2009年4月5日日曜日

柄沢兄弟の為にお祈り下さい(5)

*柄沢兄弟の献身*

・「あなた方の手足を不義の器として罪にささげてはいけません。
むしろ、死者の中から生かされたものとして、あなた方自身と
その手足を義の器として神にささげなさい。」(ローマ6の13)
・「あなた方のからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物として
ささげなさい。それこそ、あなた方の霊的な礼拝です。」(ローマ12の1)

この御ことばについて聞いた姉妹は、すぐにこれを登兄弟に伝えたい
と思いました。そこで、先ず妻の良子さんにそのことを話しました。
するとある不思議なことが分かったのです。と言うのは・・
良子姉妹はその日に至るまで、御前で次のように思い巡らし、
求めていたと言うのです:

「私は夫の為に、これから何をしてあげるべきなのだろうか。
彼が永遠の命を神からいただいたこと、これは言うまでもなく、
感謝なことではある。でも果たしてそれだけでいいのだろうか。
完全な永遠の救いを与えられた今、この貴重な時間の中で次に
「永遠に価値のあること」があるとすれば、それは一体何なのだろうか。
神の御前で、私は夫の為に何を話してあげるべきなのであろうか・・」と。

その時お姉さんから、あの「ロマ書の御ことば」を示された
良子さんは直ちに「それこそ私が神の御前で求めていたもの、
そのものであることが分かった」のです。

病室に登さんを見舞い、その二つの神の御ことばを
彼の前に置いた姉妹達は兄弟に語りました。
「登さん、この御ことばは決して神の強制ではありません。
でもそれは、永遠の命を既に持っている兄弟への神からの勧めです。
だから、あなたは自分の判断でそれを受け入れるかどうかを
自分で決めればいいのです。それで、登さんはどうされますか?」と。

登さんはどうされたと思いますか。
彼はハッキリ「その御ことばを受け入れます」と言われたのです。
ベッドに横たわったまま彼は、次のように祈ったと言います。
「主よ、私はこの私のからだを、あなたにおささげ致します。」


多分あすかあさって
登兄弟は大切な決定をしなければなりません。それは
今後、退院し、自宅で療養を続けるか、それとも
ホスピスのような緩和ケアを受けるのか、と言う決断です。
幸いなことに、
私がお聞きしたところによれば、3日現在、兄弟は、
「大過のない」時間を過ごしておられます。


祈ります:
その献身を喜んで受けられた「柄沢兄弟の神」よ、
あなたの御手の中に置かれた兄弟の霊と魂とからだを、
この時代の中、そして、エクレシア・神の国において、
今こそ生きて働く永遠に価値あるものとして下さい。
そして、神よ、あなたはその御業を
今既に力強く行われていることを信じます。

2 件のコメント:

emi さんのコメント...

献身が意志の問題であるということの実際を、柄沢兄弟のことで見せられ、大きな励ましを受けています。
たとえ動けなくなっても、それは神にとっては問題ではない。すべての時間を主は受け取ってくださり、用いてくださる。

感謝です。

Mr.Sugar さんのコメント...

キリスト者ほど 不思議な存在は

ほかにありません。

例えば、ベッドに横たわっているとしても

その霊が天のキリストと繋がるとき

彼は全世界のキリスト者に天の供給を

与えることが出来るのです。