旧約の世界だけでなく
今私たちの体と魂が接しているいわゆる「現実」でさえ
単に霊的な世界の「写し」に過ぎません。例えば一万年後
私の薪小屋建築という「現実」はどこにあるのでしょう。
絵はその役わりが終われば「実体」に地位をゆずるべきです。
多分ある人々は(豊臣秀吉のように)遅くも臨終の時に、
この世の出来事は総て「実体のない単なるカゲ」に
過ぎなかったことを知るでしょう。しかしそれでもその
人たちは幸いです。何故ならそういう人には
「永遠への救い」が「近い」からです。
とは言え、霊的な世界は分りにくいことも確かです。
そのために神はこの世界の「物質的、魂的な出来事」
によって、分りやすく霊的な実際を説明されるのです。
「旧約に出てくる敵」とは実は「今現在の神の霊的な敵」
サタン、堕落天使達、悪霊達のことです。
神はこのような悪い霊に対しては極めて残酷(ざんこく)です。
だから私たちも人には徹底的にやさしく
悪霊に対しては徹底的に残酷であるべきです。しかし残念な
ことに今日の人々は、それとは全く逆で、人に対しては戦いを
いどみ、悪霊に対してはとても寛容(かんよう)です。
(これは悪霊達の大成功にほかなりません。)
当然のことながら、霊的な戦いのためには、まずは
「霊的な事実」を神のことばによって正しく知ることから
始まります。そうでなければ悪霊と戦うことなど
到底不可能であると言わねばなりません。
2011年10月20日木曜日
薪小屋が完成しました
おかげさまで、昨日ついに薪小屋が完成しました。
これで私も安心して北海道からの泊り客(御夫婦、3泊)
を接待できることでしょう。
★サタンの不法と落下★
けさ詩篇56を見ていたら、ダビデが祈って
「敵を不法のゆえに投げつけてください」と
宣告していました。このサタンの不法とサタンの落下の
間にはキリスト者の「懇願と宣告」が必ず必要です。
聖書で不法は大きなことばですが「投げつける」も
とても大きなことばです。調べてみると、このyarad
ということばは旧約聖書にはおびただしくと言える回数
出て来ます。
これは新約でも同様の重要さを持つでしょう。それは、
イエスの十字架上で「敵を投げ落とす」(ヨハネ12の31)
を始めとして、神がサタンを天から地に、アビスへ、火の池へ
「投げ落とす」等です。(英語で言うとcast.downであり
これは福音書等では「悪霊の後退」を意味しています)
不法、的外れがあれば、堕落があります。堕落とは落下です。
ダビデは「敵を不法のゆえに投げつけてください」と神に
真実に懇願しましたから、敵はその一つの祈りによってさえ
必ずある程度後退、後ずさりしたでしょう。
今日も神の敵は私たちの神への懇願とサタンへの直接的な
真理の宣言によって後退、後ずさりし、それは必ず敵の落下へと
つながります。キリスト者の確信に満ちた真理の宣告には本来
黄泉(よみ)をもふるわせる力があるのです*が、それには私の
今日の歩みに少しの不法もあってはならないことも確かです。
*マタイ16の16~18
これで私も安心して北海道からの泊り客(御夫婦、3泊)
を接待できることでしょう。
★サタンの不法と落下★
けさ詩篇56を見ていたら、ダビデが祈って
「敵を不法のゆえに投げつけてください」と
宣告していました。このサタンの不法とサタンの落下の
間にはキリスト者の「懇願と宣告」が必ず必要です。
聖書で不法は大きなことばですが「投げつける」も
とても大きなことばです。調べてみると、このyarad
ということばは旧約聖書にはおびただしくと言える回数
出て来ます。
これは新約でも同様の重要さを持つでしょう。それは、
イエスの十字架上で「敵を投げ落とす」(ヨハネ12の31)
を始めとして、神がサタンを天から地に、アビスへ、火の池へ
「投げ落とす」等です。(英語で言うとcast.downであり
これは福音書等では「悪霊の後退」を意味しています)
不法、的外れがあれば、堕落があります。堕落とは落下です。
ダビデは「敵を不法のゆえに投げつけてください」と神に
真実に懇願しましたから、敵はその一つの祈りによってさえ
必ずある程度後退、後ずさりしたでしょう。
今日も神の敵は私たちの神への懇願とサタンへの直接的な
真理の宣言によって後退、後ずさりし、それは必ず敵の落下へと
つながります。キリスト者の確信に満ちた真理の宣告には本来
黄泉(よみ)をもふるわせる力があるのです*が、それには私の
今日の歩みに少しの不法もあってはならないことも確かです。
*マタイ16の16~18
2011年10月16日日曜日
古材を使い切る喜び
マキ小屋ですが、ようやく仕上げに近づきました。
昨日午前で屋根がほぼ終わり、その次は西壁工事
ですが、それもきのうの午後と今日で完成したのです。
この西壁というのは居間の西デッキから見下ろす部分なので
その部分は「チャンとした板」を用いました。(と言っても
ジョイフルホンダの最も安い板で、7尺ものが一束千円も
しません。)
と言うことは:
他の部分ではチャンとした材料は殆ど使わなかった、
と言うことです。トタン屋根の下地は最もヒドいものを使用
しました。それはフル材もフル材、結構腐れかけた合板もあり、
モザイクのように小さくカットして使ったのです。もしかして
大きな人が乗ったら底が抜けるかも知れません。こんなケチケチ
建築、プロは絶対にしないでしょうね。ましかし、しょせん
薪小屋、これでもいいわけです。
でもこの努力のお陰で、これまで長年ためておいた
古材はこのマキ小屋で全部使い切ることになります。実は
私にとってはこういうことが相当嬉しいことなのです。
明日は最後の北側の壁ですが、これもまたまた
フル材料を使用します。この部分の工事は楽です。
と言うのは、マキ小屋ですので風通しがよいように
カベを全面格子(こうし)窓状にするだけでいいからです。
スッカリ暗くなりました。
これから夕食、こんだてはシチューです。
昨日午前で屋根がほぼ終わり、その次は西壁工事
ですが、それもきのうの午後と今日で完成したのです。
この西壁というのは居間の西デッキから見下ろす部分なので
その部分は「チャンとした板」を用いました。(と言っても
ジョイフルホンダの最も安い板で、7尺ものが一束千円も
しません。)
と言うことは:
他の部分ではチャンとした材料は殆ど使わなかった、
と言うことです。トタン屋根の下地は最もヒドいものを使用
しました。それはフル材もフル材、結構腐れかけた合板もあり、
モザイクのように小さくカットして使ったのです。もしかして
大きな人が乗ったら底が抜けるかも知れません。こんなケチケチ
建築、プロは絶対にしないでしょうね。ましかし、しょせん
薪小屋、これでもいいわけです。
でもこの努力のお陰で、これまで長年ためておいた
古材はこのマキ小屋で全部使い切ることになります。実は
私にとってはこういうことが相当嬉しいことなのです。
明日は最後の北側の壁ですが、これもまたまた
フル材料を使用します。この部分の工事は楽です。
と言うのは、マキ小屋ですので風通しがよいように
カベを全面格子(こうし)窓状にするだけでいいからです。
スッカリ暗くなりました。
これから夕食、こんだてはシチューです。
2011年10月14日金曜日
猪突猛進されていたら・・
野生の動物を見るのは何だかワクワクする出来事
ですね。主が養っているのを見る機会でもあります。
うちもイノシシふえてますが、ある意味では
熊より危ないとも言われていますのでお互い
気を付けて森をあゆんでいきたいですね。
Sugar:
ありがとうございます。確かにそうです。
あの時、確実にすぐそばの茂みにいた親イノシシが
私を目がけて猪突猛進(ちょとつもうしん)して来ていたら、
命も危なかったかも知れません。こんな山では
小さな散歩でさえ、十分に危険です。
(4日のコメントから)
★
さて、聞いた話ですが、ある人が突然、
相当困ったことになってしまいました。
どう見ても、その解決にはかなりの作業量と
期間(半年?)とお金が必要です。その日
彼は何をしていてもそれが頭から離れないのです。
しかしその日の深夜、主は彼を起こし
今そのことに心を奪(うば)われるのはよくないと
示されました。そのころその人には、とても大切な
祈るべき課題(かだい)があったからです。
そのおかげで
彼はわれに帰ることが出来たのです。
彼はシッカリと自分の自由意志を用い
神の意志(みこころ)を選択し
他を排除(はいじょ)しました。
その心配事はひとまずかたわらに置き、
主が彼に祈るようにと示されていることを
声に出し集中して祈ることが出来たのだそうです。
その時彼は「みこころ」を妨害しようとした悪霊を
のろう事さえしたと言います。(神が憎み、のろっている
サタンや悪霊をキリスト者も憎むのは当然です。)
気がついて見ると
あの心配事は彼の足の下にあるかのようでした。彼は
霊の中で主と共に、その事態を、即ちその背後にいる
邪悪な者達を完全に支配することが出来たのです。
さて例の困ったことはどうなったでしょうか。
数日たって彼が現場に行き、そのことに着手した時、
神は彼にあるアイディアと既にある物を与えられており、
そのアイディアの通りにやって見ると、何とその困った
事態は、その日一日で完全に解決してしまったと言うのです。
このことで内心最も驚いたには彼自身であったようです。
ですね。主が養っているのを見る機会でもあります。
うちもイノシシふえてますが、ある意味では
熊より危ないとも言われていますのでお互い
気を付けて森をあゆんでいきたいですね。
Sugar:
ありがとうございます。確かにそうです。
あの時、確実にすぐそばの茂みにいた親イノシシが
私を目がけて猪突猛進(ちょとつもうしん)して来ていたら、
命も危なかったかも知れません。こんな山では
小さな散歩でさえ、十分に危険です。
(4日のコメントから)
★
さて、聞いた話ですが、ある人が突然、
相当困ったことになってしまいました。
どう見ても、その解決にはかなりの作業量と
期間(半年?)とお金が必要です。その日
彼は何をしていてもそれが頭から離れないのです。
しかしその日の深夜、主は彼を起こし
今そのことに心を奪(うば)われるのはよくないと
示されました。そのころその人には、とても大切な
祈るべき課題(かだい)があったからです。
そのおかげで
彼はわれに帰ることが出来たのです。
彼はシッカリと自分の自由意志を用い
神の意志(みこころ)を選択し
他を排除(はいじょ)しました。
その心配事はひとまずかたわらに置き、
主が彼に祈るようにと示されていることを
声に出し集中して祈ることが出来たのだそうです。
その時彼は「みこころ」を妨害しようとした悪霊を
のろう事さえしたと言います。(神が憎み、のろっている
サタンや悪霊をキリスト者も憎むのは当然です。)
気がついて見ると
あの心配事は彼の足の下にあるかのようでした。彼は
霊の中で主と共に、その事態を、即ちその背後にいる
邪悪な者達を完全に支配することが出来たのです。
さて例の困ったことはどうなったでしょうか。
数日たって彼が現場に行き、そのことに着手した時、
神は彼にあるアイディアと既にある物を与えられており、
そのアイディアの通りにやって見ると、何とその困った
事態は、その日一日で完全に解決してしまったと言うのです。
このことで内心最も驚いたには彼自身であったようです。
2011年10月6日木曜日
マキ小屋作りの再開
実家に帰っていて中断していたマキ小屋作りを再開しました。
きのうは第一屋根を全部、波トタンでおおうことが
出来ました。下地がよければ、波トタン張りと言うのは
楽なものです。
次に第二屋根のネタ渡しにとりかかったのですが
昼ごろ雨が降ってきたので、昨日の工事はそこまででした。
マキ小屋は決して大きくなく、5、6坪ほどだと思いますが、
その屋根となると、二重の屋根の総面積はビックリするほど
大きくなってしまうのです。
波トタン屋根というのは美的にはどうも「いまいち」ですねー。
それを何とかよりカッコよく見せる、これはむずかしい課題です。
トタンの色はモスグリーン(この色はめったに無い)で、値段は
20数枚で一万五千円ほど(@ジョイフルホンダ千葉ニュータウン店)でした。
★
主は、私達の日常生活のどんな場面においても
突然彼を礼拝する機会を与えられます。
以前、直接イエスに触れられ、真理が少し見えるようになった
ころのことですが、私は宗教的礼拝の組織(会堂)から追い
出されてしまったのです。それから数日もたたないある日の
事です。(それは普通の日だったのですが)何とイエス様が
わざわざ私に会いに来てくださったのですよ!
そのイエスとの会話の中、私はさらに「このお方が誰であるか」
をハッキリと知ることが出来たのです。その時、私は
思わず「信じます」と言ってただ一人彼を礼拝するのを
どうしても止めることが出来なかったのです。
*
実はこれは、シュガー作
ヨハネ9章・例の生まれつき目が見えなかった兄弟の
「インタヴュー」です。ここの礼拝と言う言葉はギリシャ語の
プリスキネオで(38節)その語源の意味は
「犬が飼い主をなめまわすように敬愛する」
と言うことだそうです。この兄弟の顔つきはとても自然な
もので、しかしイエスへの愛の心があふれていたのは
当然のことでした。
きのうは第一屋根を全部、波トタンでおおうことが
出来ました。下地がよければ、波トタン張りと言うのは
楽なものです。
次に第二屋根のネタ渡しにとりかかったのですが
昼ごろ雨が降ってきたので、昨日の工事はそこまででした。
マキ小屋は決して大きくなく、5、6坪ほどだと思いますが、
その屋根となると、二重の屋根の総面積はビックリするほど
大きくなってしまうのです。
波トタン屋根というのは美的にはどうも「いまいち」ですねー。
それを何とかよりカッコよく見せる、これはむずかしい課題です。
トタンの色はモスグリーン(この色はめったに無い)で、値段は
20数枚で一万五千円ほど(@ジョイフルホンダ千葉ニュータウン店)でした。
★
主は、私達の日常生活のどんな場面においても
突然彼を礼拝する機会を与えられます。
以前、直接イエスに触れられ、真理が少し見えるようになった
ころのことですが、私は宗教的礼拝の組織(会堂)から追い
出されてしまったのです。それから数日もたたないある日の
事です。(それは普通の日だったのですが)何とイエス様が
わざわざ私に会いに来てくださったのですよ!
そのイエスとの会話の中、私はさらに「このお方が誰であるか」
をハッキリと知ることが出来たのです。その時、私は
思わず「信じます」と言ってただ一人彼を礼拝するのを
どうしても止めることが出来なかったのです。
*
実はこれは、シュガー作
ヨハネ9章・例の生まれつき目が見えなかった兄弟の
「インタヴュー」です。ここの礼拝と言う言葉はギリシャ語の
プリスキネオで(38節)その語源の意味は
「犬が飼い主をなめまわすように敬愛する」
と言うことだそうです。この兄弟の顔つきはとても自然な
もので、しかしイエスへの愛の心があふれていたのは
当然のことでした。
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