2009年11月6日金曜日

展開力(3)

キリストの死があれば、それは必ず復活に繋がります。
そしてそのキリストの復活は一つの法則として ある展開を見せるのです。
この展開力は完全に「復活のキリストのもの」であり、その実体は聖霊です。
初代のエクレシアに見られた「御ことばの成長、拡大」は、決して生身の
地のチリである人の体と魂という起源から発したものではなく、
その正体は天的展開力を伴う復活のキリストでした。

この素晴らしい復活と展開と言う現象を楽しむ為にはどうしても、人の
完全な死を待たねばなりません。人の完全な死を見届けて初めて
復活があり、そしてそれが次には展開という結果を見せるのです。

展開は復活のキリストの力の表示です。それは 極限まで十字架に閉じ
込められ圧迫されたもの、即ち「完全な死」の中から「究極的な命」
としてのキリストが 時空の中に復活として現わされ、次に流れ出、
表示され、展覧されたものです。それは植物の一粒の種が地に落ち 死を
経過し、復活すると、その命の展開が始まるようなものかも知れません。
その現象は私達の目には萌芽、成長、開花などとして観察され 
人の癒し 慰め 喜びとなります。

福音書のキリストイエスはどうしても地に落ち、埋められなければ
なりませんでした。しかしそれは福音書の最後において復活し、
使徒行伝において その展開が開始され、更にその内的に隠されていた
無限の神の力は 展(ひろ)がり 開き続け、それは 書簡を経て 
遂には黙示録に至るのです。復活と展開、それは「死と戦い、
死に勝利し 死に勝ち誇る命」と言う気宇壮大 かつ極めて詳細な
神の物語を私達に告げているものに違いありません。



今日は下山です。
無風快晴、朝日を背景にしたとても美しい「紅葉の最期」が
南の窓からのぞかれます。これから準備をしますので、
出発は10時頃になるのでしょうか。

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