2011年3月5日土曜日

創世記三章の原則

創世記三章を見ると、
そこに「完全に独立した三つの意志」があるのを見ます。
それは神の意志、ヘビの意志、そして人の意志です。

この際、問題なのは人の意志です。
人はその時
「神の意志(みこころ)を自分の意志として取る」という
断固(だんこ)とした自分の選択(せんたく)を
しなければなりませんでした。

「神は恵み深い方であるから、何もしなくとも
(ボーっとしていても)そのうちに何かが起り
私を助け、救って下さる」ということは
この創世記三章に関するかぎり
全くの幻想(げんそう)であることが分かります。(しかし
この幻想は今日クリスチャンの間で普通に見られる光景です)

神はその時、
ご自身が定められた宇宙の法律に従い
(人に与えた自由意志を尊重し)
その場面に登場され、エバの手を取ってエバを救助し
ヘビを滅ぼすということは出来ませんでした。
(この意味で神は全く「全能」ではありません)

しかし、ヘビ(この世の神)は人の意志が明確でないならば
すなわち、浮き草のように「何か」に身を委(ゆだ)ね、
奇跡(きせき)にあこがれ「何となく幸いを待つ」
だけであるならば、人の魂と体の欲求に対して大いに働き、
やすやすと神の意志から人を遠ざけてしまうことは明白です。


しばらく実家におりました。
今雪は20センチほどありますが、強い日差しに、
これからドンドン少なくなることでしょう。

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