2011年4月28日木曜日

基礎、土台とデッキの修復

4/26
何と南東側の一本の短い独立基礎(電柱)が完全に腐って
ブカブカ状態! 取り去って見ると、幸いその上の土台は
継ぎ目なしの 一本の角材であった。これは 建物全体にとって
致命傷にはならない。これは大いによかったことである。
だから今この基礎は応急的に簡単な金属の支柱で済まそう。

次は4本の土台の補強であるが
良く見ると、その部分は建物の中で、そんなに大きな力が
かかる所ではないことが判明。これは少し安心である。
従ってどうしてもと 今アワテテやることも無いようである。

と言うわけで、後日の工事になるだとうと思っていた
南西のデッキの修理にかかることができた。ところが
「サポート」を使って「力わざで」持ち上げようとしたのだが、
とてもムリである。(面積は3坪以上、高さは2m近くある
デッキが基礎からはずれて相当程度傾いてしまっている)

やはりイモクボ氏の言うように、滑車の原理で デッキ本体を
持ち上げることを考えないといけないらしい。それではこれから
イモクボ氏の所に出かけて機材を借りて来るとしようか。
(ところがイモクボ氏は実家へ帰られてルスでした)

4/28
重い重い南西デッキの持ち上げの為の、小さなクレーン
(チェーンブロックorレバーブロック)のフックを取り付ける為の
鉄パイプの三脚を作る準備をした。

(車のジャッキを2つ3つ使ってやった方がいい
と言う意見もあるが、しかしそのジャッキをのせる台を
作るのが面倒である。)

実際の鉄パイプは、次回下山のおり、千葉の
ジョイフルホンダで買う。いやはやこれは大仕事になって
来たものである。以上が昨日の作業であった。

今日はその長ーい鉄パイプが実際に私の車にのせられるか
の検討をしなければならない。3m40cm位をのせたい
のだが、それではドアは閉まらない。この車には屋根の
キャリアもないし、ひと工夫必要のようである。

それが終われば、
ようやく、地下の片付けに着手できるだろう。
明日は下山、山に戻るのは2日であろうか。

(今また小さな地震です。まーホンとに高感度な山小屋です。
なにしろ弥生時代的?高床式建物ですので・・)


★あるコメントから

基礎と土台については、わからず無知でした。
ネットで検索しました。
同じように捉えていましたが、地に埋もれた基礎があって、
その上に土台を据えるのですね。土台は建物と基礎をつなぐ
部分ですね。

聖書では検索すると、新約で基礎はわずかしか出てこないですが、
エズラ記は宮の基礎という表現で出て来ますね。
土台は新約に結構出て来ます。
土台自体はキリストご自身であって、据えて建物をたてるのは
私たちの働きなのでしょうか?

2011年4月26日火曜日

小屋、危ないかも

メール有難うございました。

先回の~のこと・・
そうだったのですか、それはホンとによかったです。

5/7のこともS姉妹から聞きました。
必ずや皆様の上に再び
主の祝福が豊かに注がれるであろうことを
かたく信じております。


さて
昨日25日午後、実家から山に来たのですが
先回、下山の前、
何と家を支える肝心の基礎と土台の一部が
それまでの腐食(ふしょく)もあって
「極めて危うい状態」であることを発見したのですよ。
これはホンとにえらいことです。

にもかかわらず、奇妙なことに家の本体そのものは
あの3・11地震から完全に守られたことは
やはり不思議です。

しかし、もう一度、大きな余震でも来ると、小屋の本体が
二箇所くらい決定的に傾いてしまうことも十分あり得る
でしょう。もしそうなったら、工事は大変なものになるし
もう住めないと思った方がいいでしょう。

というわけで、
今日から基礎と土台の補強工事を開始します。急きょ、
いかれた4本の土台のスグそばに補強の土台を入れるのです。
道具、機材はジョイフルホンダから買って来ました。
今回は29日に帰る必要がありますが、数日で戻って、
しばらくはこの工事にかかりっきりになるでしょう。
(聖書にも出て来ますが、基礎と土台は違います)

例のカタヅケの方・・地下部分は全く手付かずです。
それと二つのデッキの修理は後回しですね。


さてお尋ねの私の花粉症ですが、
今年の物すごい花粉の量には閉口しております。
実は4月、5、6日あたりは相当苦しかったのです。
(ハナのかみっぱなしでハナの中が傷つくほど)

ところがです、4月22日(下山の日)から
突然・症状が、私・花粉症だっけ?と思うくらい
ウソみたいに軽くなってしまったのです。
(22日、花粉が減り始めたのかな、
でも情報によるとそれはまだのようですが・・)

さて先回、イモクボさんが来てくれたおかげで
薪ストーブ、直りましたよ。これはよかったです。

ホンとに人生、面白いことが絶えません。
(あ今余震です。6:15AM)

PS:
5月1日、松戸のマルシア家に行くことになりました。

2011年4月21日木曜日

その時、私は80歳?

セージ&マルシア

マルシアが持ってきてくれたコーヒーメーカーは
ガラスの器が完全に壊れたので、もう使えないであろうし、
大きな電子レンジも電気が通じません。
今度ケーズ電気に持って行って見ましょう。
(直るといいけど)

人々のためにも
あなた達が山に来るのは
アイリちゃんが大きくなってからの方がいいでしょう。
その時、私は80歳かな?

シュガー

永遠を時空に引き出す

「あそこ」(キリスト)に現に存在する
永遠の真理(事実)を

この時空の中へと(今、ここに)

信仰によって
あなたが
・引き出す・再現する、or

聖霊の力によって
・引き出し・再現していただく。



☆コメントを頂きました。

そのようにしたら主は喜んでくださいますね。
それどころかそのようにすることを期待してくれていますね。
でも、これは驚くべき愛というか気前の良さですね。
ヨハネ14:13;16:24を思い出します。


感謝です。
そうされることを期待して
キリストは十字架に行かれ、復活し、今総てに超越して
おられるのです。
そう、総てにです、地震にもツナミにも、そして死にも。

2011年4月20日水曜日

大地震、後始末

昨日は
3・11大地震による小屋の中の「万物崩壊」に対して
ロフトと納戸の片付けが(意外に早く)終わってよかったです。

マルシアが持ってきてくれたコーヒーメーカーは
ガラスの器が完全に壊れたので、もう使えないであろうし、
大きな電子レンジも電気が通じません。
今度ケーズ電気に持って行って見ましょう。
しかし直るといいけど。


そのあとは、面倒な作業がひかえている、即ち
・薪ストーブの位置直し:
これは今日か明日、イモクボさんが来てくれるらしいので
一緒に「エイヤッ」とやってくれるように頼んでみよう。
微調整は一人で車のジャッキを使ってやる。
(これは先輩からの知恵です)

・ピアノ室の掃きだし大ガラス窓の枠はずれ:
これは南西デッキを直してからでないとダメかも知れない。
(ピアノ室と南西デッキは繋がっているからです)

・地下物置の大パニック状態:
これは相当の面積がある。ひたすら力仕事オンリーで、
二日はかかるかな。

・南西デッキの大傾き:
サポという道具(伸縮する支柱)を買ってやるのがよさそうだ。
小さなジャッキでは危ないであろう。
船引までサポの注文をしに行かねばならない。

・北デッキの大へんな傾き
(傾きどころか、3坪以上のデッキが3/4、母屋から
ぶら下がっている、と言うべきかも知れない。デッキから
地面までは3m近くはあるかな?):

長ーいサポを使っても、復元は実際問題可能であろうか。
むしろこのデッキは廃棄を考えるべきかも知れない。しかし
撤去するにしても、たった一人での母屋からの切り離しは
相当危険。よく考えてやらないと命が危ない。

以上ですが、いつゼンブが終わるのでしょうか。
いずれ総ては次回入山以後ですね。

2011年4月18日月曜日

山に来ました

先ほど小屋に着きました。
国道245が途中・通行止めだったので
あちこち大回りをして再び245へ。
それで今日は時間がかかったのです。
今日も実家からオール下。

小屋はブジでした。
再三の大きな余震で「あるいは」と思ったのでしたが
何もなくてよかったです。 ライフラインも大丈夫。

曇天(どんてん)に、森閑(シンカン)として
静まりかえるばかりのただ一人のカリマン。
あたりに誰もいないこんな「独(ひと)りじめ」の感覚も
またいいものです。(岩井沢全体では
人々は結構自宅にもどっているという話ですが・・)

もうスグ5時、今日は何もしないで・・
とは言っても身の回りの整理と簡単な夕食だけで
早めに寝るとしましょう。

今回も中3日の短い滞在です。
(あ、今17時2分、余震です。福島県沖、震度3。)

2011年4月12日火曜日

山小屋は緊急時避難準備地域に

この意味は、これから山小屋で暮らしてもいいから
「もしも何かあったら」
小屋の中に閉じこもるか、安全な所に逃げなさい
ということです。

国際放射線防護委員会(ICRP)と
国際原子力機関(IAEA)は
年間2万マイクロシーベルトから10万マイクロシーベルト
という数字を出しているそうです。

これは逆に言うと、一年間で
最大10万マイクロシーベルトまでは浴びてもいい
ということになります。しかし
政府は最も厳しい2万の方を採用しています。

その基準から見ても
先回4日~8日の5日間の山滞在で私は、おおよそ
計3・1マイクロシーベルト(毎時)を浴びていますが
これはかなり安心な数字と言えるでしょう。

何故なら私が仮に
1年中小屋にいて、一日それも多目の1マイクロシーベルトを
浴びた場合でも、年間では計365マイクロシーベルトです。
(山小屋のある岩井沢は殆ど1未満)
しかしそれは一時間当たりですから
一日も欠かさず、それも毎日10時間外にいたとして
(10倍して)年間3650マイクロシーベルトを
浴びることになります。

結論としては、2万対3650ですから、
これは一応安心と言えるのではないでしょうか。
(でももしも、数字に弱い私に何かカン違いでも
ありましたら、どなたか教えて下さったらあり難いです。)
こうなるとやはり自家用線量計が欲しいですね。

そういうことですので、
一番大変な作業員の皆様におきましては、
今後「原子炉の爆発」などにならないように
主イエスに祈りながら頑張って欲しい
と私は願っているのです。


15日か16日、入山の予定です。


 

2011年4月10日日曜日

カレブさんの本の英語訳

Dear Sugar

その後どうしておられますか?
7・1 の余震がありましたが影響はありませんでしたか?
ほんとうにたいへんでしたね。

さて、今南京の二人の姉妹たち( Sharonともう一人の姉妹) が
カレブ兄弟の書いた新約聖書注解書 を英文に翻訳しています。
( 二人とも李 潔 の生徒です。)

中文から英文に翻訳しています。
一週間一人一章訳するので二人で一週間に二章できます。
今は一人はマタイ、もう一人はヨハネを訳しています。
それぞれ十章までできました。
三年間で全新約聖書注解書を英文に翻訳する予定です。
もしよかったら参考にして下さい。

Web site: www.ccbiblestudy.org. です。

では。
すべてにおいて主のみ名があがめられますように。

リベカより


カレブ、リベカさん達は息子のエズラさんを伴ない
今日、明日当たり、ソウル経由で上海に入るようです。
カレブさんは5月15日まで中国に滞在されるとのことです。
一つ前のリベカさんからのメールです。


中国の各地の教会を訪問します。
すべては主の働きです。
主こそ始めであり終わりでありすべてのすべてです。
主のみ名に栄光が帰せられますようお祈り下さい。
日本においても主が更に働かれますように。

Rebecca

2011年4月9日土曜日

スクリーニングを受けましたよ

昨日下山しました。

まだガレキやゴミの残る、3月11日、あるいはその時
私が走っていたかも知れない、ツナミの現場に接する
いわきの国道を通りました。

さて
スクリーニングは田村市の体育館が会場でした。あたりは
防御服や自衛隊などが目に入る、一種独特の雰囲気です。
検査は丁寧(ていねい)親切で、靴の裏までも調べます。

私がいた時の岩井沢は0.9や0.8マイクロシーベルト毎時、
でしたので、スクリーニングで「陽性」になる可能性は
あり得ないのですが、
「原発25キロ」から来た人間(私)と接触する人々の「心」
のために検査を受けたのです。

しかしながら
「いわきナンバーのトラックは拒否します」と言った
東京の社長さんがおられる、というのが今の現実です。
(いわきの人はホンとに気の毒)

今世の中にただようフンイキによって右往左往するのではなく
あくまで「科学的な測定による数字」に基づいて物事を
判断するべきではないでしょうか。

一昨日夜の余震は震度5強でしたが、ミラーが一つ倒れただけで、
大したことはなかったです。(山小屋の片付けは
まだまだ終わっていません。)

2011年4月7日木曜日

計1.2マイクロシーベルト浴びました(毎時)

山で楽しくやっておりますよ。
御安心下さい。

各部屋の「ガレキ」片付けですが、
今日の午前の予定は・・・
地下室(離れ)の大きなフィックス窓ですが、これが完全に
破損したのですよ。そのガラスの片付けはきのう
やったので、今日はその窓を何かでカバーしなければ
なりません。

後はロフトのロビー部分ですが
ここは大変です、タンスと本棚が完全に
崩壊状態ですから・・。今日の午前ではとてもムリでしょう。
午後は外出、明日は下山ですから、残りは次回でしょうね。

きのうまでで居間、和室、ピアノ室
(ピアノは大丈夫、鳴ります)と
玄関、南デッキは終わっております。


山に入ってから私が浴びた放射能ですが:

4日は入山日で、半日もないから0.3マイクロシーベルト
くらいでしょう。5日は0.9で、計1.2です。
(でもこれは、24時間私が外にいたとしての
数字でしょうから、実際は更に割り引くことが出きる筈です。)
昨日のものはまだ出ておりません。
(ちなみに、4/4の東京は0・1)

このように山に来た時は、
必ずこの合計数字を記録しておけばいいでしょう。

私の場合は山と下を行ったり来たりであり、
それに5月5日で70歳になる身、
これからの余生の合計がどうなるとしても
大したことはなさそうです。

(ただしこれは、これから原発からの飛散が大きく悪い方に傾く
ことがなければの話です。それにしても一番大変なのは作業員の
方々です。あなた方の為に主に祈っていますよ。)

大切なのは、要するに正しい数字です。このことは
余計なことに時間と心を奪われないためにも
最低必要なことでしょう。

PS
そうそう、ガス屋の石井さんが見回りに来てくれましたよ。
奥さん同伴で、相変わらずの元気さと「博学ぶり」でした。
彼等も岩井沢ですが、もう避難所は切り上げたそうです。

2011年4月5日火曜日

今までと変わらないのかな

これからも私の山暮らしは
実際的には今までとそんなに変わらないものになる、
のかも知れない。

小屋に来て見て分かったことは
小屋は十分使用可能であるということである。
(「ガレキ」の片付け、デッキの修理等は今あわてることもない
だろう。そのうちボチボチやればいい。)

後は放射能であるが、
この30キロ以内の地域に関しては「今の所」政府は
「なるべく家の中にいなさい。しかし避難したければしなさい」
と言っていることになる。
途中のおまわりさんも私に「岩井沢(カリマンはその一部)に行く
のですね、どうぞ、どうぞ」と言った。

と言うことは、実家と小屋を行き来する私のような者にとっては
要するに、今までとあんまり変わらない生活ができる、
ということではなかろうか。
(もちろん、この見解を他人に強要する積りはないが)

25キロの岩井沢に住むことに関して、政府の態度はこれから
変わる可能性はある。しかしそれは、その時に考えれば
よいではないか。

一番いいのは、小屋に、或は体に常時「放射能計」を
くっつけておいて それを見ながら行動することである。値段が高く
なかったらいずれ購入してもよいかも知れない。 だから、今日から
の3日間は、ノンビリと自由に楽しく過ごそう、と思っている。



芋クボさんがよいサイトを紹介しております。

2011/4/4「20~50k圏の放射能濃度」  
福島県の第一原発付近市街地(20m~50km圏)の放射能濃度の
サイトが 更新されました。
http://atmc.jp/fukushima_town/

これを見ると今のところ岩井沢は全くオーケーですよね。
(所で、風の関係で、素人目にも、原発の北西方向は
不利な条件なのかも知れません。岩井沢は真西。)

2011年4月4日月曜日

しかし他はガレキ状態!

しかしながら、全く損傷(そんしょう)がなかったのは
建物本体だけであり、建物に付随(ふずい)した設備や
物品の状態は正に惨憺(さんたん)たるありさまです。

私には小屋の中、どこもかしこも、ガレキに見えてしまいます。
(モチロン本当のガレキではありませんが・・)実際
足の踏み場もないのですよ。これでは、とてもとても今
手をつける気になどなりません。

いくつか例をあげてみると・・
百何十キロの重さの薪ストーブは45度、位置を変えています。
(これは後で、2・3人で「セーノ」とやらないと直りません。)
しかし煙突が大丈夫であったことは感謝です。

立てかけておいたものは殆どが倒れております。
二つの大きなミラーもそうです。
しかし破損(はそん)がなかったのであり難い。

倒れなかったのは冷蔵庫くらいかな。しかし
おるべき所にはおらず、ドアは開きっぱなし、
3月11日から、ずうっと
ピーピーと音楽をかなで続けていたのでしょう。

ダイニングの食器戸棚は完全に倒れており、ロフトのホン立てと
タンスは、ロフトで十分に踊りを踊ったあと、ロフトの
階段に落下したと見え、そして階段を完全にふさいだのです。
(それを突破して自室に行くのが一苦労でした)

南デッキに立てかけておいた大きなサッシのガラスは
コナゴナにわれ、あたりに飛び散って
南デッキは危険な状態です。

南西のデッキと北デッキの二つは基礎がはずれ、
倒壊しかけております。(この修理には相当時間が
かかるでしょう)

壁の「おじいさんの古時計」をはじめ
時計と言う時計は全部床に落ち、
マルシアの電子レンジとコーヒーメーカーは
棚から転がり、電話は棚からブラ下がっておりました。
そして何とあの電子ピアノも・・・。


しかし、私のこんな「苦労」?など全くの遊びに過ぎません。
ここからさして遠くないあの海辺で、今も展開している
あの未曾有(みぞう)の惨事(さんじ)を思うならば・・

小屋本体はブジです

先ほど2時頃、小屋に着きました。
実に感謝なことに「小屋そのもの、その本体」は大丈夫、
殆ど損傷(そんしょう)はありませんでした。
それは人が生活する上では殆ど問題はない、ということです。
だから、
窓のガラス、ドアなどを含めて小屋自体は殆ど以前と同じです。

これは、
「このカリマンの地」の地盤が相当強い地層(ちそう)
であると言うことと、2バイ4建築物の頑丈
(がんじょう)さを物語るものでしょう。

小屋は遠くから見ると、ガケの上に建っているように
見えるのですが、そのガケにもクズレなど全く
ありませんでした。

またライフラインもオーケーです。
ただ水道が外の水抜き部分で漏水しているのですが
これは私でも直せるでしょう。明日にでもやりましょう。

ただ、20キロ範囲の
プロパンガス屋の石井さんは今
どこに避難しているのでしょう。
可愛そうに、私の為にガス工事をしてくれた
わずか数日後にあの地震だったのです。

今日、入山します

これから、あたりに人が殆どいない
福島の自宅退避区域にある山小屋に向かいます。
8日に下山しますから今回、中3日の山暮らしです。

目的は、小屋がどうなっているかを見ることと
「必要物」を実家に持ち帰ることの二つです。

小屋が大きくこわれており、生活が不可能であるか、
それとも何とか住めるような状態であるかは
これからの私の生活に関して「主のみこころ」の
大よそを、うかがい知ることができるでしょう。

もしも小屋が大破(たいは)していれば、
これからは、山はあきらめ、実家を基盤(きばん)にした
暮らしに、シフトチェンジをしなければなりません。
それはやむを得ないことであり、「みこころ」も
そこにあると信じます。(その場合は、今日直ちに
実家に「とんぼ返り」することになります。)

またこれから、避難区域が拡大された場合も当然
小屋に行きにくくなるでしょう。
いずれにしろ、今日の入山はどうしても必要なのです。

今回小屋での数日の暮らしに、放射能についての恐れは
私の場合、実感として殆どありません。
要するに「何を信じるか」ですが、
これ以上あれやこれや考えてもそれは際限(さいげん)の
無いことであり、心配するだけ損(そん)でしょう。
今回においては、日本政府を信じて行動する以外には
無いのではないか、と思っております。

しかし最終的な判断においては、
以上の状況を総て目の前に置いて
主の前に出るとき、今日の山行きに関して
私の心に波風が立つことは全くなく、
ムリ感、不自然感も100%ないのです。
ですから、今回のこの旅行に、主も共にいて下さることを
確信することが出来るのです。

それでは。

2011年4月3日日曜日

どこに逃げようか!

人は福島にいるよりは
茨城にでも逃げた方がよいと思うでしょう。
しかし茨城の人は、ここでも危ない
「関西の親戚に身を寄せようか」などと思います。
ところが心配性の関西の人は外国の方が
もっとよいと思うでしょう。
事実そう言って、多くの人々は日本から逃げ出しました。

しかし、結論から言って今日、
「特にこれからの時代」地球上に
完全に安全な場所など、決してどこにもありません。
安全だと信じ、のがれたその場所でいずれ、予期しえない
「ある災い」が彼を捕らえてしまうかも知れません。


しかし、感謝します。
神様は既に、総ての人間の為に
「絶対的に、永遠に、安全な場所」を
確保して下さっているのです。


それはどこでしょう。
それはほかでもない、
あの「天地にまたがるブドウの木」の中です。
人がそこに留まる限り、全く永遠に安全です。
宇宙広しといえども、ここ意外に
安全な所など決してあり得ません。


あと具体的には、
「神が私のために、みこころとされる場所」
(福島でも、茨城でも)に
安心して留まればばよいのです。

神はいずれそこから更(さら)なる場所に
あなたを移されるでしょう。
その方法についてあなたが
とやかく心配する必要はありません。

なぜなら、その時あなたは「その場所」「今日のキリスト」
(ヨハネ14、15章)に
もう植えられている(つながっている)からです。
(それは、真の命における、キリストとの結合によります)

From.China.3

2011年4月2日

Hi,Sugar
How are you? It's been a long time after I get
your E-maillast time.Some of us know that Lord
love you and you avoided earthquake.
Hope God's arm guard you forever and ever.
I pray that you will experience more His grace
in the circumstance in your country.

Sister,Jessica


From.Sugar.to.Jessica
(去年10月のものです)


Hi, Jessica.

I am now in my cottage in the mountains
in Japan. 
I came here yesterday for the first time 
after the one month trip in CHina.

I come here very often.
Now I miss you all especially the saints  
in your南京 church.

But I'll tell you the truth,
IN CHRIST I have you all now!
Even more I really believe that all things
are mine,whether Paul, or Apollos, or Cephas,
or the world, or life, or death, or things
present, or things coming.
All things are mine, and ofcourse yours.

The phrase 'In Christ' is a very little one,
But the meaning of IN CHRIST is
beyond wonderfu, isn't it ?
Ihave a lot of things I want to tell you
about this CHRIST. Because the very CHRIST
is my SECRET in my daily life in any situation.
How wonderful He is !

Now please greet
Sharon , your teather sister Lee, and
the broters that are with you.
Sister Rebbeca wants to know Sister Lee's
E mail adress.
Please let us know it.in your next e mail.
Now I have to say bye, 再会.

Your brother
Sugar.