朝食のバナナが、
薪ストーブの上でほどよく蒸し上がるのを待ちながら
これを書いています。
目を上げると、サラッと雪で薄化粧した小屋周辺
明るい朝の光に輝く光景です。
雪もこの程度なら大歓迎なのですが・・
そうそう先ほどまで、西に沈む大きな十六夜の月を
眺めておりました。冬の夜明けの月見です。
昨日、ストーブのそばに置いた大きすぎるソファを
取り除き、ストーブの周りをいろいろと整理したら
居間がずい分とスッキリしました。
今日から、居間専用の棚を作ろうかなと思っております。
ドア付きの、その小さなタナに電話の親機・ラジオや居間で
使用する小物を入れられれば、更にスッキリとするでしょう。
(電子レンジも入らないかなー)
薪ストーブライフもだんだん軌道に乗って来ると、
寒さをどうするかは、いつの間にか問題ではなくなり、
「暑さをどう対処するか」が問題となります!
これは予想だにしなかった一つの事実です。夜中、
タオルケットは蹴飛ばしてしまうし、
今朝はとうとう、ズボンの下のタイツを脱いでしまいました。
今現在室内は29度、しかし、29度もあると感じないのは
どうしたことでしょう。これは一つの不思議。
(外はマイナス6度です。)
今、霊的には
ごく小さな日常茶飯事・些細な起居動作の中で
神の力を体験する、がテーマとなっています。
ちょうどよい加減に蒸しあがりました。それでは、
ナイフとフォークで「スイーツに変身した」
二本のバナナをいただきましょう。
2 件のコメント:
<ごく小さな日常茶飯事・些細な起居動作の中で神の力を体験する>
主に満たされた世界ですね。
主に包まれて
主と対話して
体中に主の満たしが満ち満ちて、体の外にまであふれて
私も、シュガー兄が書かれたこのフレーズをお茶を飲みながら読んでいましたが、スーッと体が軽くなり温かい気持ちになりました。
イエスでさえ
「彼の奥に秘められた神性」を表されたのは
ゴク普通の人としてのありふれた
日常生活の中においてでした。
彼が意図的に
ある「舞台」を設け、その上で
人をひきつけるパフォーマンス等を
演じられたことは一度もなかった
のではないでしょうか。
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