2009年7月2日木曜日

アップダウンの生活

人の生活における「感情のありさま」を観察すればするほど、
感情と言うものはひどく揺れ動くものであり、そんなに信頼出来る
ものではないことが分かるでしょう。
もし信者が霊に従って生きるのではなく、そのような感情に従って
生きるのなら、彼の生活も波のように揺れ動いてしまうのは当然です。


だから多くの信者は自分の生活を嘆いています。彼らの生活の姿は
あまりにも不安定過ぎるからです。ある時は、まるで第三の天にいる
かのようで、彼は喜びに溢れ、人生の一切を超越しています。ところが、
間もなくすると、彼はひどく意気消沈し、その有様は全く普通の人と
変わらないようになってしまいます。要するに、彼のクリスチャン
生活は激しく上がったり下がったりを繰り返しているのです。

しかしよく見ると、そのように彼を激変させるほど、外面的に何か
重大なことが起こったわけではないようです。実はホンの少し、
自分の意に反することが彼に臨んだだけで、そのような激しい
変化を招いてしまっている、というのが実情です。

このような現象は、彼が感情に支配されていると言う明確な事実を
示しております。彼は決して「霊に支配されている」と言うことは
出来ません。彼においては、明らかに感情が、その生活の大きな要素
となっているのです。要するに感情が彼を日々揺れ動かしているのです。


何故でしょう。一言で言えば、彼自身がまだ、真に十字架にもたらされた
ことがないからです。その結果、彼の霊が聖霊によって強められて
いないからです。言い換えれば、彼の霊は依然として弱いのです。ですから
彼の霊が彼の全存在を支配することなど到底出来ません。故に、彼が感情
に打ち勝つことが出来ないのは当然です。それはまた、彼の魂の中の感情
の命が、彼の中で第一次的な地位を占めているからだとも言えましょう。

もしも、感情の地位が彼の全存在の中で第二次的になるならば、
彼の感情は霊の支配下に置かれることになります。もし彼が聖霊によって
自分の感情の命を十字架につけ、総ての事柄で聖霊を主とすることが
出来るなら、彼は初めて、激しくアップダウンする
クリスチャン生活から免れることが出来るでしょう。
(先人の言葉より)

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