ある日の昼時のことです。
私が労働から戻って見ると、ニー兄弟は 彼の顔 全面を涙でぬらして
おられ、そして言われました「妻のアンティー ニーが死去したのです」
それを私に告げられた時の ニー兄弟の悲しみは 極めて
甚大であったことは 容易に感知できるものでした。
しかし私は 何とか言ったのです「アンクル ニー 悲しまないで。
今度こそ、彼女の葬儀に出席できるように、もう一度 請願を提出して
見ましょうよ。」私はその時 いくらなんでも今度だけは許可される
のではないか と思ったのです。
そのようにして 申請が提出され、大きな期待の中で待ったあげく、
しかし、この度でさえ、彼に対する国家の判断は極めて過酷な
ものであったのです。役人は言いました、
「いずれにせよ、彼女はもう死んだんだろう。あんた達が行って、
今更、何ができると言うのかね?」
その時、しかし アンクル ニーは既に
主だけを愛し、主だけを求めておられたのです。
ただ堅く主のみを信じ 彼は、心痛のすべてを耐え忍ばれました。
以下は その極度の悲しみの中 或いはその後に詠んだ、彼の詩です:
哭千聲,喚千聲,
卿聲我慣聽, 何卿不應?
我看到這首詩,就在下面和道:
場ヌ報告,豎要求,
奔喪人長情,奈何不批准
*
ニー兄弟は総てをかけて主を愛しました。それ故、このたびの
出来事においても 恐ろしいほどの苦悶を味わわれたはずです。
しかしながら、数日後には、彼はその悲しみから抜け出し、
その生活は 全く以前通りに回復されていたのです。
そしてその後も 彼は、主の御前において一人密かに祈り、更にしっかりと
その肉体の中における「彼の最期」を生きられたのです。
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