2011年6月11日土曜日

パンと剣(つるぎ)をとりましょう

私達は進んで「神のことば」を取るべきです。

神のことばを取り、
①口に運(はこん)でよく噛(か)めば、それは
「命のパン」からの栄養(えいよう)となります。
②次に、口に運んだ神のことばを今度は手にとって
敵に向かって「つきつける」と
そのことばは、剣(つるぎ)となって敵(てき)を後退
(こうたい)させることでしょう。この①と②である
神のことばは、キリスト者の健康(けんこう)な
生活にとっては欠かせないものであるはずです。


イエスは「人は(この世の)パンだけで生きるのでは
なく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」
と言われました。(マタイ4の4)
だから彼は
「私は天から下って来た生けるパンです。」
(ヨハネ6の51)とも
「私があなた方に話したことばは、霊であり命である。」
(ヨハネ6の63)とも言われたのです。

だから、
キリスト者と言えども、日々ちゃんとした霊的な食もつを
取らなければ、そのうち必ず霊的に死人のような生活を
するでしょう。この死人と言う意味は
「この世に対してや、罪をおかすことでは」生き生きと
しますが、神に対しては死人となる、即ち「神の子」としての
働きを果(は)たせない、と言う意味です。それは正に
「生きた死人」です。これが神と聖書の見方のです。


また私達は
神のことばを手に取り、それを敵に「つきつける」
必要があります。その「つきつける」手段(しゅだん)は、
私達のような弱い「みどり児(ご)、乳のみ子」の口です。
「霊的な乳飲み子」が、何と、自分の命となった神のことばを
今度は敵をめがけて、口から「はき出す」のです!

その意味は、与えられた御ことばを自分にだけでなく、見えない
敵に「つきつける」、宣告する、提示(ていじ)する
と言うことです。このようにキリスト者が、口を開き、神の
御ことばを実際に声に発することはとてもとても大切です。
(詩篇8編を見てください)

それにしても、なぜ小さな「赤ちゃん」が巨大(きょだい)
な神の敵と戦う必要があるのでしょう。確かにこれは
ちょっと理屈(りくつ)にあわないように見えます。

その一つの理由を言えば(他の理由は後日に)
キリストの敵は
「真のキリスト者」を見るとき、同時に
「私達の霊の中のキリスト」を見るので、彼は
そのキリストに対して攻撃(こうげき)をしない
わけには行かないのです。なぜなら、創世記3章を見る
ならばキリストとサタンは正に敵どうしであるからです。

そしてその攻撃はキリストの体の「かかと」である私達に
必ず苦難(くなん)を与えます。ヒドイ苦しみを与える
相手がハッキリと分かっているのに、いつまでも私が黙って
いるとすれば、それはずい分おかしなことではないでしょうか。

しかし私達には、神の敵と戦う力などとてもありません。
どうして「この時間と空間(いわゆる自然)の中でしか
生きれない人間」が、時空を越えた力のある生き物と戦う
ことが出来ましょう!ところが不思議なことですが、
正にそれを神は私達に期待(きたい)されるのです。
(この理由も長い話となりますので、後日とします。)

しかし、感謝します。私達は力のない赤ん坊であっても
神のことばには、敵を退(しりぞ)かせる力が
十分にあるのです。(この点もまた後日に)

以上の理由で、私達は、毎日、毎時、毎分
①命としての神のことばと
②聖霊の与える剣である神のことばとを
受け取り使用する(エペソ6の18)必要があるわけです。
(明日は「敵の攻撃」について、と思っておりますが・・
本当に時間が足りません。)



水道工事は、しばらく後回しにして(というのは
水もれはそんなに多くないからです)今
地下の棚(たな)作りをしています。
大地震で、五つの棚のうち、三つが崩壊したのです。
きのうから・その内の一つの修復にかかっております。
建材等を入れる棚はどれも2坪はある大きなものです。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

汚染されたものは大人が引き受ける 小出裕章
2011年6月11日

週刊金曜日の2011年6月10日号(850号)の特集「放射能と食」に、小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)の記事が掲載されています。コメント欄で教えていただきました。

週刊金曜日 2011年6月10日 850号 特集記事 (記事名のみの記載)

記事の案内

安全な食べものなんてもうないから
 子どもを守るために
 大人は食べてください
 小出 裕章

食べものへの汚染は永遠につづく――。
小出裕章さんはこう言った。
今、私たち大人に残された選択肢とは、“食べる”ことだ。

記事概要

・放射性物質は東京方面、福島県内、宮城方面、そして米国にまで流れ、汚染を広げている。地球の陸と海すべて、そして全ての生きものが汚染されており、安全で大丈夫な食べものはもうないと思うしかない。

・被曝は微量でも危険だが、感受性は年齢によって全く違う。細胞分裂が活発なときに被爆すると遺伝情報が狂ってしまい、後にガンになる可能性が高まる。成長が止まるまでの間の被曝は大変危険。50歳を超えるとほとんど影響はない。

・すべての食べものを測定し、汚染度が高いものは年寄りが食べればいい。子供は汚染度が低いものを食べる。大人は、特に私の世代を中心として、原子力をここまで許してきた世代としての責任がある。

・政府は基準以下なら安心と言うが、それは間違いだ。連続的に危険が分散しており、どこかで基準を決めることはやるべきでない。

・日本では一般の人は年間1ミリシーベルトという決まりがあったのが、今回20ミリシーベルトまで我慢しないといけなくなった。子供もそれに含まれるが、それは認めることはできない。子供を守るために、汚染度の低いところで子供たちが遊びながら楽しく数ヶ月過ごせるようなサマーキャンプのようなものを作る必要がある。

・消費者が、汚染されている福島の農産物や近海の海産物を拒否したら、福島の農業、漁業は崩壊してしまう。日本は一次産業を崩壊させ、工業を発展させることを中心として進んできたが、原発はその象徴だ。その象徴である原発が事故を起こした今回、一次産業を更に崩壊させる選択をするべきでない。

・知恵を働かせて子供を守り、大人はあきらめて食べるべきだ。

共有:

Mr.Sugar さんのコメント...

有難う。そうです。
敵はこの地を深く深く汚染しました。

その汚染は、
人の安楽欲望に乗じた神の敵によって、
最初に人の心から開始され、そして
過去の世代世代において増し加わり

この世代に至り、遂には
目に見えない「微細な恐ろしい物質」を
全世界に拡散させるほどまでに
拡大浸透してしまったのです。
この汚染は全く
人の力のおよび得ない次元のものです。

私は今回の出来事を通しても
日本のみならず、この世界のどこにも
100㌫以上、一切の望みがないとの
確信に至りました。

この惨禍は更に、これに留まらず
浮沈を繰り返しつつ徐々に、しかし確実に
全世界へと引き継がれて行くことでしょう。


しかしながら、上記の
ヒドイ現実にもかかわらず、

2千年前、神が最後のアダム
(イエスという青銅のヘビの上に)
その総ての汚染を置かれ、それを呪い、
既に黄泉にまで送られたという
永遠の真理に基づき、

間もなくもう一度主イエスが来たりて
徹底的・抜本的に
この世の物質的な汚染をさえ
遂には永遠の火の池にまで
送られることを深く信じます。

そしてこの「永遠の」事実を
今この望みのない「時空の中で」
生きざるを得ない「大人たち」に、また
総ての造られた者に対して宣告する為に

主の下さる聖なる食物を
日々食べ続けて行くことを心から願い、

人類にとって唯一の希望である
あの青銅のヘビを見上げるのみです。

アーメン、
主イエスよ・早く来て下さい!

匿名 さんのコメント...

すみません 2度共 匿名にしてしまいましたが、私は以前に1度アメリカ東部にすむハンナという名でコメントしたものです。

東部といっても実際には、以前に原発事故を起こしたスリーマイル島ののすぐ近くにすんでいます。あれから 30年程たちますが あのような事故があったとは、思えない程 のどかで平和な農業の盛んな所です。風下にあたる所に電力の恩恵を全く受けないアーミシュの大きな集落があります。

当時の様子をいろんな方から聞きますが、一時的に避難したもののまた戻ってkたようです。皆が避難する中 原発の事故現場で除染作業にあたって折られた方が主人の職場にいます 1日12時間 土日なしで1年間らしいです。今も元気ですしお孫さんもおられます。

私たちキリスト者にとって 神のみこころの場所が一番安全なところだと思います それがたとえイラクであったとしても(笑)

Mr.Sugar さんのコメント...

ハンナさん、
再三のよいコメントを感謝します。
(以前のことも覚えておりますよ)

現実問題として
私達は、この地上がどうであろうと
ここにしばらくの間・留まって証しを
しなければなりません:
真の国、「汚染の全くない世界」が現に
スグそこにある、という福音を。

だから結論は、言われるように
神のみこころの場所が一番安全である、
ということです、
たとえそこが福島であったとしても。

今ここ福島の阿武隈・カリマンの初夏も
今ハンナさんがお住まいの所に負けず
劣らずに 美しいです。
あ、今ウグイスが近くで啼きました。

ただ主を愛し賛美します。