2011年2月19日土曜日

今日の山暮らし

今日は我ながらよく頑張りました。

朝一段落してから 愛知県のKさんに葉書を書きました。
こんな時代でも 昔の私みたいに、メールもパソコンもやらない
人が結構おられるのです。それにしても字が書けなくなっている!

全く久しぶりに車に乗って街へ。ナンだか車の運転がなつかしい。
大越町まで行って石膏ボード(182センチ×91センチ)を4枚購入。
花粉症の耳鼻科はあまりの込みぐあいに恐れ入り 何もせずに
退散。今から あの患者の数はどうだ、これでは今年の最盛期は
どうなるのだろう。 最後はスーパーでリンゴ、納豆、さば、砂糖、
パン、お弁当を買う。

我が集落・岩井沢に着いて、運転のしあげは まだ雪深いロイヤル
ロード。何回もハンドルを取られたが「ここで止まってなる
ものか」と 右へ左へとヨタツク車にムチ打ちながら坂を登る。

遅い昼食後、天井に石膏ボードを張った。ボードを適当に
カットしてから 踏み台に上って、一人で高い天井に大きな
ボード張るのは結構キツイ仕事です。

最後は日課の山散歩:
無風快晴 夕暮れ時の「ダビデの丘」はとても美しかったです。
あ、今日は結構ピアノ(電子ピアに)もひきましたね。
例の曲、最近ようやく 最後の段階にたどり着いております。
(一年余りかかりました)
スゴイ低音で 終曲に向かう数小節が快感です。

2011年2月18日金曜日

雨がザーザー降っている

*今朝の日記から*
今、朝の6時半。待望の雨だ。これがもう3時間続く。
これでようやくロイヤルロードも 車が通れるようになるのだ。

思えば今回入山した際内側に 食料の買いだめとは別に
「たとえ大雪が降っても今回は大丈夫」という安心があった。
その理由が今回の雨と高温だったのかな。

こういう安心感は他にもある(当然全部ではないが)。
「その見える現実」がたとえ「大変よういでない状況」
だとしてもである。まるで主が「その事は私にまかせなさい」と
言っておられるかのようである。

でも夕方から気温が下がる。
雪や雨が少しでも残っていると 舗装(ほそう)された
林道はテカテカ状態になる。これはたいそう危険である。

今日の和室の工事は天井張り。
昨日までは そのための下ごしらえであった。
この二日間、その下ごしらえにずい分 手間取ったものである。
(工事というのは こういうことが多いのです)

魂の放蕩(ほうとう)に注意。それへの誘い出しには
「そら来た」と スグにわれに戻るべし。
そのわれとは「最も内なる私」。

2011年2月17日木曜日

雨よ降れ

夕方の山散歩から帰って来た所です。
感謝なことにロイヤルロードの雪も大分溶けていました。
とは言え、あの積雪では まだまだ 車は出られません。
(不精な私、結局ロイヤルロードの雪かきは
一度もせず 黙って雨を待っていたことになります。)

所が幸い予報によると明朝 気温が4、5度で
何と雨になるらしい。岩井沢が4、5度だとここは
零度か1、2度だろう。果たして雨になるかミゾレになるか。
ま、いずれにしろ明日あさってくらいで 大分溶けてくれる
だろう。もう数日で いよいよ陸の孤島から解放されるのだ。

とにかく今回は食料の買いだめが効いた。
人間 雪などにいくら閉じ込められたとしても 
水と食べ物さえあれば生きられる。

都会の安い市場から食料をどっさり買い込んで
山に入る。これからは年中この手で行こう。
そうなると夏は大きな冷凍庫が いりますね。

*
ロイヤルロード:
除雪車の来る林道までの 小屋から250メートルくらいの
奥の細道。この辺では春 最も遅くまで雪が残る。

エクレシアの看板(かんばん)

さきほど
聖書に暗示(あんじ)されている
模範(もはん)的なエクレシア(教会)の姿
について思いめぐらしていた時 フト
当時 キリスト者たちがよく集まっていた場所に
はたして「お店のような看板」があったのだろうか、と
思わせられた。答えは大きなイナである。

彼等は 時には公共の場で しかし殆ど大多数は
彼等の家々で集まっていた。

その意味は 彼等の礼拝の場所は
「普通の人間生活の場」であった、と言うことである。
(家とは 人間がとても「人らしく」ふるまう場所である)
従って彼等の中の正常なキリスト者たちは あたかも
呼吸でもするかのように 殆ど無意識のうちに、一日中
神を礼拝していた筈である。(呼吸を意識的にする
のは健康によくない。)

そのようにして見ると
ただ天の空気(キリスト)を呼吸することによって生きていた
当時の正常な兄弟姉妹達は 今度は絶えず とても自然に夜昼 
天的な魅力をはき出していた、即ち彼等の持つ呼吸
(空気、即ち霊)は天的吸引力をたたえていたのである。

それだから 当時のキリスト者たちの特徴(とくちょう)とは
とても自然に、しかも強烈(きょうれつ)に
「互いに引きつけ合っていた」と言うことである。
彼等はあたかも「恋人どうしのようであった」に違いないと
私は ほとんど確信している。
そのような彼等が しばしば集まらないでおられようか!

個々のキリスト者が持っていた とても自然な深い吸引力、
それこそが彼等が 人の生活の中心である家々で 
しばしば「集まってしまった」唯一の理由である。(当然 
彼等の魅力の本体は復活のキリスト以外にはあり得ない)

このように考える時 彼等が
ある特別に美しい家を選んで 看板をかかげ、
魅力的な「出し物」を用意、陳列(ちんれつ)し 
周到(しゅうとう)な演出によって
あまり来たくもない不特定多数の人々を
何とか かき集めなければならなかった とは
きわめて考えにくいことではなかろうか。

2011年2月14日月曜日

今日は雪かきです

穏やかな曇り空です。昼ごろだけ晴れで 夜から
明朝にかけては再び雪である。しかし予報ではあさって
からは気温がグッと上がる模様。
とは言え10度に届くことはまず無い。

今日の作業は午前が調理で、そのあと北デッキから雪かき
である。ロイヤルロードはまだいいだろう。今どうしても
車を使わなければならない用事はないからである。
こうなると灯油と食料の買いだめが効いてくる。
ロイヤルロードは気温の上昇とお日様に期待しよう。

ただし大きな北デッキはどうしても 雪が溶けにくいし
あまりに雪の量が多くなると少し怖い。だから
どうしても雪かきは北デッキからということになる。

雪かきの優先順序:
北デッキ⇒東デッキ⇒(二つの西デッキは先回やって
あるので今回は手を抜く)⇒ロイヤルロード。
こうなって見ると デッキの作り過ぎかな!

2011年2月12日土曜日

大雪です(3)

*バンクーバーから*

シュガー兄弟
そんなに積もった雪の中で、大丈夫ですか? 
確かに、食料品と燃料が有れば安心でしょうが。 

一度、そちらの写真をブログに添付して下さいな。
こちらは、8-10度で寒くは無いですよ。

*
モト兄弟
(と呼んでもいいんですよね?)

今お昼ご飯を食べて ホッとしている所です。
心配してくれてどうも有難う、私は大丈夫ですよ。
後日の雪かきは大変でしょうが・・。

今殆ど、雪はやんでいます。
少しですが 屋根からシズクが落ちている所を見ると
気温が高くなっているのでしょう。
阿武隈が大雪になるとそれは 春が近いシルシ、
どこかで心がおどっています。

写真ですが、カメラも持っているのに 
どうやってブログに載せるのかが分からないのです。
面倒くさがりやの他に私ほとんどパソコンオンチです。
でも今度 誰かに聞いて見ますね。

バンクーバーって暖かいんですねー。
・・今少し眠くなってきました。
それでは また。

大雪です(2)

今7時、外の気温は-7度。
明るくなって良く見ると、今のところの積雪は意外にも
25センチ程度である。しかし降雪は夕方まで続くとあるから 
結果としてはかなりの量となるであろう。
天気予報が 雪が降るのは昼まででなく18時までと
変更されてしまったのです。とすると、雪かきは明日ですね。

この程度でも 阿武隈では大雪です。
会津の人に言ったら笑われてしまうでしょうが。

大雪です(1)

今12日(土)朝6時前、まだ外は真っ暗だが 相当の
積雪(せきせつ)であることは ロフトの窓からだけでも
十分にうかがえる。下の車がスッポリと雪にうもれた
ように見える。(しかし事実はどうか、明るくなったら
調べてみよう)これが 冬と春がせめぎあうこの時期に
降る阿武隈の大雪というものである。

しかし何故か気持ちはきわめて安らかである。恐らく、
一つに 灯油と食料をたくさん買いこんであるからであろう。
そうだ、灯油と食料の備蓄(びちく)がさらに完全
であれば、たとえ一冬小屋に閉じ込められたとしても
何とかならないことはないのだ。

予報によると、降雪(こうせつ)は昼までであり、
明日は気温は低いが晴れ。あさってはまた雪とあるが 
火曜日からはお日様マークが続き 気温は確実に上がる。

しかし今日 雪がやむ午後は あさっての更なる降雪に
そなえ あるていど 雪かきをしておくべきであろう。除雪車
(じょせつしゃ)がくる林道までの「奥の細道」
わがロイヤルロードは多分200メートルはある。

2011年2月10日木曜日

マジックミラー

午後 和室と納戸の間の透明な大きなガラス戸に 
あるフィルムを貼りました。これを貼ると和室から
納戸のみっともないボロが隠せるのです。
(それが目的)

しかし不思議なことに、納戸が和室よりも明るいと
(この納戸は結構明るい)納戸のボロが和室から丸見えに
なってしまいます。だからこれから納戸の窓を何かで
覆って、納戸を和室よりも暗くしなければなりません。

そうやって納戸が和室よりも暗くなると、
納戸の中は全く見えなくなる上に 和室側から見ると
そのガラス一面が鏡状になるのです。
(別名マジックミラー)
だからうまく行けば更に 和室を大きく見せる効果も
期待できるでしょう。

しかしフィルム貼りと言うのは 全く初めての経験。
不器用な私には相当難しい作業でした。
どう見ても美しい仕上げとは言えません。

それにしても世の中 色んな製品があるものです。

何がどうであれ神を信じる

Kさんが亡くなられた。
普通、このような時、キリスト者の反応は
「彼は救われたであろうか」である。しかし、
このような時 私達人のとるべき基本的な態度は
「ただ神を信じる」でありたい。

土から造られた壊(こわ)れやすく 実にはなかい器(人)が、 
「ことばによって全宇宙を創造された創造主」が行われる
全てにクビを突っ込むべきではないし それは 不可能である。
否、それは殆ど滑稽(こっけい)に近いであろう。

存在するもの総てに 
それ独自(どくじ)の分というものがある。
神には神の分があり、人には人の分がある。
人の分とは何か、それは神のお手伝いすること
などではなく、唯神を信じることである。
私達は「何がどうであれ」神を信じるのである。

聖書は実に膨大(ぼうだい)な書ではあるが
そこに書かれてあることを一言でいうならば、
「神は神であるから 神を神としなさい」そして
「神を信じなさい」につきる。

神がそれまでして 
「人に与えた唯一の分が神を信じることである」と
分からせようとしているからには
「信じる」には 人が計りがたい、途方(とほう)も
無い価値があるのではなかろうか。

私達はかの日、この目をもって(実感をもって)
詳細(しょうさい)にいたるまで「かつて時間の中で
神がされたことの完全さ」を知らしめられるであろう。

しかし今この時代においても、私達は「信仰を用い」
kさんを安心してこの素晴らしい神の御手に委ねる事が
出来るはずである。何故ならこの神は いつでも
どんな時でも私達が完全に十分に「信頼するにたる神」
であるからである。

今この時代における「信じることの価値」は 恐らく、
かの日に 実感を持って神の完全さを知ること以上に
大きな価値を持つのではなかろうか。
信仰によって今でさえ私達は知っている、
神のなさることは間違いなく 
完全で美しく またベストであることを。

2011年2月9日水曜日

ある姉妹の証し(2)

2月8日kさんは息を引き取られました。
お祈りを感謝します。
心拍数150以上で、ちょうど人がマラソンをしているような
状態でよく3週間も生かされたと感謝でいっぱいです。

主人とは親しかったのですが 私は一度しかお会いした
ことがなく私は 祈るにもどうにも 自分の心が伴(とも)わなく
実は苦しい数日間でした。

しかし
「主はわたしたちの主であるとともに、そのすべての人々の
主です」(第一コリント1:2)

当たり前のように受けていたこの御言葉を黙想(もくそう)
していたとき 出かける前日「すべてのものは私のもの
です」という主の声を聞いたような気がしたのです。

それまで祈ることもできないほどに冷(つめ)たかった私の
心が その瞬間(しゅんかん)から息を吹き返したように 
喜びと感謝で祈ることができたのは 恥(は)ずかしい
ことですが、出かける前日でした。

主の恵みがなければ何一つできない自分の(みじめな?)
真の姿を 今回もまた思い知らされました。

今は、
主が触れてくださった奥様に 主への飢え渇きが
起こされますようにと祈るばかりですね。

「出かける前に みなさんと親しく交わり
主の栄光のために ともにお祈りできた事」※ は、
思い出すだけでも主の綿密(めんみつ)な恵みだったと
感謝でいっぱいです。

ほんとにありがとうございました。

※
奇(く)しくも主は 事前にこの姉妹を 二つの
「交わりと祈り」へと導いておられました。

主とエクレシアは 
この姉妹と夫である兄弟と共に
その現場にも存在していたと信じております。

  

2011年2月8日火曜日

皆さんお祈り下さい

*ある姉妹の証し*
土曜日5日 主人が親しかった元同僚(どうりょう)の
Kさんを見舞ってきました。彼は今 意識がなく
延命装置(えんめいそうち)によってかろうじて
生きているという状態です。

出かける朝
主に願っていた御言葉が与えられたので、喜んで
主人とともに その言葉で祈ってから出かけました。

しかし気になることがありました。それは
集中治療室に入れられているので どの程度
彼に近づけるのか、またそばにおられる未信者の
奥様に はたして祈る機会を与えてもらえるかどうか、
ということでした。 

ところが感謝なことに
今回と同様 以前 植物状態の知人を見舞った時の
ことを 主人が奥様に話した時 自然に無理なく 
祈りに入ることが出来たのです。

そして
朝いただいた詩篇139篇の通り祈っていると
奥様がすすり泣き出されたのです。
奥様が御言葉に触れられているのを知って、ここは
一番大事なところと思い
139篇全部を 思い切り(思いを切って)
大きな声で お祈りしたのです。

祈り終わると 奥様は一言
「ありがとうございました。これでほんとにスッキリしました。
最後まで あきらめないで主人に話しかけます。」と
泣きながらおっしゃって下さいました。
とても嬉しかった一言でした。

ここで不思議なことが起きました。
意識(いしき)が全くなく あと2週間のいのちと
宣告(せんこく)されているにもかかわらず 
さまざまなチューブでがんじがらめになって 横たわっている
Kさんの左目から 一筋(ひとすじ)大きな
涙が流れ出て来たのです。

前回同様に、未信者の霊にさえ 主がふれてくださった、
としか思えない 出来事でした。
主と主の言葉が この先どのように実を実らせていくのかは
主だけがご存知です、それでいいのですね。

私たちの役割(やくわり)はここまでですが、
それでも希望を持って祈り続けたいと思っています。

2011年2月7日月曜日

「風邪引き部屋」を作るのかな?

先月の風邪は これからの私の生活設計に一石を投ずる
ものとなりました。
とても大きな問題は これからもあり得る厳冬期に引いて
しまうやっかいな「シュガー風邪」。

それへの対策とは:こらから一年をかけて地下に
冬ごもり部屋、風邪引き部屋を新築することかも知れない。

ワンルームにし、そこに壁のないむき出しのシャワーやトイレ、
流し、ベッド、デスクをポンポンと置くのです。こうすれば、
小さな灯油ストーブ一個で一日中 昼夜寒さ知らずの生活が出来、
真冬でも 一人安心して風邪を引けるというものです。

どうもこの方法が 老人が一人で冬を越すためには
最も現実的で しかも安上がりなアイデァなのかも知れない、
と思っているのです。

ある対話

昨日は本当に長い一日でした。
まずは朝の祈りから:

ある古い肉の思いが私をとらえ始めたそのとき
”いい逆らうあなたは何者ですか”という御言葉が思い
浮かびました。その瞬間、何とその思いがスーッと
無くなったのです。 こんなことは初めてでした。
これこそ、本当に「静かな神の働き」だったと思います。
その後は賛美賛美でした。


昨日午前 兄弟姉妹との交わりのあと、
久しぶりに妻と二人でパン裂きをしました。
そしてお昼を食べてから、
家でずーっと二人で キリストの話オンリー。
途中 みたらし団子など作って食べながら・・。

午前に交わった内容を再度分かち合い、
本当に神は神であるがゆえ、神の主権を再確認し、
そして今に導かれたことの恵み、そして これから
「熱いか冷たいか」どちらを歩むべきか
(もちろんキリストに熱くです!)
また一点十字架、キリストのみによって
「強く導かれて歩みたい」と切に二人で思いました。

そんなこんなで、なんとこれが夜まで続き、気がついたら
8時も過ぎていました。 それから、晩ご飯の支度して、
焼き魚を食べながら、またまたキリストの 話でした。
さすがにあきれるほどですね(笑)

☆

ハレルヤ!
キリストは「永遠そのもの」なので、常にフレッシュです。
だから「キリストにあきる」事など絶対にないだけでなく
彼の新鮮さは キリスト者達を今日よりは明日と
永遠に引きつけてやみません。
 
だからエクレシアの中において この時代の中でさえ 
永遠が「物質の時間」を越える現象、その実感を
私達が経験することさえ十分あり得るのでしょう。

さらに私達が キリストの永遠の新鮮さを楽しむことは
加速度的に増し加わり、千年期をへて ついには
永遠の時代に至ります。今この時代における喜びと
楽しさは ホンのホンの前味に過ぎないはずです。
 

2011年2月6日日曜日

主の手の中の星

*今朝の通読から*
黙示録1の15、2の1
「右手に七つの星を持つ方」、このお方は当然主です。
主は常にその右手に星を持っておられます。
七は完全を意味しますから、この星は時空を越えた
エクレシアの中で輝く星々でしょう。

ところで時代も進み、黙示録になると
「人間の長老達」はどこにも出てきません。
(天使達の長老は出てきますが)
だから今現在この黙示録の時代においては 
どんな肩書きや理屈よりも
キリスト者が「実際的に輝く星であるかどうか」
「現に発光能力があるかどうか」に 神は注意されるのです。
悪魔によって暗くされた時代の只中(ただなか)
において、私は真に輝く星でしょうか。

しかも、その星々は暗い空、離れ離れで一人
輝くのでは ありません。不思議なことですが
それらの星々は主の右手の中に堅(かた)く保護され 
隠されて輝くのです。暗い大きな空の中に星は輝くのですが、
それらは 極めて安全な主の手の中に 
堅く守られているのです。

夜、暗黒とは「何も分からない」を意味します。
今は 人が進むべき道、方向、自分はどこにいるのか、
明日何があるかさえ分からない時代です。
それは ひとえに光の欠如(けつじょ)によります。
即ち、太陽(キリスト)本来輝くべき月(教会)が
隠されて見えない時代における輝く星々の欠如です。
しかし、間もなく力強い義の太陽が昇り、時代は昼を迎
(むか)え 総てが明らかにされるでしょう。
主よ来たりませ!

どこでもエクレシア

*ある若夫婦の証し*

今日は妻と一緒に町田にあるリス園に行ってきました。

実は昨日まで風邪を引いていましたが、良くなったので
散歩がてらに 町田からバスに乗って行きました。
リスが放し飼いにされていて、ヒマワリの種をやったり、
リスをおちょくったり、結構楽しめました。
近くには薬師池公園があって、結構大きな池のある公園で
ブラブラして帰ってきました。

こうやって過ごすときでも、何気ない会話の中に、
やはりキリスト話になってしまいます。
可愛らしいリスや池のコイなど見て話しても、結局
キリストなのです。
家にいるときだけでなく、道歩くときも、遊んだりしてる
ときも、景色を見ているときも、コーヒーを飲んでいるときも
ふたりでいるときはエクレシア(教会)なのだと思います。

2011年2月5日土曜日

天井が結露した

混合栓は首尾よく交換できて ヤレヤレよかったと
思ったのもつかの間、今度は・・

(天井裏のない)90度勾配(間違いました45度ですね)
ロフトの北側の天井の多くの部分に、どうも結露が生じて
いるらしく、このごろは高温?だったし、130ミリの
断熱材経由で何と水滴が落ちて来た!今年の超低温と
風呂からの大量の蒸気が主要な原因なのであろう。

どうするか、
とりあえずは なるべく風呂から蒸気が外に漏れないような
工夫をしてみる他はない。従って入浴時 これからは
換気扇を回しっぱなしにしなければならない。
いずれ根本的対策は春になってからですが、それにしても
根本的対策などあるのだろうか。
(まだ最後のボードを張っていなかったのはラッキーでした。)

断熱材は全部除去することになるのかな、
あの羊の断熱材はどんなものだろう、薪をガンガン
焚いたら結露は出ないのかな?
いずれにしろ結露というのは相当難しい問題です。

こんな具合ですから たった一人の山暮らし 
退屈することなど決してあり得ません。

あるメール交換から

私は死ななければいけないことを知っただけでも、
大きな前進だと思っているのですが・・
↑
そうです。霊的事実を知ることは
間違いなく大きな前進です。

私達が死んでいなくなると
神はとても安心して 初めてキリストを流し出すことが
できます。私達が生きている間は
神は恐ろしくて何も出来ないのです。

その死に方ですが、
自分で死のうと決心するだけでは効き目がありません。

しかし、神があの十字架の上で 
イエスの中に私を入れたので
イエスが死んだ時に私も死んだのです。
私はキリストと共に復活 昇天し、今あなたは
キリストと一緒に御座に座っているのです。
(だからサタンはあなたの足の下です)

以上のことを 信じ宣言することによって
それらの「神の真理」があなたの経験の中に現われます。

今日あなたの生活から その復活のキリストが
人々の内へと流れて行き あなたもその
キリストの流れ出を目撃(もくげき)しますように。

(ただし、あなたがそれを知り経験しビックリするのは 
しばらく後になるかも知れません。だからあまり 経験しよう
経験しようとしない方がいいでしょう。あなたの役目は
ただ神の真理を見て、それを信じ、宣言することです。
あなたの経験へと導くこの世にはあり得ない不思議な力は
ただ聖霊から来るからです。)

2011年2月4日金曜日

春が来たのかな

しばらくぶりの阿武隈です。
これから一週間くらいは全国的にもよい天気だとか。
ここも今朝はまるで春のようです。
(それでも先ほど外は-3度)
今「ロイヤルロード」(林道から小屋までの奥の細道)
の積雪は10~20センチ程度ですが 
これからドンドン解けるでしょう。

*
けさの聖書通読で感じたことです↓

黙示録1章:
ここには力強いイエスがある。イエスとは何と
すばらしい神であろうか!
さらに私は「このお方を内にいただき、
私はこのお方の中にある」のだ。
総ての「者、物、もの」はこのお方の手の中にある。

けさ何故か 私は家族、兄弟姉妹、環境に関し、
いかなる心配もうれいもない、
もしもこの神が私の神であるならば。


私は自分の過去と現在の思いは知りえるであろう。
しかし当然それとて ある程度であり、ゴクゴク一部に過ぎない。
しかしこれから私の「思いが向かうところ」を知ることは全く
不可能である。これから一時間13分後に一体私は何を思って
いるのであろうか。

ところがⅠ歴代誌28章には
「主は総ての心を探(さぐ)り、
総ての思いの向かうところを読み取られる」とある。

これは その生涯(しょうがい)この神を求め、また
「格闘」し続けたあのダビデ晩年のことばである。
彼は彼の人生の最後に このような
エホバ神を深く認識していた。

2011年2月3日木曜日

またまた凍結トラブル

山小屋に来ております。

二時頃小屋に着いたのですが
先ほどまで一人で
あれやこれやの大童(おおわらわ)。

何とまー浴室の
「お湯と水の混合栓」の水抜きをしないで
下山してしまったので
混合栓内部が凍結で壊れてしまったのです。
(以前もこんなヘマをしたような)

小屋に着いて
水道の元栓を開いたら バッとばかりに水が飛び散り、
混合栓の内部の数個の部品と氷のカタマリが
漫画みたいに バラバラと床に散乱したのです!

こういう場合、
ジタバタ修理など考えない方がいいでしょう。
明日コメリに行って同じ品番の新品を買ってくるべし。
全く予想外の出費(1万7千円)ですが 責任は完全に私、
やむを得ません。

「対凍結」これにはこれからも
いろんな経験が必要のようです。

2011年2月2日水曜日

神の静かな力

「私は、律法に対して死にました。」(ガラテヤ2の19)
これはパウロの言葉です。その時、彼は何と言う自由を
覚えていたことでしょう。

しかし、更に私は
「私自作の律法、私の決心、壁に貼り付けた決意
(即ち私設立の義、人の義)」にさえ
完全に死んでいると信じているのです!
それら総てに対して私達は既に死に、のみならず 
墓の中に葬られ 今それらとは全く関係ない
完全な自由の中にいるのです!

あなたが そのようにして何もかもを忘れ
全く人としての原点に戻り
「神のために何かをしなければ」という観念からさえ 
完全に解放される日、
総ての「ねばならない」から解(と)き放たれる日
即ちあなたが 何ものにも束縛(そくばく)されなくなる日、

あなたは 
「とても静かな神の力」に気付くでしょう。
この気づきには極めて価値があります。
その日初めて「神を信じると言う意味」がとても明らかに
なるからです。

(そうでなければ本当の意味で 人は神にだけ
100%の感謝をささげ、賛美することはあり得ないでしょう。
人はどこかで人や自分を賛美するからです。)

その力はあたかも 長い冬が去り、時いたってある日
ある不思議な力が、枯(か)れ木の中で 生命の営みを開始し、
日一日と静かにその復活の力を表すかのようです。
その命の静けさはとても美しいです。何故ならそれは
死からよみがえった「神そのものの美しさ」であるからです。

私達が信じている神とはこのような神です。だから
神は「あなたの手助け」など少しも望んでおられません。
むしろ神は
「あなたの力」を否(いな)み退(しりぞけ)るように
働かれるでしょう。

神は あなたとあなたの家族の為に 
死から復活した命の方法によって
その総てに超越した力を しかし極めて美しく静かに
あなたのゴクありふれた生活の中において
表現することを望んでおられるのです。

アーメン!
主よ私達は
そのようなあなたの力を信じ経験したいのです。

シュガー

2011年2月1日火曜日

甘く不思議な午後

午後ケンの所に行きました。

彼は水中毒がまだ治っていないので、皆のトイレを
使用出来ない関係で カギのかかる個室にいます。
(トイレの水を沢山 飲んでしまうからです)

さて今日彼の個室で とても自然に祈りに導かれました。
私に続いて ケンも祈りました。しかし彼が何と祈ったのか
私にも把握できません。にも関わらず とても深い満足感が
ありました。

その後 ジュンの話になったとき ケンは泣きました。
でもそれは決して悲しみのためではなく 
主の慰めが 彼に及んだためであることが分りました。
とても甘くそして不思議な午後でした。

2011年1月31日月曜日

あるメールから2

しかし間もなく女は「イエスの言葉」(神の言葉)
に触れ 礼拝に関する光を得ます。
すなわち女は「ことば」を通し アタマではなく 
上からの光によって 礼拝とは何かに「触れる」のです。
時いたって女は神からの啓示を得たのです。

さて この光とはどのようなものでしょうか。
それはイエスという源から流れ出した命の結果です。それは
ヨハネの1章に
「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった」・・
そして「真の光が世(おんな)に来ようとしていた」
とある通りです。

だから大切なのは
「命と光の源と、それが生きたものとして
人の中へと実際的に流入すること」です。
更にまとめると その実体とは「命と光の流れ出としての
キリスト」である、と言えるでしょう。(このことは 
ヨハネによる福音書の主要な主題でもあるのです。)

さて
「この流入」さえあるならば そこには必ず
驚きと喜びと満足が表れます。
だから28節によると 女は「物質的なこの世の水」を
忘れてしまったほどです。

そして次に
この実質(じっしつ)はとても自然に更に多くの
人々の中へと流れ込まないわけには行きません。
その記録が4章42節までに書かれています。
(その人々の様子はイエス復活後に現われたエクレシアの
一つの絵であるとも言えるでしょう。)

即ち女の中へと流入したイエスといういのちが、今度は
天からの光を発する命の川々として女の腹から流れ出、
遂に 命と光が多くの人々へと到達し、さらに川々の
流れは、多くの分岐(ぶんき)をくり返しつつ
地の四隅にまで拡大して行くのです。

だから最も簡単に言えば 礼拝とは交わり、流れ出、流れ入り、
交流であり、一言で言えば 光を発するいのちの行き来、 
循環(じゅんかん)なのです。そして感謝なことに
「私達の交わりとは、御父および、御子イエスキリストとの
交わり」そのものなのです!(Ⅰヨハネ1の3)


*
私は今、この前の貴重な休日
お二人のくつろいだショッピングやお風呂の時間の中にさえ 
きっとイエス御自身が介入しておられたであろうことを
信じないわけには行かないのです、アーメン!

あるメールから1

この前
私たち夫婦は、とても良い休みのときを過ごしました。
お風呂に行ったり、買い物したり、大したことはしていない
のですが、とても楽しいときを過ごしました。
↑
今朝、上のようなメールをいただきました。
この若い夫婦との それまでのやりとりから 私はこのメールに
こめられたある深い意味と喜びを知ることが出来ました。
それで次のような長い私の返信となってしまったのです。

☆
サマリヤの女が出てくるヨハネ4章は
「礼拝とは何か」を私達に見せています。

ヨハネによる福音書4章は 礼拝とは
先ずは「あそこでも この時間でもない」ということを見せ
次に のどが渇いて「水を飲ませてください」と言うような
ありふれた人間の生活が「礼拝の下地」であることを
見せているようです。

しかし、最も肝心(かんじん)なことは
そこにイエスが介入されていることです。
イエスが その人の生活の中に確かにおられるならば、
そのありふれた人の生活は直ちに礼拝の場面となると
聖書は告げているのではないでしょうか。(余談ですが、
イエスみずから予定を変更してまで?このサマリヤの女に
会いに来られたのかも知れません!4の4)

しかし初めのうちは 私達がよくするように
女の「礼拝に関する宗教的な固定観念」が表れます。
この段階における彼女は まだアタマの世界で右往左往
しているだけであり 真理は全く見えていません。

もう一度 余談ですが 聖書で女と言うとき
宇宙における唯一の男子である神に対する人、
を表すことがよくあります。だからこのサマリやの女は
私達の代表です。

2011年1月30日日曜日

第一級の事実

神が イエスを十字架の上で「殺した」時(あえてこう言います)
そのイエスの中に神は太郎、花子、ヒロシ・・を
入れこみました。

だから太郎、花子、ヒロシ・・はイエスと共に
神によって殺されてしまいました。
そして当然、その後イエスに起ったことは総て
太郎、花子、ヒロシ・・にも起ったのです。

イエスが黄泉(よみ)に下ったとき、太郎、花子も
イエスの中で黄泉に下りました。
イエスが死を破壊(はかい)し墓から復活した時、
太郎、花子、ヒロシもイエスの中で死を破壊しました。
イエスが第三の天に昇った時、太郎、花子、ヒロシも
天に昇りました。
イエスが父なる神の右の座に着いた時、太郎、花子、
ヒロシ・・も同時に天の座に着きました。

だから「今現在、総ての邪悪(じゃあく)な力を足の下
にして イエスと共に天の王座(おうざ)についている」
これが今 イエスを真に信じる者達の地位です。

以上の事実が第一級の事実です。
この事実と比べるなら「他の事実と見えることがら」の
重さは比較にならないくらいに低く軽いのです。
神は この第一級の事実を「真理」と呼んでいます。
だから私達は「他の事実」ではなく 
先ずはこの真理をかたく信じるべきです。

*タロウ、ハナコ、ヒロシと同様
イエスとは当時のありふれた名前でした。

2011年1月27日木曜日

神のみこころ(2)

Ⅰヨハネ3の16
Jesus laid down his life for us; thus we ought to
lay down our lives for our fellow Christians.
訳:
イエスは私達の為に彼の魂を放棄しました(犠牲にしました)
そのように、私達も仲間のキリスト者達の為に私達の魂を放棄
(犠牲)に するべきです。

新改訳でlife「命」と訳された原語は、
よく誤解されているように肉体の命ではなく、
魂(ψυχή psychē)です。(or魂の命)また
lay down「捨てる」とは「放棄する,犠牲にする,
…をやめる」ことです。

だから結局私達がエクレシア(キリストの体)の為にする
べきこと と言えば「自分の魂の力を捨てる、放棄する、
犠牲にすること」です。
それこそが 私達に対する神のみこころの根本である
と言ってもさしつかえないでしょう。

この御言葉を見る限り(実に驚くべきことですが)
それはイエスに対する神のみこころと基本的には全く
同じです。
だから神のみこころとは結局「私の魂の命をキリストの
死に重ね合わせること」であると言えるようです。

2011年1月23日日曜日

何ておだやかな冬

明日 山では少し雪が降るとのこと。
少しでよかった。

ここ利根川のほとりの実家にいると
関東平野の気候の穏やかさをつくずくと実感する。
「何て平和な冬だろう」

山にいると絶対にこうは行かない。
それでも実は1月や2月は阿武隈に大雪が降ることは
少ない。太平洋に近い阿武隈に大雪が降るのは
むしろ冬型が終わりかける2月末から3月にかけてである。
山での勝負はこれからなのだ。

*
昨日考えておりました・・

誤解を恐れずに言うならば、
神は この世から私を完全に消し去りたいのです。
私をゼロにしたいのです。

その時 私に属する
「物、者、モノ、もの」など一切ありません。
私にはどんな所有物もないのです。
既に今墓の向こうへと過ぎ去った
無である私にどんな権利があるでしょう。

しかしそれは何と身軽なことでしょう、
それは何と自由でしょう。
空中を羽ばたく小鳥のようです。
私はその時あたかも 総てを
足の下にしているあの青空のように
とても高貴で豊かです。

十字架は
神が私達にそのような  実に軽快な人生を与えようとして
神の深い深い知恵の中から生み出されたものです。
だから私達は喜んであの古(いにしえ)の聖徒のように
十字架に口づけをさえするのです。

その十字架、あなたの死ぬ方法とは
自殺ではなく他殺、 そう「あの他殺」です。
即ち あなたは信仰によって
とても効き目のある 実に力強いイエスの死に
自分を重ねることによってのみ
永遠の死の効果があなたに伝達され、
あなたはこの世に対してゼロとされるのです。
これのみが 神と人にとって価値ある唯一の死です。

何故ならあなたが
そのように真に無とされる時
初めて神は安心して あなたを人々の為に
この世に遣(つか)わすことが出来るからです。

しかしここで不思議なことが起ります。
その日あなたは人としてとてもシッカリ
この世に存在するのです。
あなたは最も健全な方法で神と人の為に
日々嬉々として自分の分を果たすでしょう。

そのようにしてあなたが もしも
あの永遠のイエスの死を
この時間と空間の中でさえ
自分の死とするならば
あなたは生きながら 毎日死の中に存在し
死の中にありながら 
日々生き生きと生きるのです。

あなたはその日 
生と死のいずれに対しても
完全な自由を得るでしょう。

2011年1月21日金曜日

神の第二の創造

Ⅱペテロ1の3
the one who called us by his own glory and excellence.
(彼自身の栄光と卓越性によって私達を召しだされたお方)

召し出されたのは「実に強大な粘着力をもつこの世界」
からである。そしてその召しだされたた時に費やされた
神の力とは この神のみが所有される栄光と卓越性の中に
存在している、とペテロは言う。

その神の力によって先ずは 私達の心がこの「第一級の事実」に
関心を寄せる日が用意された。そして遂に私達は何故か 
人々が聞くことも見ることも出来ない、極めて信じ難い
それらの言葉を信じるに至ったのである。
この「あり得ない現象」の背後に「悪魔の粘着力に勝る」
卓越した神の力が働いていた、とペテロは言うのだ。

ここで目を転じて見ると 
「神の初めの創造」は実に壮大無比な大スペクタクルであった。
しかし神が最も大切にされる第二の創造・いわゆる新創造は
(実に不思議なことであるが)その壮大無比な大スペクタクル
とは全く無縁であり、むしろそれと真逆の状態の中に存在する。

この第二の創造が開始された最初の日とは
あのゴルゴタで起った奇妙な事件の3日後、人々が
(さらに有名な弟子達でさえも)まだ深い眠りに落ちていた 
あの夜明け前に実に密かに発生したのである。

さてしかし事は、前述の私達が人の目には信じ難いそのような
言葉を信じた際も全く同様であったのではないだろうか。その時
私達は決して そこに起った現象が壮大無比な大スペクタクル
であるとは感じなかったのである。
むしろ この新創造現象は 人の心の片隅で極めて密かに
発生するが故に、何とその本人でさえ気付かないことが多い
のである。それはあの三日目の夜明けのマグダラのマリヤの
経験と同様、むしろ何が何だか分らない状況の中で進行する
と言ってもよいのではなかろうか。

しかし確かにその時にこそ
私達の為に 神の最大の栄光と力とが(実にささやかと見える)
私の「回心と信仰」の背後において働いていたのである。
あの壮大なスペクタクルである旧創造は「神の口の言葉のみに
よってのみ」実現し得た。
しかし神の心の中心をさえ真に捕らえることが出来るこの
新しい創造は(イエスが十字架に向かわれた時の決心と神への
信仰において費やされた力をさえも含み)「神御自身の栄光と
卓越性」によってのみ初めて実現し得たのである。

今誰の目にも 神による第一の創造は明らかである。
殆どの人の目には そのような旧創造現象こそが「総ての総て
である」としか写らない。しかし私達は今 この種々雑多に
展開するこの世の現象の背後において あの最後の時代の開始の
時、神が密かに御子の命という最大の力を使い尽くして勝ち
得られた「第二の創造の意味」を霊的な目をもって
真に見る必要があるのではなかろうか。

しかし、
今この最後の時代のその終焉(しゅうえん)の時
イエスの復活の中で実現した新創造現象を 
今日 自分の生活の中でこそ 日々密かに発見する目は
更に幸いであると言えるであろう。

「今のこの時代において」神はキリスト者達に対し 壮大な
スペクタクルのパフォーマンスを期待することなど断じて
あり得ない。神は正にその真逆 即ち、私達が何でもない
ささやかな日常生活において密かに発生するキリストの
新創造現象 即ち神の第二の創造現象のみを
高く高く評価されるに違いない。

2011年1月20日木曜日

理想的暖房

朝5:58
小屋の外がマイナス8度で内が6度、差が14度。
これはいい数字だ。田村市はマイナス5度とマイナス1度。
曇り、風最大3m、降水量は零、これもいい。
即ち大量の雪はないと言うことだから。しかし実際には時々降る。
・
今日のメインの作業は二つのデッキの雪かき。これは
重労働である。その上、ロフトのデッキへの戸が外の雪で
開かないのでデッキに出られない。どうしようか。
何か方法があるのかな。

6:24
洗面所・トイレでの「朝の行事」一切を終える。この部屋、
小さな灯油ストーブ一個で短時間の内に17度くらいにはなる。
さらに天井の一つの穴をふさげば裕に20度以上になるであろう。
この小屋独特の?「そのツドの短時間局部的暖房」は極めて
省エネであり、私の灯油の消費は全体的に結構少ないのである。

しかし本音を言うならば 私が薪を大量に準備出来て 
24時間全館暖房が可能であれば、それは正に理想的暖房である
ことは論を待たない。

しかしその実現の為には、
先ずは小屋の北側に大きな薪小屋を建設しなければならない。
そして冬以外の季節は総て 樹木の伐採、カット、薪割り、
薪小屋への搬入の為に相当部分の時間が費やされるという
ライフスタイルを十分に覚悟しなければならないのである。
しかし私にそんな覚悟があるであろうか。

8:01
Ⅱペテロ1の3
his own glory and excellence.
(彼・神自身の栄光と卓越性)

「神ご自身の栄光と卓越性」の「ご自身の」とは
「神にしかあり得ない、神のみが所有される栄光と卓越性」を
暗示しているはずである。それは即ち その他のどんなモノ、者、
物においても所有し得ない永遠の実質を意味しているのである。

この世界においてはここに
「ありとあらゆる種類の栄光と卓越性」が存在するように
見える。それ故 人々はそれらを我が物としようとして人生の 
総ての時間を使い尽くすことに何らの疑問も持たないようである。
しかしそれらは真の意味で
栄光や卓越性の名に値するであろうか。

だまされてはなるまい、
真の栄光と卓越性はこの神の中にしかあり得ない。

※
「ご自身の」は
岩波訳では「自らに備わった」としています。
それは「神自らに備わった永遠の栄光と卓越した力」です。

2011年1月19日水曜日

焼きバナナ

4:26
田村市の今日、最低がマイナス3度、最高が0度、
晴れ、風なし。

昼間の時間は6:49~16:54。
冬至が6:47~16:32だったから、今日で日の出が2分間、
日の入りが 22分間伸びたことになる。
今日はほぼ満月である。今日 月見が出来るかな。

小屋は外がマイナス6度、内が4度で内外差が10度。
そんなに寒い日ではない。

5:03
たった今、居間から西の山に沈む明るい満月を
見てきた、美しい。
ここで焼きバナナの準備をする。芋もいいが、最近朝 バナナ
二本をフライパン で蒸して食べている。バナナは栄養の
バランスの取れたいい食品であると言う。

6:24
Ⅱペテロ1の3
through the rich knowledge of the one
(そのお方(神)を豊かに知ることを通して)
これまで述べた「素晴らしいもの」が私達に与えられるのは、
また神を豊かに「知ることを通して」である、とペテロは言う。

しかしこの「知る」とは(私達がよくするように)
メッセージのアウトラインを記憶して神の何かを知る
と言うようなことではない、ペテロがいう知識とは
脳ミソを働かせて得る知識などではない。

この「知る」とは 物質世界を超えた神からの光によって
初めて知り得る知識であり、それらの知識は本質的に学問的
知的知識等とは全く異なった性質のものである。更に
敢えて言うならばこの知識とは「全く別の世界から」直接私や
あなたに対し ただ神の憐れみによって神から送り届けられる
「ある確かな実体」とでも言うべきものである。

ある伝道者は言いました:
「私は長年聖書を学び 神に関する多くの知識をたくわえて来た。
だから私は それら無学文盲(もんもう)な田舎の婦人達に 
神について十分教えることが出来ると思っていた。

ところが私は間もなく気付かされたのです、聖書を読むことさえ
出来ないそのおばあさん達はしかし「その聖書を書かれた
生ける神ご自身、そのお方そのもの」を深くそして実際的に
知っている、という事実に。私はひどく恥じ入りました。

2011年1月18日火曜日

本日午後

風呂の漏水の箇所は
風呂の排水口がボイラー室の天井で塩ビ管とジョイントする所
であると判明。水の量は少量なので 防水のコーキングを
ジョイント部分に塗りたくって それで終わりに出来ない
だろうか。もしもそれで済むならあり難いのだが。

あとトイレの外のデッキの雪下ろしをした。ここは気温が
低いので自然に解けることは期待できない。だから雪下ろしは
どうしても必要である。そうしないと そのツドの降雪は
少しであっても、チリも積もって山となってしまうのである。

また自室の模様替えをし、あまり使用しない物を皆外に
追い出した。それで今 部屋がスッキリしてとてもいい気持ち
である。どうして私を含め、人は殆ど使用しないものを周囲に
乱雑に抱え込んで 落ち着きのない生活をしてしまうのだろう。
それは苦しいことなのに。

昨日ようやく年賀状の返信を書いた。面倒だが これから下の
集落のポストまで投函しに行かなければならない。よく晴れては
いるが風があり、樹木が大きく揺れている。

今日は山散歩 出来るかな

朝4:30
田村市は最低マイナス3度、最高0度。晴れ、少し風3。
小屋は外がマイナス7度、内が3度で内外差が10度。
気温の点で、ここカリマンは北海道なみなのかも知れない。
少なくも田村市の中では別格と言えそうだ。
今 風の音が森に響く。今日 山散歩が出来るかな?
・
昨日見てみると
浴室の排水が大量にもれて、地下のボイラー室に流れ出ていた。
今日その原因を突き止めなければならない。このリークは厳冬期
以外には起らなかった。 だから外へ出た排水が、外の配水管の
どこかで凍結して詰まっているせいかも知れない。もしもそれが
原因ならばことは簡単なのだが・・。

*
Ⅰペテロ1の3
everything necessary for life and godliness
(①命と②神に似ることのために必要な総てのもの)

ここで分かることは:
神は「私達が必要であるもの」は総て与えて下さるが その目的は
「世に言う人の幸福」のため等ではなく①命と②神に似るため 
である、と言うことである。

日本語ではよく「敬虔」(けいけん)と訳されているこの語は
英語ではgodliness と訳されていることが多いようだ。
(敬虔と言われても何のことか私には分らない)

さて
godliness、神に似ることは神の命から生ずる以外には
あり得ない。 逆に言えば神の命が人に与えられたのは神に
似るためである。「この目的のために 神は私達にとって必要な
総てを与えられるのです」と ペテロはこの箇所で暗示している
ようである。

更にその「総てのもの」中には私達から見て 
好ましい環境だけでなく、 とてもしばしば
「あまり好ましくない環境」も含まれているはずである。
ペテロの手紙が非常に困難な環境の中にある兄弟姉妹に
向けて書かれたと言う事実を思うならば 
それはなおさらの事ではなかろうか。

2011年1月17日月曜日

山散歩に行きたい(ケサの日記から)

朝6:50
外マイナス7度、内2度で内外差は9度。
嵐は去ったと思っていたのだが 今激(はげ)しく雪が
降っている。これは日本海側の雪雲が阿武隈まで延(の)びて
いるためである。しかしレーダーを見ると多分ここは、
その雲のはじっこのように見える。予報も9時からは
晴れとなっている。いずれにしろ、これから数日は
お日様マークなので、大雪に閉じ込められる可能性は少ない
筈である。それにしても このレーダーの図というのはあり難い。
より高き事実は人に安らぎを与えることが出来るから。
(http://weather.excite.co.jp/img/mesh/)

今日は風邪引き後初めて 山散歩に出かける準備をしたい。
これは私にとって どうしても必要な日課なのだ。
だから今日は長靴の破れを修理しようと思う。
今日の山散歩はこれから風も出てくるらしいので
難しいかも知れないが・・。
*
Ⅰペテロ1の3
his divine power has bestowed on us
everything necessary
(神の神聖な力は 私達に対して 必要である総てを
既に与えられておられる。)

私達の必要は総てすでに与えれれているのだ。
それは全く無条件にである。これは第一級の崇高(すうこう)な
神の事実である。(事実には第一級もあれば、第3級や第4、5
・・級の事実もある。ただし神の目から見て、真に事実と言える
ものはただ第一級の事実のみであろうが・・)

ただ私達がこの時空の中においてその事実を
「経験、実感するためには」
私達が「この肉体の中において」果たすべき条件がある
ことも確実なことではある。

2011年1月16日日曜日

嵐が去りました

明るい一月の朝の光が森をつつんでいる。外マイナス11度、
内2度、内外差13度。幸い昨夜の新雪は5~6cmほど、
これだと雪かきは全く不要である。更にあり難いことには
「私が何をしなくとも」これから数日の太陽光が雪を大分
解かしてくれるだろう。幸い今回の全国的な嵐は
ここには殆ど関係がなかったようである。

*
Ⅱペテロ1の1~2
through the righteousness of our God and
Savior,Jesus Christ
(私達の神と救い主、イエスキリストの義を通して)

「イエスの義によって」(新改訳)よりも
「イエスの義を通して」の方が ずっとよい。それは、
「~を通して」の方が
「イエスの義が すなわち私達の義とされる」と
いう驚くべき神の見方をよく指し示すことが出来るから
である。 私はこの恵の前にただひれ伏し、この神を
礼拝する以外に取るべき他の行動を知らない。

続く二つの聖句が以上のことを更に裏づけている→
①have been granted a faith(信仰が与えられたのである)
②May grace ・・be lavished on you
(恵があなた方に惜しげもなく ゼイタクなほど与えられる
ように)

総ては惜しげもなく与えられたものであり、また
これからも 与えられるのである。

2011年1月15日土曜日

極寒も楽しからずや

外マイナス7度、内3度で 内外差10度。今年の場合
マイナス7度位だと「なんだ今日はそんなに寒くない日だ」
と思ってしまう。

やはり昨晩 雪は無かった。今日は曇りで朝少し雪が降り、そして
また 今晩6時から明日の朝3時まで降り続くようだ。しかし、
降水量はせいぜい1なので今晩物すごく積もるということは無い
と見る。それに明日から4日間お日様マークが出ているから 
たとえ今晩積もったとしても 数日雪かきをすればロイヤルロード
からの脱出は可能である。

(問題なのは 重い雪がシンシンと丸一日以上降り続く、
というような場合である。積雪が車のバンパーを越えてしまう
程にでもなれば たった一人での長距離の雪かきは相当辛い
ものになってしまう。)

以上のような状況を見ると 今日の午後あたりに
小屋を捨てて本格的に「脱出」しなければならない、
と言う可能性は少ないであろうと一人結論を下す。

「チバラギ」の実家にいれば、雪模様対してこんなに
神経をとがらせることなどあり得ない。しかし確かに、
どう雪と極寒を乗り切るか、もまた楽しからずや、
である。

2011年1月14日金曜日

山暮らしの生命線

病院に入院費を払いに3時に出かけたのだが、
書類を忘れて引き返した。しかし幸い病院は土曜もやっている。
明日朝 出直そう。町立三春病院はいい病院である。

予報によると今日降るはずが無い雪が降って来てギョッとした。
しかし「気象レーダー」なるものを初めて見て安心した。
それによると「雪は明日の朝数時間」という事が私でも 
ある程度理解出来るのである。

万一 今晩ある程度積もったとしても朝 雪かきをすれば、
まさかロイヤル ロード(小屋から林道までの250メートル)を
抜け出せないことも無かろう。
水と道路、これが冬の山暮らしの正に生命線なのです。

普通の生活へ

今朝
外がマイナス12度、内が1度で内外差13度。(田村市は
マイナス5度と 最高がマイナス1度)晴れだが極寒である。

今日は新しいスタートの日、徐々に病気以前の生活に
戻して行きたい。
今日は フラフラ感の中でそれをする。郵便局、病院、買い物等
がある。その前に片付けと掃除。(掃除はムリかな?)

明日、あさっては「一時雪」となっている。これなら明日の
下山回避もあり得るか? いずれ天気情報から目が離せない。

*
「私達は 鏡のように主の栄光を映す・・」
(Ⅱコリント3の18)私は鏡です。だから私の使命は 
主という光の源の方向に私そのものを セットするだけ。
あれもこれも忘れたとしても これさえ出来れば
合格点はもらえるかも知れない。

その場合、光は時に他の人にさえ届けられる。その人は
私を介して 光そのもの(啓示と暖かさ)を得る。
(更に太陽は人が生きるための総てです)
─以上がこのたびの病気によって再確認させられた
ことの一つでした。

2011年1月13日木曜日

シュガー風邪2

早朝の体温が遂に6・2度。これが私の朝の平熱
なのだろう。(昨日朝は6・4度で、まだ多少違和感が
あった)これでようやく今回の風邪も「ほぼ治癒」と
言えそうである。(タンは少し残り、長く寝ていたせいで
フラフラ感はあるが)

今回もジャストぴったり2週間で癒えた。この期間の短縮は
気管支拡張を持つ私には殆ど 不可能であることが改めて確認
された。 そしてもう一つ このシュガー風邪には薬を飲んで
何もせずただ黙って寝ているしか 方法が無いと言うことも。
・
風邪が癒された時に行う私の「儀式」が入浴である。今日は
そのギシキを行い、その後またベッドに入り体を暖かくして
過ごそうと思う。明日は病院へ行き、二泊の入院費2万何がしを
払い、喘息の予防薬をもらう。出来ればお世話になった先生に
挨拶も したいのだが・・
・
週末は或いは大雪の可能性があると言う。だから最悪下山も
あり得る。 今日中のギシキはその大雪予報のせいでもある。
(土曜に実際の 雪模様を見てから、小屋を捨てて山から逃げ出す
ことになる かも知れない。)
・
①「私と私の状況」がどうであろうと②「主と主の完成された
御事実」に何の変化もない。①を見つめ過ぎて 霊的に
オタオタするべきではない。 ただ②に感謝し安息しよう。

2011年1月12日水曜日

シュガー風邪

~さん
ご心配をおかけしてすみません。

2日に退院した後は 確実に良い方に向かっているのですが
ただいつものように その回復のスピードが非常に遅いのです。
でも もう2、3日もあれば大分元気になるでしょう。

私は若いときから(中学生から45歳くらいまで)
かなりヒドイ喘息だったので
厄介なことに ゴク小さな風邪でも一旦引いてしまうと
必ず重くなるのです。(気管支の検査をし「気管支拡張」
がある とある医師が言った。小さな風邪でも必ず重くなって
しまうのはそのせいでしょう。)

その風邪の症状はこの数十年間 いつも殆ど同じ経過をたどり、
治るまで ほぼ2週間ほどかかります。その幾つかの症状の
推移のパターンも面白いように毎回同じです。

ということなので 一年半に一回くらい風邪をひいてしまうと、
(これはやむを得ないことです)
それがゴク軽い風邪であっても その軽い風邪がむしろダンダン
重くなり 遂には必ず寝こんでしまいまうのです。
そして風邪が治る最後の数日に至るまで
①気管支の炎症によるタン②微熱③体のダルさ④軽い頭痛、
があり、2週間が過ぎて それらが去ると初めて「あ、治った」と
分かるのです。今はその最後の数日にいるはずです。
だから私は勝手に これは私独特の「シュガー風邪」だと
思っております。

*
再度申しあげます。
以上のようなことですので
せっかくいただいた年賀状のお返事をまだ書けないでおります。
真に申し訳ございません。

2011年1月8日土曜日

新記録マイナス15度!

田村市の予報はマイナス4度か5度なのに 
今朝小屋のデッキの寒暖計は マイナス15度。
大幅な記録更新です。(これまでは-8度)
暖房をしていない居間はプラス3度であるから、内外差
18度であり、この点は嬉しい。(この小屋が外の低温の
影響を受けにくい ということだから)
凍結は全くありません。これも嬉しい。

風邪は鼻汁と気管支の炎症がまだ残っており、
そのためにダルさ、軽い頭痛 があります。
熱もきのう夕方は最高7・2度でした。まだ病人の
感覚です。

しかしこれらは 完全にこれまでの私の風邪の特徴そのものであり、
心配はしていません。おととしの場合も全治まで約2週間くらい
かかっています。そうだとすると今回の場合12日頃には良くなる
筈です。もう数日ジッとしていましょう。慎重に慎重にです。

洗濯、食事等 身の回りのことは何とかできます。
それにしても我ながら あの入院と退院のタイミングの絶妙さに
驚ろいています。もしもあの2日に入院出来なかったら必ず大事
(おおごと)になっていたでしょうね。(救急車を呼ぶとか)
本当に主に感謝です。

年賀状の返事は書いていませんが これはやむを得ません。
年賀状を下さった皆さんごめんなさい。

2011年1月5日水曜日

実は入院してました

大晦日
*一人風邪引きの山小屋*

風邪を引きました。症状は:
鼻─粘液が粘っこく中にへばりついている感じ。
しばしば鼻をかむ。
熱─体温計がないので分りませんが、37度ジャスト
くらいはあるかも 知れません。
ノド─エガエガあり。
気管、気管支─まだ風邪はそこまでは侵入していないと思います。
そうならなければいいが、と願います。しかしこれまで私の場合
ノドを占拠したウイルスが 更に気管、気管支へと侵入しなかった
例が無かったので、半ばもう覚悟は しております。
そうなると、この風邪は結構長引いて しまうでしょうね。
体力─今の所こうやってPCに向かえるのですから 感謝です。
(自分のためにも 自分の窮状を分析して書き表すことは
いいことですから。)

で生活をどうするか:
①とにかく寒くしないこと、洗面、炊事、トイレ、給油等のため
暖かい自室から出なければならない時は十分な配慮をすること。
②体が許す範囲で、自室にこもり 自室で可能なことのみを行う。
これから もし悪化し それにムリ感が生じればベッドで過ごす。
③食事─ダイニングで準備し、自室に運んで来て食べる。なるべく
各種の 食材を食する。(昨日オレンジを買って来ておいたので
よかった) 食料、燃料、 水さえあれば 風邪を引いても大丈夫!

*
このブログ、実は自分の日記をもとにして
今日5日小屋で書いています。この(1)の続編は次回から
少しずつ書いて行くつもりです。
で 結果を言えば、三日に入院をし、今日五日退院したのです。
しかしまだ完治には程遠い感じです。故に今ムリしてブログなど
長々書くべきではないでしょう。だから今日はこの辺でやめて
休みます。それでは皆さん お休みなさい。

2011年1月1日土曜日

妻からのレポート

こちらに来たあなたへの年賀状を山に転送しました。

29日にワタルたちが来ていました。
四つ切大の結婚写真と 葉書大の写真3枚ずつを3人分
持ってきてくれました。あなたの分はあとで送ります。

それからケンに、アイポット?だったかな、音楽を聞く
ことの出来る端末の機器ですが、プレゼントとして
持って来ました。病院で使えるかどうかは 病院に聞いて
見ますが、少なくとも退院の励みにはなるでしょう。
決して安いものではないと思います。気遣いが嬉しいですね。

ワタルですが1月には長年続いた、新潟のプロジェクトが
終わるので、いったん東京に引き上げ、その後、こちらで
新しいプロジェクトを捜す・待つことになるとのことです。

アツ子さんは相変わらず飾り気無く、明るく、率直で、
イロイロと気を遣ってくれてました。

最後に帰ろうとしていったんバイクの後ろにまたがったのに、
あわてて「アッ、忘れてた!」と、わざわざ降りてきて、
「良いお年をお迎えください」と挨拶するので、
こっちも大慌て…、道路の真ん中で大爆笑しました。

2人ともいい子です。

2010年12月31日金曜日

無題

本格的な山の冬の中にいます。
この時期のキッパリと妥協を許さない山の 
さびしさ、厳しさ、
すがすがしさ、清らかさがいいです。

2010年12月29日水曜日

凍結レポート5

今日29日 寒風の中だが 完全防寒装備をし 
どうしてもやらねばならない作業が
少なくも二つある。
①雪の中 貯水槽の水の調整バルブを探して、調整すること。
②検査のため切断した土の中の水道管の接合。

先ず①を片付けないといけない。何故ならそうでないとせっかく
貯水槽そばまで来ている水を 下に導入できないのである。
今この時点ではまだ ここの数軒の別荘に水は全く無いのだ。

今日も長い一日になってしまうのかな、
と言う思いの中、一人貯水槽に出かけて見たら
何とまあ 林産関係の人々が3人来ているではないか、
間もなく社長も駆けつけて、社員を叱ったりなどしている。

当然、そこで私がするべきことは何も無い。
私は意外に早く小屋に戻り
②の切断した地下の水道管の接合にかかることが出来た。

そのようにして早くも10時前には遂に 
この小屋に待ちに待った水が復活したのである。ヤレヤレ
私にもようやく普通の人の暮らしが戻って来たのだ。

人間の思惑はしばしばはずれる。実に意外にも
断水の原因は凍結とは全く別のところに存在していたのだ。
おととい、小屋についてスグ
「原因は手ごわい深く強烈な凍結である。とても手に負えない、
一冬春まで山はあきらめよう」と早急な断定を下し、その日そく
トンボ帰りしなくて本当によかったのである。

*
この三日間、このような文章を書くことで
乱れそうな心を調整出来たことは 私にとって
小さなことではなかったと言う
ささやかな発見をここに申し添えておきます。

凍結レポート4

まあなるようにしかならない。
今日は葛尾村のお風呂にでも行ってノンビリしようと
腹を決めたら 何と間もなく林産から電話が来た。
そして社員の武田さんが「それならスグ行きます」と言う
私にとっては法外に嬉しいお言葉。
と言うわけで、
彼等二人は水源地を調べに行ってくれたのです。
その結果 水源地の大きな水道管が
イノシシか何かの仕業ではずれていた、と。

次なる問題は あたりは既に暗くなり
小屋の上の方にある共同の貯水槽の調整弁が
彼等には見つけられない、それで
貯水槽にチョロチョロの水しか来ないと言うのです。
彼等は「明日にするべきその弁の調整」を何と私に託し、
引き上げて行きました。彼等は私を林産の
言わば外部社員のように思っているのかな?
でもこの年末、彼等にも父を待っている家族がいるのだ。

というわけで
まだまだ問題は解決していませんが
以上が「もう今日はヤメタ」と決心してから起った
予想と期待をはるかに越えた嬉しい出来事であったのです。

2010年12月28日火曜日

凍結レポート3

水道管が集中するボイラー室の室内へ 土の中から
おおもとの水道管が立ち上がって来るわけですが、
今しがたその部分の土を掘り、塩ビの水道管を
カットして見たのです。(聖書にあるように
土を掘るのはホンとに骨が折れる。)

そうするとその部分に凍結はなく、そして根本的に
何と水がそこまで来ていないのです!
これは何ということでしょう。
もしもそれが正しければ、今回のトラブルの原因は
私の責任の外に存在すると言うことになります。

それはこうです:
ここの水の源は奥の沢にあります。そこから中村さんの
敷地にある 水を配る貯水槽までの数キロの水の行程に 
或いは本当の原因があるのかも知れないのです。

水源からの工事者は都路林産なのですが
年末のこの時期、彼等を当てにすることは
難しいでしょう。電話をしても誰も出ないし、
社長はどこにいるか分らない・・

こういう「おおらかさ」は都会では
考えられないことでしょう。
しかしここで暮らす選択をした私としては 
こういう都路風お付き合いを
けしからんと息巻くわけには行かないと思っております。
まだこの段階では
責任は必ず彼等にあると断定するわけにも行かないしね。

さて午後何をするか。
雪をかき分け、奥の沢まで原因を探しに出かけるか、
それとも もう今日はこれまでと
葛尾村のお風呂に行ってしまうか、です。

激しい土堀りのせいかな、先ほど脚にコムラガエリが
起こりました。もうスグ70歳になる身、
あまりムリするべきではないでしょう。
アーメン!

凍結レポート2

雪の中、水道のない窮乏生活が始まった。
トイレは150メーター歩いて森の中の原始的トイレで。

最初の作業は 
外の簡易水道の支柱を灯油ストーブで加熱して見ること。
もしもこれに成功すれば そこから
ホースを南のデッキまで引いて来て、そこから水を常時
出しっ放しにすればいい。この水さえ出れば 
極めて不便ながら何とか ここで暮らせないことはないと思う。

洗面はしない。可能なら夕方 村のお風呂に行けばいい。
昼は早めにして 例の「シュガー鍋」でキャベツを沢山蒸して
食すべし。こんな時 健康管理は大切である。
そのための水は 100メートル先の水道まで汲みに行く。
この簡易水道が出たことはとてもラッキー。
今 南の空に、
カリマンの夜明けが美しい。

*
カリマンとは
今は使用されない昔からのここの地名、
獣を捕る人々が住んでいたとか。

2010年12月27日月曜日

水が出ない!

今日午後2時ころ小屋に着きました。
「着いてホッとしています」と言いたい所ですが 
ただ今 エライことになっております。
それは案の定 水道の完全凍結!
どこからも全く水は出ません。

水道管が入り組んで沢山通っている
ボイラー室を 数時間30度くらいまで
暖めて見たのですが、全くダメですね。
だから凍結はボイラー室でないのかも知れない。

明日 水道管が地下から上がってボイラー室に入り
それが三つに分岐している所を開いて見ましょう。
凍結がそのアトなのか、その前なのかが 
それで分かるはず。

今回はどうも雲行きが怪しい感じです。
もうスグ正月、職人さんは来てくれないだろうから
もう一日二日孤軍奮闘努力し、それでも出なかったら
今回はあきらめて下山するか、
雪は沢山あるが水のない、不便この上ない
真冬の山暮らしを一人楽しむかですね。

2010年12月25日土曜日

冬将軍到来

利根川のほとりは
少し寒いが実に気持ちのよい快晴です。
昔 秋田から出てきた頃、真剣に
これが冬だって?太平洋側の人々は何を考えているのだろう
と思ったものです。
・
田村市は今日、昼から雪とある。
あさって入山するが 水道は大丈夫かな。
でもこれからの約ふた月、山の中で一人
冬将軍と「対決」出来ると言うある種の期待感や
楽しみのような気持ちも無いわけではないのです。

2010年12月24日金曜日

神の意図(いと)

主人が
びっくりするくらい回復が早いのです。
熱も下がっています。

そして何よりも
度重(たびかさ)なる脳梗塞のために 
脳の機能が殆(ほとん)どない と言えるような主人が
今私の事が良く分かるのです。
これは凄いことです!

*
すばらしいです。
それは間違いなく神がされたことでしょう。
私はこの喜びを兄弟姉妹に
次のように伝えました。

↓
この夫婦に何が起っているのでしょう。
神が真に彼ご自身の御業(みわざ)をされる時には
人はただ傍(かたわら)に立って
見ているだけのようです。

「神が働かれるために」人はどうであるべきか、
これだけが今日キリスト者が学ぶべき
ただ一つの学課(がっか)です。

多分それを一言で言えば
「神に対する私の従順(じゅうじゅん)」でしょう。
更に具体的に言えば
「神が私のために用意する十字架」を受け入れることです。

ただそのさい、神はしばしば
「私に対するサタンの攻撃(こうげき)」でさえ
用いられるので 私はアワテふためき 自分を失い
「神のみこころ」がどこかに行ってしまうことが多いのです。

「神は サタンの働きに乗じて御業を行われる」、
これは聖書全体が教えている極めて大きな原則であり、
ここにおいてこそ、この時代においても
十字架と復活が現実のものとなり得るのです。

イエスに起った原則は 私達にも起るべき原則です。
私達は「神の意図」を誤解せず、
静かに神の救いを待つべきです。

2010年12月23日木曜日

精神病の家族を持つ知り合いへ

○○さん
先日はよくぞ電話をして下さいました。
有難う、感謝しますよ。
あの時はちょうど「洋服屋しまむら」の着替えの箱の中で
ズボンを試していたところでしたので失礼しました。

復職のメドさえつかない息子さんのこと、
それはそれは大変でしょう。
精神病の子供を持つ親の心労は並大抵ではありません。
私の人生の総てが壊れてしまったような気持ちになり
自分自身でさえ何かに押しつぶされてしまうように感じます。
簡単に言うと それは解決のない絶望感と言えるものかも
知れません。

息子さんも 大変ですが
私は○○さんがまず心配です。
もしもあなたが倒れてしまったら家族はそここそ大変です。

ですから先ずは
あなたの心が おだやかにされることが必要です。
そうする時に 必ずその影響が息子さんにも及んで行きます。

それでどうでしょうか。一度 あなたの所から程遠くない
我孫子にあるクリスチャンの集まりに来て見ませんか。
これは単に 私達普通の人が数名 月一で集まって、
人としてどう生きて行けばいいのかを
気楽に話し合い、交流する集まりです。
牧師さんのいる「~教会」というのではないのですが・・

今度は25日(土)の昼頃からです。
もし今回 都合が悪ければ、そのうちゼヒ一度来て見てください。

人には全く不可能なことでも
本当に生きている神・イエスキリストに心を総てまかせる時に
奇跡も十分あり得るのです。 光は必ず見えて来ます。
決して絶望することなどありません。

それではまた。

★  ★

利根川のほとりの家、
強風に雨戸がガタガタ音を出す冬至の夜が終わった。
でも今日一日は風が強いらしい。
あまり気温は低くないのだが
体感的に寒い日となるのかも知れない。

朝6:47から16:32、
これが一年で一番日が短い時の昼間の時間である。
もうこれ以上 日が短くなることはない、嬉しい。

2010年12月22日水曜日

イエスキリストの骨

創世記によると
「キリストの絵であるアダム」、そのアダムの骨が、
彼が熟睡中に取り出され、そしてその骨からエバが創られたと
あります。また福音書によると
十字架上のイエスの肉は裂かれましたが、彼の骨は神によって
守られたことを見ます。

さて十字架上のイエスの肉体も一面 絵や説明ですが
イエスの骨とは 
イエスの中にあった永遠の命を説明(せつめい)しています。

ですから大切なのは 骨が説明している実体「霊的な命」です。
極めて尊い事実として、彼の肉が裂(さ)かれ、彼の肉の中にあった
霊の中の永遠の命が、イエスの体から解(と)き放(はな)たれ、
解放(かいほう)された正にその時、
本当の骨・永遠の命が私達(真のエバ)の中に入って来る備えが
総て完成したのです。

ですから私達・その事実を信じ受け入れた者は誰でも
イエスの中の骨が指し示すもの、すなわち永遠の霊的な命を
いただいているのです。この事実こそが大切です。
絵は一つあれば十分です。大事なのは 本当の命です。
私やあなたは今その骨の本物・真の命をいただいているのです。

誰の骨でも私達の骨はいずれ 朽(く)ち果(は)てます。
しかしイエスキリストの骨、永遠の命が朽ち果てることなど
絶対にありません。(もしも仮にそういうことがあるならば
神は神でなくなってしまいます!)

しかし、復活の時
私たちの骨や肉でさえ 霊の命の力によって復活し、
永遠に朽ちない体に変えられるでしょう。

それは将来における私達の大いなる栄光であり、また今でさえ 
私達が恥(は)じなければならないものは何一つありません。

私達の罪と恥じに対する神の刑罰は イエスの身の上で
既に完結しているからです。

2010年12月21日火曜日

恥をもいとわずに

私達は罪人ですから 多くの罪の恥(はじ)を
隠(かく)し持っています。 しかし神は彼の義の故に 
その私達の総ての罪の恥に対する刑罰 (けいばつ)として 
ある日 総ての御使いの前において私達の恥を 
全部さらし出さなければなりません。

しかし神は何とその「恥じのさらし」を2千年前に 
あのイエスの身の上で執行(しっこう)されたのです。
イエスの十字架の上での苦しみは種々ありますが
その一つがその「恥にまみれること」でした。

当時 十字架刑(けい)は 逃亡(とうぼう)した
奴隷(どれい)に対して行われたものでした。
それは最低の刑罰(けいばつ)であり、最も苦しく
むごい刑罰でした。 それは一つに その奴隷の恥を太陽の下に
すえ、人類の歴史のど真ん中に高く掲(かか)げ「あらわに」し
「さらしつくす」ものだったのです。

多分 イエスはピラトとヘロデ、兵士(へいし)達の前、
そしてあの十字架上で殆ど裸(はだか)であったことでしょう。
それはあまりにヒドイので、はるか後世に書かれた
「イエスの絵」には 小さな腰布(こしぬの)が
描(えがか)かれています。

ところが本当のところ
私達こそが恥じにまみれた罪人ではないでしょうか。しかし
当然神の子 イエスには、ただの一つの小さな恥、微小な恥の
影さえもありませんでした。

私達は更に彼はあの時 
その羞恥(しゅうち)と屈辱(くつじょく) の感覚を麻痺(まひ)
させようとする飲み物を断固拒絶されたことを知っています。
彼は死の直前まで その恥じの感覚を感じ尽くされ、その屈辱の
盃(さかずき)を完全に飲み干(ほ)されたのです。

イエスの肉体の上において恥が全世界にさらされた時に
神の目に映ったその恥とは 実は 私達の恥でした。
従って「私達の裸の罪の恥」への神の罰(ばつ)は 
あの時に既にイエスにあって終了したのです。
「私達の罪の恥」への刑罰は
イエスの中であの日完成されたのです。

*
それはひとえに
全く罪のないお方が
「恥をもいとわないで」
十字架を忍ばれた故です。
(ヘブル12の2)

2010年12月20日月曜日

THE JUST FOR THE UNJUST

Ⅰペテロ3の18の
「the just for the unjust」
という簡明な表現がいいです。
(正しくない者の為の正しき者)

これは、正しき者は正しからざる者 によって
死に至らせられるのであり
しかしその死は その正しからざる者の為である、
ということです。

しかしこの原則は あの時に始まり、
今でさえその継続の中にあるはずです。

*
「真にみこころの中を歩む願いを持つ人」
に対して 
聖霊は直ちに 十字架に向かわせます。
(これは法則です。)
なぜなら
①十字架を退けないこと 或いは
②積極的に十字架をわが身に迎えようとすることこそ、
私達に対する神の「みこころの基礎」であるからです。

従って
十字架を土台としない「みこころ」
と言うものはあり得ません。


★
この所 下で暮らしております。

2010年12月17日金曜日

カナダの冬便り

シュガーさん

いかがお過ごしですか?
ブログ、見せていただいています。
そちらも 寒そうですね。
シュガーさんの生活を見て励まされております。

凄いですね。私もあなたのように、
カナダの山奥に住みたいと、思うときがあります。
しかしまだ 定年まで3年半もあるのです。
仕事は毎日 本当に戦いです。

こちらも寒い時にはマイナス8度ぐらいにはなりますが 
そういうのはマレです。普段は10度前後でしょう。
ここは雨が多いのです。

しかしカナダの山は今大雪です。
いつも聞いているラジオで今日は
雪山キャンプのすすめと体験談を聞きました。
テント無しで 雪の中に洞穴(どうくつ)を作るとの事です。
私も「いつかやるぞ」と決意を新たにしている所です。

先回旅行した時には カリフォルニアの
暖かい所もいいなーと思いましたが、今は
やはり雪が降り 四季があるバンクーバーがいいや、
と思っています。

(寒い所、バンクーバーより)

2010年12月16日木曜日

水道凍結アレルギー?

今朝 6時現在で、小屋の外がマイナス7度、暖房なしの
居間がプラス5度 例の内外差は12度でした。
外の気温がマイナス10度には至りませんでした。

ここは東北とは言っても気候的には
いわば「関東圏」のような所なので 
零下7度というと、エッと思われるかも知れませんが、
北海道や長野県の戸隠などに比べたら大したことはないのです。
(しかしここから一寸はなれた隣の葛尾村などには 
ゆうにマイナス15度にもなる場所があります。)

水道の凍結も大丈夫でした。
しかし、私が小屋をしばらくルスにし、しかも
こんな気温が何日も続いた場合 いくら内外差が12度ある
と言っても今日のようには行かないかも知れません。

私的には 寒冷地の屋内の気温と言うのは無暖房の場合
「日々積み重なって下がって行く」ように感じられます。
今朝の場合は 暖房をしない部屋でも 暖房をしている
部屋からの僅かの暖かさが及び ある程度は暖かくなって
いる筈です。しかしその熱が全く途絶えてしまった時、
シンシンとした寒さが徐々に小屋全体の気温を 
押し下げて行くのではないのかな。

このことは
「氷が発生し、固くなり大きくなって行くこと」についても
言えるのではないでしょうか。
ですから一旦水道管の中で凍結が始まってしまうと 
その氷はなかなか解けてはくれないのです。

それにしても水道の凍結は怖い。
(数年前のあの経験が!・・)

2010年12月15日水曜日

明朝は氷点下10度?

今日 ここ阿武隈.田村市の気温予報であるが 
明朝はマイナス7度だと言う。

ここは
普通の田村市よりも標高が高い旧都路村の岩井沢、
私の小屋は 更にその岩井沢の山の上にある。 
だから明日の朝、氷点下10度もあり得るわけだ。

人の体は寒さには徐々に慣れるので 
意外にどう言うこともないのだが
(今年も もう大分なれました)
問題は水道の凍結である。
対策は施したが、さて本番はどうであろうか。
その本番がいよいよ来た。

2010年12月12日日曜日

「遅ければ遅いほどよい」

この世界では
「スピーディであればあるほどよい」のです。
しかし 主にあっては本当に
「主と共に遅ければ遅いほどよい」のかも知れません。

その結果「天から与えれれるスピード」
によってなされたものだけが
初めて真の存在価値を持つのでしょう。
*
アーメンです!
「主と共に遅ければ遅いほどよい」、そうですよね、
焦る必要はないのですよね。
当たり前の生活を送っていく過程で、神に照らされ、
「天から与えられるスピード」で成長していければいいのですね。
*
そうだと思います。
「天から与えられるスピード」によって
成長することこそ 重要なのでしょう。

「主と共にスロー」は本当の「スローライフ」です。
そのスローライフを本当に実践する人は 
いずれ 自分の生活(or人生)が不思議な方法で
実に能率的であったことを知るでしょう。
何故なら彼にとっては
「イエスそのもの」が「能率」であり
神ご自身がその人を運んでおられたからです

2010年12月10日金曜日

内外差

この小屋にもいよいよ
気持ちのよい ピリリとした冬が来ましたよ。

パソコンで見る今日の田村市の気温予報は
最低が1度と最高が6度。しかし これではまだまだ
本格的な阿武隈の寒さとは言えません。

さて、
この小屋の 先ほど七時前の気温はと言うと:
デッキにつるした寒暖計がマイナス2.5度で 
夜通し暖房をしなかった一階の居間は8度でした。
(ここも田村市の一部とは言っても結構な差です。ちなみに、
小さな灯油ストーブだけの ロフトにあるマイルームは28度!)
即ち自然な外と居間の気温差が 10度ということです。

この内外差が大きければ大きいほど この小屋の保温性が高い
ということになり、寒冷地の住まいとしてはよい状態である
と言えないだろうか、と考えております。

これから内壁を仕上げ、種々の工夫によって
その内外差を更に大きくしたいと思っているのですが・・

2010年12月4日土曜日

ツケは必ず来る

昨日のことです。
母屋から張り出した部分、後(あと)工事のピアノ室の
西側の壁に何と雨漏りが!

それにしてもどうして
今まで雨漏りが無く 今回初めてあったのか:
それは雨が昨日のように西の強風に伴なって
ピアノ室の西側面に 横なぐりに吹き付けたからです。
山では雨は必ず上から降る、というわけではありません。

いずれにしろ近く ピアノ室外側の防水工事を徹底して
やらないといけません。しかし この作業は
大したことではないのです。問題は壁内部です。

壁内部の断熱材が雨を一旦吸い込んだら、それが
自然に乾燥することはまずあり得ない。
(自然と乾いてくれる断熱材があったらいいのに!)
従ってピアノ室西側の内部の板を全部はがして
断熱材を取替えなければなりません。
ほおって置いたらいずれ土台が腐食してしまうからです。

それにしても
何故こんなことになってしまったのか、
その理由は単純:しばらく前に私が
「多分いずれここは雨漏りがあるだろうな」と感じながら
それをほったらかしにしたからです。
ツケは必ず来ますね。

☆
今朝 森は完全な雪景色。
田村市の最低気温が3度でも ここは標高が高いから
雪になります。いよいよ来たね、と言う感じです。
ただ今日は 9時から晴れだし、
明日の最低は5度だと言うから 
この程度の淡雪は問題ないでしょう。

2010年11月30日火曜日

小屋に着きました

今3時過ぎ
ついさっき小屋に着いたばかりです。
とても静かです。
穏やかな山の空気が小屋を包んでいます。

今朝9時前 実家を出て今日もオール下でした。
日立の海岸線で海辺に車を止めて海を眺めることが出来ました。
いわきからは 買い物の関係で49号線を走りました。

小屋に着いて片付けを終え 一息ついたら、
何故そうなったのかは分りませんが
賛美が溢れて来ました。

「価値があるのはただあなただけです、
総てはむなしい中
《本当の実質》はただあなただけです」と
祈ると言うよりはただ神を賛美しました。

このような神を信じ、このような神と一つとなりえる
特権を何と感謝しましょうか。
私達の人生は、だから、むなしくありません。

2010年11月29日月曜日

今達し得ている所に従って

「キリスト者の霊的学びにおける到達点」には
明確な神のみこころがあり、その目標が揺らいだり、
変更されたりすることはあり得ません。
キリスト者達に対する神の働きの特徴は 
その目的の明確さ・手順の厳格さ、
そして美しさにあるからです。

しかし、それへと至らしめる
一人一人の兄弟姉妹への神の導きには
一つとして同じやり方はあり得ません。
この時代、神はキリスト者を一くくりにし、
大きな教室で 画一的に導くようなことは
決してされません。

なぜなら私達の
「命の成長の度合い」を初めとした様々な状況は
一人一人が著しく異なるからです。
そのように著しく異なるキリスト者を 
正当にしかも美しく導く極めて偉大な能力は
ただ神のみが所有し得るものです。

ですから、霊的成長の為にキリスト者が 
一人の人間、或いはある特定の人間達の
指示に従って一斉に行動するなどは決して
正常な姿であるとは言えません。

確かに言えることは 神は先ず
「私達一人一人が今達し得ている所」を良くご覧になられ、
次におのおのの内側に ある霊的な関心、興味、憧れを
生じさせることによって
今その人にとって必要な「ある神の真理」の
①啓示と②経験に 導こうとされることです。
そうやって神は私達を順次 前進させられるのです。

その神の導きは 
総ての真に新しく生まれたキリスト者に対して
真理A→B→Cから開始され、いずれ必ず→X→Y→Z の
①啓示と②経験へと至るでしょう。

私達が 多くの証人や先人達のように この時代、
即ち この肉体に留まる一定期間において もしも
・・Y→Z にまで到達できるならば
それは何と幸いなことでしょう。

とは言え 
ここで私達が確認しておきたい極めて大切な事実は
私達が霊的学びの過程に置いて獲得して行くものは
初めから終わりまで「ただ一つの事物」であり
その事物とは「キリストというお方」以外の何物でもないと
言うことです。何故ならキリストこそ 
A(アルファ) でありZ(オメガ)であるからです。
(黙示録1の8)

今大切なのは
その神の働きかけに対して「私がどう応じるか」です。
その「応じ方」(今の私の応じ方)によって 私の
「この時代における」霊的成長のスピードと
「この時代における」私の到達点が 決定されてしまうとすれば、
それは極めて厳粛なことではないでしょうか。

このような神ご自身だけが
「教会」(エクレシア)における
唯一人の先生であり、父です。

*
「それはそれとして、私達は既に達している所を基準として、
進むべきです。」(ピリピ3の16)

2010年11月25日木曜日

天王山

午前中、あまり良い天気なので
夏に遭難しかけた あの天王山まで行って来ました。
この辺の阿武隈の山は
里山に近い低山(千メートル未満)なのですが、
それでも油断するとやはり危険です。

でも今日はよかった。
木の葉の積もった冬枯れの明るい雑木林の尾根を登り
「下の頂上」まで行ってきました。(「上の頂上」もあるのです)
原生林がわずかに残る頂上あたりの林、
フカフカの枯葉に寝転び、しばらく青空を眺めておりました。
今日はただそれだけ。

今後の為に、
ルートをシッカリと確認したので、
これから天気さえ良ければ、真冬でも行けるでしょう。

この小屋が登山口みたいなものだから、
半日もあれば十分往復が可能です。
足腰が普通の人ならば(一寸健脚ならば、かな)
都会からのお客さんでも
結構 楽しんでもらえるだろうと思います。

*
先日の小野君、
とてもよい交流が出来ました。
今度は 奥さんを連れてくるかな。

★
明日下山し、30日あたりまた入山の予定です。

2010年11月22日月曜日

小野君

今日 秋田は本荘高校時代の友人、
小野君から電話があり、
明日船引駅に 昼ごろ着くとのことです。

いやいや何十年ぶりだろう。
69歳にもなってしまった相手の顔を見てお互い、
相当のショックはどうしても禁じ得ないことでしょう。

しかしあした そのショックは内に秘め 
最初何と言う言葉を発しようか。

家族と福島の温泉に来たというのに、
家族をどこかに置いて一人
この山奥まで来てくれるのだと言う。
主よ彼に祝福を。

2010年11月21日日曜日

月見

昨日夕方の山散歩は近所の「ダビデの丘」まででした。
ネライの一つは14日の月。(正確な月齢は13・9)

一昨日はまだ月の出は早く、夕日を十分受けるので
私の好きな「白い月」でしたが 
昨日になると まだ僅かに(わずか)に
ピンクの夕焼けが残る東の空に昇るのは
「透明な明るい月」でした。

今日の月齢は14・9、明日は15・9ですので、
ほぼ満月が二日に渡って 見られそう。
それはスッカリ暗くなった空に昇る月、
だから「煌々(こうこう)と輝く月」となるでしょう。

今晩 もし晴れていたら
「霜月(しもつき)の月見」などはいかがでしょう。

★午後5:50

まだ6時まえなのに、スッカリ夜です。
冬の前、この時期の静かな山の深い落ち着きも
なかなかいいものです。
こんな感じで冬を待つのは 今年が初めてかな。
・・・
それでは
ロフトのデッキに上がって月を見て来ましょう。
出てるかな。・・・
出てました、出てました!真東に昇る煌々たる満月が。
・ ・
一つのことをお教えします。それは 明日の早朝まだ夜中、
西の空に孤独に傾く満月です。 しかし夜が明けるよほど前 
あの夢のように美しい 満月を愛(め)でる人など、
めったにいないことでしょう。
 

2010年11月18日木曜日

雲の「いたずら」でした

おととい夕方 山散歩に行こうとして林道に立ち
何心無く東の方角(ほうがく)を見て
ビックリ仰天(ぎょうてん)。

五十人山の向こうに
長い屏風(びょうぶ)のように ミゴトなばかりの山脈が
北東から南東へと高く高く聳(そび)えているではないか!
えっあんなところにあんな山なみが、でもマサカと
正にあっけに取られる。

しかしどう見ても 
あれは山脈(さんみゃく)以外の何物でもない。
色や形状といい 他の風景とのバランスといい。それに
ある箇所には確かに山頂にありそうな物体、岩?
それとも建築物?が確かに確認できるのだ。
目をこすってもう一度みる、どう見てもあれは正しく山脈だ。

でもあり得ない、バカバカしい。
だとすれば目の錯覚?それともついに
私の頭がおかしくなったのか!

その時行くはずの散歩は急きょ取りやめ、
確認のため、全く別方向の「眺め山」頂上へと急ぐ。
或いは蜃気楼(しんきろう)か、昔秋田で見たオーロラか、
それとも前代未聞(ぜんだいみもん)
天変地異(てんぺんちい)の怪現象か?!

*
結局 何のことはない、
「あの山なみ」、単なる「雲のいたずら」だったのですが、
それにしても 極めてよく出来た自然の模擬絵(もぎえ)、
どんな名画伯(がはく)でもあんなに上手には描けまい。

昔、人が一人山に入り あるまれな自然現象に驚ろき恐れ、
下山後 うわさを通り越して代々語り継(つ)がれるほどの
伝説となってしまうほど迫真(はくしん)の描写を 
彼が行ったとしても彼には罪はないと思う。


★カレブさん情報です

  基督徒文摘
CHRISTIAN DIGEST

Caleb K.Huang(黄迦勒)
E-mail:
huangcd@msn.com
Web site:
www.ccbiblestudy.org

2010年11月17日水曜日

ヨシヤよ!

そうそう、
今Ⅱ列王記の、私の好きな「若きヨシヤ王」のところを
読んでいるのですが、
*
Ⅱ歴代誌35章を参照してみると、ヨシヤは
エジプト王パロ・ネコを通して語る神の声を聞くべきであった。
しかし 律法に忠実であり 神を畏(おそ)れる王ヨシヤも
その時 パロ・ネコのことを「何を言うかこの異邦人め」等と
思ってしまったに違いない。

新約的に言うならば、ヨシヤはその時
「冷静に環境の背後に立つ」ことを忘れてしまったのだ。
鼻息を荒くし、即ち「魂を荒くし、遂には血肉までも
煮(に)えたぎらせ」てしまったヨシヤは
「その時点での自分の本分は何か」
即ち「みこころ」は何であるのか、を告げ知らせる
「静かな内なる人」の声が聞えなかった、と言えるだろう。

死の傷(きず)を負い
出血の体を ゆれ急ぐ車に委(ゆだ)ねるばかりのヨシヤは 
わずか39才にして世を去らねばならない自分の最後を
どう見つめたのであろうか。

「かわいそうなヨシヤ、
それまでの君はとても素晴らしかったから、
なお更あなたの最期(さいご)が残念でならないのです。」

2010年11月16日火曜日

解経系列

今、カレブさんの20数冊に及ぶ
「例の注解書(ちゅうかいしょ)」の中の一冊が手元にあります。
その表紙の最上部に「解経系列」と書いています。
ですからこれが多分この注解書のタイトルなのでしょう。
(私にはその意味は分りません)

先回の記事で私は 
「正しい訳の聖書と歴代の聖徒が残したことばとを
組み合わせた本」をカレブさんは意図(いと)された
と書きました。

そこで少しだけこの本を具体的に見てみましょう。
(私はカレブさんから聞いただけなのですが・・)
私が先ず驚くことは この注解書は
①新約聖書各書の各章の解説のみならず 
②その章の中の全部の節一つ一つをまな板に乗せている
と言うことです。これでは 新約聖書全体となると
膨大(ぼうだい)な分量になってしまうのは当然のことです。

その一つ一つの節にかんして
「原文直訳」
「原文字義」・・大切な言葉の意味
「背景注釈」
「文意注釈」
「霊意注釈」・・霊的な意味
「問題改正」・・問題となる箇所の説明
「話中乃光」・・歴代の聖徒達が神から得た光
が総てに取り扱われているのです。これらが
この注解書の中心です。

ここで直感的に私が感じることは 
確かにこの本はキリスト者にとって
ずい分便利なものであろうと言うことです。

私達が本当に知りたいのは 
日本語として美しい聖書の翻訳(ほんやく)よりは
無骨(ぶこつ)だとしても「聖書の直訳的で正確な意味」であり、
またそれに関して歴代の神によって真に重く用いられた
キリスト者達が その箇所(かしょ)から実際的にどういう
教えを得たのか、ということではないでしょうか。

(当然それらを知る私達の目的は それらを通して
今度は「神が直接私の霊に語りかけること」
でなければなりません。)

真に神の「みこころ」を求める人にとって
この注解書は「多くの手間」がはぶける 
実に「簡便(かんべん)な本」であると言えるでしょう。

真理を求める中国の地下教会の多くの聖徒達が 
この本を今大歓迎している理由は
容易(ようい)に理解できると言うものです。

2010年11月14日日曜日

ある海賊版(かいぞくばん)

カレブ・ファンさんがウイットネス・リーから
離脱(りだつ)した時、ある人がカレブに言いました、
「あなたはウイットネスリーを離れて一体 どこから
霊的な糧(カテ)を得ることが出来ると言うのだ」と。

カレブは答えました、
「そんなことは全く問題ではない。
私には聖書と
歴代(れきだい)の聖徒達が残した多くの言葉がある」と。

その時 彼に一つのことが主から示されたといいます。
それは
正しい訳の聖書と
歴代の聖徒が残したことばとを
組み合わせた本を書くということでした。

ですから 20数冊からなる
今ほぼ完成しつつある全新約聖書の注解書(ちゅうかいしょ)
の表紙には
カレブ・ファン「著」(ちょ)ではなく 
カレブ・ファン「編」(へん)と書かれているのです。
それは この本を書いたのは私でなく歴代の聖徒達です、
と言う意味です。

この中国語で書かれた注解書は
いつの間にか中国大陸に渡り
遂には その「海賊版」(かいぞくばん)が
秘密裏(ひみつり)に、そして大量に出回るようになったのです。
今既に少なくも数十万部が全中国に行き渡っている
と推察(すいさつ)されます。

彼は私に言いました、
「私は台湾からアメリカに渡り、
一介(いっかい)のサラリーマンとして働いて来ただけですが
なぜか主は 私の生活と経済を豊かに祝福してくださいました。
ですから私には 
この本でお金を得たい気持ちはサラサラありませんし
その必要もありません。
私は多くの兄弟姉妹達が 
この本を通してキリストにある命の供給を
豊かに得ることが出来ればそれで十分です。」

長年に渡(わた)る彼の中国訪問のキッカケは 
実は この海賊版にあったのです。

2010年11月12日金曜日

アリがワシになる、のかな?

欲はなく、
オッと間違いました
欲を退(しりぞ)け
「何も考えず」
しかし命に従い
地面をはいつくばって歩き
その日その日をただコツコツと生きるアリのように、 
日常の実に些細(ささい)な場面で 
ただ主と命に生きる人だけが 

あのエノクのように、
天高く舞(ま)い上がる
ワシとされるのでしょうか。

★
先回、実家にいた時、しばらくぶりで近所の
リサイクルショップに寄ってみたら
5脚(きゃく)セットのイスが 
何と一個210円ではないか。
(2100円ではありません)

全部キャスターがついている所が気に入ったし、
銀いろ・ピカピカのアシとヒジもたせがカッコいいのです。
安い理由は明らかに 背もたれの上部が一部ホコロンで
いるからでしょうが こんなものはキレイなテープをはれば、
アッと言う間に美しく変身するのです。

シメシメこれは小屋のダイニングにピッタリだと、
5脚セット1050円で買って来たのでしたが、
小屋のダイニングに入れて見ると
イスの総てがスポッと食卓の下にもぐってくれないのです。
イス全体が完全にテーブルの下に隠(かく)れて
くれないとどうも私は面白くありません。

(というわけで本当に言いたい続きは次回と致します。)

2010年11月11日木曜日

近況(きんきょう)です

阿武隈の秋もずい分と深まり
紅葉は もう八割方終わってしまいました。
小屋から下がる南の森の小道が
その落葉(らくよう)でうめつくされ
ガサガサと 
音を立てて歩く足がうまりそう。

それでも、
山散歩の道筋(みちすじ)よく中村さんの別荘を
通らせてもらうのですが、そこの背の低い
モミジ達だけはまだ ケンランたる真紅(しんく)の
装(よそお)いを誇(ほこ)っているのです。
これが ここで暮らす私の晩秋期の楽しみの一つ。

この季節は山散歩には絶好(ぜっこう)です。
寒さは日に日につのりますが、
それはまたピリリとした心地よさでもあります。
空の濃(こ)い青は 夏とは比べられない
鮮(あざ)やかさですし、それに
あの虫達がどこにもいないと言うのは
わずらわしさが殆どない
晩秋アウトドアの大きな快感です。

今するべき第一のことは もうスグ来る
厳冬期(げんとうき)対策です。
まず水道の凍結(とうけつ)防止工事。
次は各部屋の保温上
細かい配慮(はいりょ)がいろいろと必要です。
これらに もう数日はかかるでしょう。

それが終わったら ようやく工事です。
本格工事はもうしばらくやっていませんね。
でも最近ようやく
少し意欲(いよく)が出て来たところです。

明日もよい天気、
夏に遭難(そうなん)しかけた
あの天王山への急斜面(きゅうしゃめん)を
登ってみようかな。

2010年11月9日火曜日

山に戻りました

今回の山への道は
予定通り めったに通らない国道399号線。
国道とは言え道幅はせまく傾斜(けいしゃ)はきつく
踏み行く道はものスゴイ山また山。 

紅葉は終わりかけていましたね。
まだ残る紅葉を背景に
時々 強い風で空高く舞う枯葉に
もう晩秋なのかと。

このあたり 
海にも近い「いわき」の山なのに
正に深山幽谷(しんざんゆうこく)の
風情(ふぜい)なのは面白いし貴重です。 


無事着いて
今は小屋の自分のロフトで一休み。
今度は山小屋の紅葉を眺めながら
いわきで買った600円の寿司を
一人で食べました。

ロングドライヴのあとの
ささやかな幸せです。

2010年11月4日木曜日

中国本土へ

飛行機は いよいよ最終目的地、 
中国本土は「せっ江省」杭州(こうしゅう)市
上空に近づきます。

さてここで あることにビックリ。
目を下界に転(てん)じて見ると どうも
視界(しかい)がハッキリしないのです。
ボンヤリとした「カスミ」の下に
なんとか街が見える、と言う感じ。
あ、そうかこれはカスミではなくスモッグなのだと
間もなく気がついたのですが、

そう言えば
私が「大発展の」南部中国の沿岸地方(えんがんぶ)に
滞在中(たいざいちゅう)上空に「青空といえる青空」を
望むことが出来た日は極めて少なかったのです。

*
ハンジョウ(杭州)空港での諸手続きを終え
いよいよ出迎えのカレブ・ファン、レベッカ夫妻と
文字通り何十年ぶりかの再会です。
彼ら夫妻は今はアメリカ国籍(こくせき)で 
台湾と日本出身のキリスト者です。
既に前日 香港経由(ほんこんけいゆ)で
杭州に到着しておられたのでした。

カレブ ファン:彼はかつて、
かのウイットネスリーの側近(そっきん)中の側近でした。※
しかし今は、総ての束縛(そくばく)から解(と)かれ、 
南カリフォルニヤは ファウンテンバレーに居(きょ)を
構(かま)え、極めて自由な立場で著述(全新約聖書の注解)に
いそしむかたわら、請(こ)われれば諸教会でのメッセージの
奉仕にあたられる という「悠々自適(ゆうゆうじてき)の」?
生活を送っておられます。

※
「かの教会」での騒動(そうどう)以前
彼は中国語書籍(しょせき)の全責任をまかされていた。

2010年11月2日火曜日

出発

9月7日、午前9時、
韓国アシアナ航空のOZ107便は
まだまだ暑い成田を飛び立ちました。

千葉マリン球場、東京ドーム、東京湾、三浦半島などが
次々と眼下に飛び込んで来ます。そして間もなく伊豆半島、
そしてダークブルーの全容を見せる、端正(たんせい)
極まりない富士の山。まるで巨大な模型(もけい)を
見るようです。緑の山河と青い海、何て日本は美しい国だろう。

一時間半で、飛行機はソウル、
世界有数の巨大空港に降り立ちます。
乗り継ぎです。そして生まれて初めて 
ビジネスクラス用のラウンジなる所で
しばしの休憩(きゅうけい)。

今回 ある方の御好意で、
行き帰りとも何とこの私が全部ビジネスクラス!
ユッタリとした座席もさることながら、
総てがユトリそのもの。
大嫌いだったはずの飛行機の旅も
これだったら悪くはないか
と思いました。 

2010年11月1日月曜日

明日は晴れますか?

今日の昼過ぎ、ついさっき
ようやく重い重い腰をあげ、
しばらくルスにした大工仕事、
地下室の防寒工事に取りかかることが出来ました。

こういうの やって見ると大したことはないのに
私の場合 取りかかるまでが大変です。
ホンとに根っからの怠(なま)け者なのでしょう。
こんな人の行動にも物理で言う
「慣性(かんせい)」みたいなものが働いているのかな?

今日 窓わくは出来たので あとはそれに張る
ビニールの透明(とうめい)シートを買ってくれば
よいわけです。意外にわけのない作業でした。

あとは先輩(せんぱい)のアドバイスを受け
水道管に もう一巻きだけ、断熱材を巻きましょう。

最後は二つの入り口を板でシャットアウトすれば
万事はオーケー。これで厳冬時(げんとうじ)でも
L D K の水道の凍結(とうけつ)はもう無い、はず。

*
明日からは晴天という予報ですが、本当かいな 
というような湿(しめ)った空模様です。
今正に紅葉真っさかり、
どこもかしこも黄色とあわい緑いちめんの森に
シトシトと冷たい霧雨が落ちています。

でももうガマンがなりません、
カサをさしてこれから しばらくオアズケけだった
山散歩に出かけましょう。

2010年10月31日日曜日

パッとしない天気です

今日は終日曇りの予報。
(でも今 雨が降っていますよ。
これでは朝の「山散歩」はムリですね、残念。)
気温は最高12度。明日もまた雨。
最近どうもパッとしませんね。

それにしても
人の感覚や気分というものは
何とたやすくそれらの影響を受けることでしょう。

「雲の上」には
必ず輝く青空と太陽、
そのはるか上には
決して動くことのない「神の素晴らしい事実」がある、
と言うのに。

2010年10月30日土曜日

午後はシチューを作ります

昨日は三春の病院へ:
ゼンソク予防の吸入薬をもらって来ました。
大きな病院は 
夕方終了時間ギリギリに飛び込んで受付をするのが
コツのようです。
昨日もとても早く見てもらえました。

その帰り道、
ピアノ室用の灯油ストーブをコメリで買いました。
7千円何がしでした。だから今日は部屋を暖かくして、
ピアノでも弾きましょう。
曲はモチロン「一生一曲の」あれです。

ピアノと言えば不思議なことがありました。
小屋をスルに 当然ピアノに触れる機会など
相当な期間、一ヶ月以上もなかったのに、
ナンだか、かえって少しうまくなっていたこと、
これ何故? 年寄りの錯覚(さっかく)?

今 昼の12時半。
午後はユーウツな冷たい雨の音を聞きながら
一人 シチュー作りですね。
ジャガイモ、ネギ、たまねぎ、ハクサイ、
豚肉、ニンジン等は昨日買って来てあります。

その後は
地下室の水道管をどうするか:
厳冬時の凍結防止工事です。
真冬、長いルスのあとに小屋に帰って見ると
L D K のシンクだけですが、出ないことがあるのです。
どうするのがいいのかなー、
これは地下室の現場で考えることにしましょう。

2010年10月28日木曜日

山はもう冬の気配(けはい)

今 朝5時ちょうど。
今日の日の出は5:59
日の入りは 4:51
これから冬至まで 
この日の出と日の入りの時間の変化が面白い。
そのようにして遂に 冬至の日の出を
目撃(もくげき)するのは一寸した感動です。

朝の「山散歩」は
日の出のころであれば理想的ですが
今日は曇りなので
日の出に合わせてもあまり意味がないでしょう。

もう阿武隈の朝はずい分寒いです。
ロフトのわが個室は既にストーブ、
これから朝食の焼きイモです。

2010年10月26日火曜日

発芽現象(2)

これは主イエスが
ご自身とキリスト者の経験に関して
「一粒の麦」にたとえられた現象です。

その麦のカラとは人の魂であり、そして
カラの中の「死を通過してさえ破壊されることのない成分」とは
人の霊と一つとなられた「聖霊」です。
当然この発芽現象とは「キリストの復活」に他なりません。

旧約聖書において キリストの復活は
祭壇(さいだん)の上にしばられ 強力な神の火の
加熱によって焼きつくされた生き物が 煙となって
天にかけ上り 神のための芳香(ほうこう)となった煙、
すなわち死を経過(けいか)し、今は悪魔を足の下にし
総てのものを超越(ちょうえつ)した存在、
として描(えが)かれております。
またイエスに加えられた死の圧迫はパプテスマの「水」等
によっても象徴(しょうちょう)されております。

聖書の全編(ぜんぺん)において 水と火は 
総ての旧(ふる)きものを死に至らしめ終わらせ、その様にして
「朽(く)ちることのない永遠のもの」を導入するための 
神にとって極めて重要な手段(しゅだん)
であったと言えるでしょう。

もしもそうであるならば、今日でさえ 
私達が 日々自分の実生活において 
真に「キリストにある死」を経(へ)ているのでなければ 
私達の経験において、真の命の発芽現象は存在し得ないでしょう。

発芽現象(はつがげんしょう)

私(sugar)が生まれた1941年ころ
中国のキリスト教徒はわずか2~300万人でした。
その中で
「ただ場所を根拠(こんきょ)に現われた地方教会」
にぞくす兄弟姉妹はわずか数10万人でした。

ところが今はこうです:
中国の全人口13億人中何と
キリスト教徒は その一割に当たる1・3億人です。
これはちょうど今の日本の全人口に相当します。
(その中には一部 本当には救われていない人、
「永遠の命」を持っていない人も
含(ふく)まれているでしょうが・・。)

正確な算定(さんてい)は不可能ですが
「地方教会」に属(ぞく)するキリスト者は
最も少なく見積(みつ)もっても100万人、おそらくは
数100万人に上るであろうと言われております。

更にその上 当然無名の全中国にわたって実在する
おびただしい数の家庭集会の存在をあげなければなりません。
しかしその実態(じったい)を知るいかなる方法もありません。
(私はその中のわずか2、3の「実情」を
後日 報告することが出来るだけです。)

*
形に表れたキリスト「教」はその殆(ほと)んどが
破壊(はかい)されました。しかし私達はここに
人間の政治的圧力などではむろんのこと 
神の敵でさえ絶対に破壊不可能な素晴らしいものの
存在を指摘(してき)しなければなりません。
それはキリスト者の中の霊に実在(じつざい)する聖霊です。

しかしその当時 いやおう無しに
目に飛び込んでくる恐ろしい状況(じょうきょう)と
更に魂や肉体に加えられる脅迫(きょうはく)を実体験する時
「キリスト者の霊」と言えども
大いに圧迫されたに違いありません。

ところがここに 
ある不思議な「命の現象」が現われたのです。
それは全中国において
人の霊の中の聖霊による おびただしい数の
「発芽現象」とでも言うべきものでした。

キリスト者達に対して ものすごい恐怖(きょうふ)が押し迫り
その様にして人の魂までが破壊され、人の霊でさえ
押しつぶされたかに見えたその瞬間(しゅんかん)何と
何も見えない真っ暗な地中において
「土中熱」(どちゅうねつ)と土が含む水の作用によって
霊的な「命の発芽現象」が発生しました。すなわち それまで
あの「麦つぶの中に秘(ひ)められた命」をおおっていた
硬(かた)いカラが水と熱の力によって 
ついに崩壊(ほうかい)したのです!

2010年10月22日金曜日

真性なキリスト者の霊

聖書の主張からすると 人の魂も
「目に見えるもの」(感覚できるもの)に数えられます。
その意味は 人の魂でさえ実は被造物の類(たぐい)
すなわち物質に属(ぞく)するものである、と言うことです。

そして被造物(その殆どは古い創造になってしまった!)は 
この時代、神の敵が破壊(はかい)を許されている一つの
領域(りょういき)・場所であると言えるでしょう。

しかしここで 私達はこの世の神・
あの龍(りゅう)すなわち極めて残酷(ざんこく)な者でさえ
決して破壊することの出来ない一つの尊(とうと)いものを
高くかかげなければなりません。

それは
聖書の中で
「目に見えないもの」「一時的でないもの」「永遠のもの」
の中に数えられる、
神と人に属(ぞく)する唯一のもの、すなわち
キリスト者の体と魂の、
更にその奥底に潜(ひそ)んでいる 
聖霊によって神の国に生まれた、
「真性なキリスト者」の霊です。

2010年10月21日木曜日

とても困難な時代

中国において キリスト者が
「ひどい」迫害(はくがい)を受けた時期(じき)は、
およそ30年間に及び、
1950年ころから 80年ころまでと言えるでしょう。
(しかし今でさえ迫害は十分に存在しています。)

それではこの間に何があったのでしょう。
それは要するに
「おもて・形に表れた宗教的な一切」が破壊(はかい)
された、と表現できるかも知れません。

それでは
「形に表れた宗教的なもの」とは何でしょうか。
それは先ずは物であり建物であり看板(かんばん)です。

そして更(さら)にそれは 宗教的な組織(そしき)に及
(およ)び 宗教の中の様々な役職(やくしょく)についている
人々に及びました。(あるいは人に付随(ふずい)した宗教的な
役職と言うべきかも知れませんが・・)
それらはとても目立ちハッキリしているものなので
サタンの怒りはそれらをイトも簡単に破壊したはずです。
そのようにして遂(つい)に迫害は「目に見える物」である
「キリスト者の肉体」にまで及(およ)んで行ったのです。

そのような中
おそろしい破壊を目の当たりにした時 キリスト者の魂は
必ず大いに揺(ゆ)さぶられたに違いありません。
人の魂は感情、思い、意志から成っているのですが・・

まずは彼らの「感覚、感情」は簡単に
動揺(どうよう)したはずです。
そしてそのような時 彼らの思い、思考があれやこれやと
自分の「人生の損得(そんとく)」について思い
めぐらせるならば もう勝負はついたも同様です。

最後に彼らの意志でさえ 
見えない ほえたけるシシの脅迫(きょうはく)に
あえなく屈(くっ)したことでしょう。
「総ての人のありかた」は最後に人の意志が決定するからです。
そのようにして
「人の魂である人自身」が悪魔の前に
完全に敗北してしまった、と言えるでしょう。

2010年10月20日水曜日

戴(タイ)姉妹の場合

★
乳がんになった
この女性は共産党幹部(かんぶ)の奥さんであり
キリスト者を迫害する立場の人でした。

病院で薬の治療を受けたのでしたが それがかえって
症状を悪化させたのです。薬物の影響から手足のタダレが
物すごい状態(じょうたい)になり、筋肉が開き、肉内部の
スジが見えるほどだったと言います。それは極めて絶望的な
状況でした。もはや 何にもすがることの出来ない彼女は 
ついに主を信じました。

その時から 症状は徐々に改善(かいぜん)に向かい、一年後 
乳がんと手足のタダレは完全に癒(いや)されたのです。
姉妹は私にズボンをまくって ヒドかったその脚(あし)を
見せてくれました。それは「むこうずね」あたりにあり、
相当広い部分にわたるものでした。

私は手で触らせてもらったのですが
最悪の状態であったその部分は 今完全に乾(かわ)ききり 
正に痕跡(こんせき)をとどめるだけでした。
今教会で主に仕える姉妹は 健康そのものという印象です。

別れぎわ 姉妹は言いました、
「正に人の絶望(ぜつぼう)こそ神の開始です。そして
この深い傷あとは 神が私に残してくれた 
神の愛のすばらしい記念なのです。」

2010年10月19日火曜日

戚兄弟の話

★
1970年前後は迫害がとてもひどくなりました。
しかしそのころはギャクに
人から人への福音を聞いて救われる人が
ますます増えて行った時期でもあったそうです。
そして実に興味深いことには
その時期 ひどい環境にもかかわらず
神を信じる兄弟姉妹の体、健康状態は
よくなって行ったというのです。

農村地帯の兄弟姉妹の間でその頃 
多くの奇跡が起こりました。
これはその一例に過ぎませんが ある姉妹は 
キリストを信じた者への見せしめの為に 三角ぼうしを
かぶらされ 罪状を書いた看板を胸にぶら下げ 村人の環視
(かんし)の中を 歩き回らなければなりませんでした。

さらに悪いことには
この姉妹はひどい関節炎に苦しんでいたのです。
そういう姉妹の唯一の頼みは一本のツエでした。
容赦(ようしゃ)なく後ろから役人がドナります
「早く歩け」と。
しかしどうして早くなど歩けましょう。
姉妹はとうとう つまずいて倒れてしまったのです。

正にその時です、この姉妹はなぜか
あの唯一の頼みのツエを完全に忘れてしまったのです。
そしてその時シッカリと立ち上がった姉妹は あんなに
ひどかった関節炎が完全に癒(いや)されてしまった
ことをその身に感じたのです。

この事実はそれを目撃(もくげき)した村人たちに
強い衝撃(しょうげき)を与えたことは
言うまでもありません。
迫害という悪魔の努力は 正に逆効果となって
しまったようです。

2010年10月18日月曜日

戚(セキ)兄弟の場合

中国、地下教会の迫害された聖徒達
★
彼は現在66歳、2万人ほどいる「ある地方教会」の
働き人※です。彼の場合は1983年と2003年に
それぞれ数ヶ月間 獄(ごく)に入れられました。

もともと学校の教員であった彼は、68年に主を信じました。
しかし福音を伝えたために 70年に教員をやめさせられました。 
その時は共産党の思想教育を受けたそうです。その教育とは
「あなたが神を信じたのはやむを得なかったとしても、
これからは人に伝えてはいけない」ということでした。

教員をやめさせられた彼は それから漢方医療
(かんぽういりょう)の勉強を始め、医者として収入を得る
かたわら 一方では 総ての生活の中で主に仕えるために
その身を主にささげられました。

彼が獄に入れられた理由は
3万冊の詩歌(クリスチャンの歌集)を配(くば)った
ためでした。入獄中、当局(とうきょく)が知りたがったことは 
その歌集の責任者の名前だったのですが 彼はとうとう 
その告白を拒(こば)み通したと言います。ここで彼は
笑いながら面白いことを言いました、「態度はハッキリ
している方がいいのです。そういう私のようすを見て
何と役人も私を尊敬したようです!」。

「牢獄生活とはどんなものでしたか」という質問に
「そんな時でも 主の慰めによって私は大いに慰められ
ました」と言い しかし最も辛(つら)かったのは 完全に
兄弟姉妹との交わりから絶たれたことだったそうです。

また夜寝る時には 隣に寝る人との間隔(かんかく)が
殆どないほどせまく、とてもあお向けになどなれない、
それで どうしても体を横にして寝なければならなかった
そうです。(これはヒドイ)

今の彼はしばしば山に入り 薬草をとってきては 
福音の為に人々の病をいやし
また教会に奉仕する生活を送っておられます。

※
地方教会:
地方教会とは教会の名称ではなく性質です。
それは単に「ある場所内で召しだされた聖徒達」という
意味です。ですから 集まる場所は看板もなく、
ゴク普通の建物で どこが正門かもハッキリしないほどです。
(この場合 地方教会はウイットネス リーとは無関係です。)

また「働き人」「同働者」と言われている人々のことですが
彼らに「賃金」というものは全く無く、完全に神に
より頼むばかりの生活だと言います。ですから中には
この兄弟のように一面 医師として働いている場合も
あるわけです。使徒パウロを思い出しますね。

2010年9月6日月曜日

六度目の脳梗塞

間違いました。
心筋梗塞ではなく 脳梗塞です。
肝心なところのミスでした。ごめんなさい。

★
しばらくの間 
「山暮らしのキリスト」をお休み致します。

六度目の心筋梗塞(2)

その前日 即ちご主人の容態が悪化した日、
主は施設に ある人を配置しておられました。

既に三つの病院では 重篤(じゅうとく)なご主人を
受け入れることは困難でした。しかし何と
一人の看護士さんのある機転によって  
以前入院していた一番理想的なあの病院に
入院することが出来たのです。

ほどなく ご主人の体から点滴等の一切の管が
はずされました。舌はよく動かないのですが、
介添(かいぞ)えの人が口まで運んでくれる食べ物を
自力で飲み込むことが出来るのです。

顔に安らぎがうかがわれ その様子は正に幼子のようにすなお、
目と耳はよく働き、特に「イエス様のこと」
聖書の言葉や賛美に ことごとくよい反応を示されます。
皆で祈っているとき、彼は右手を天に差し伸べるのです。

2週間が経過(けいか)し、ご主人は入院前と同様
福生の「日の出荘」に落ち着かれました。
陽子さんにもまた以前の平和な日常が戻ったのです。

2010年9月5日日曜日

六度目の心筋梗塞(1)

陽子さんのご主人のその後です。
8月の初め その前日
陽子さんは自分の部屋で一人で祈っていました。
主はその時、過ぎし日の彼ら夫婦の姿について
陽子さんの目の前にアリアリと描き出されたのです。
たまらず陽子さんはあふれる涙の中
主に自分たちの 御前における罪について
一つ一つを心から主に赦しを願ったのだそうです。

そしてその祈りの中 
不思議なことに陽子さんは 
遠い施設におられるご主人の霊も共に
主に向かって祈っているのを
明確に感じられたと言います。

その翌日 陽子さんは突然 
施設からご主人の 極めて深刻な急変を知らされます。
(既に右脳と前部の脳の機能は停止状態の中
今回は左脳へのアタックだったようです。)
陽子さんは直ちに数時間かけて施設へと向かいます。

しかしその陽子さんよりも前に
娘さんが彼の部屋に着きました。
何とそれを認識出来たご主人は
まるで「怪獣のように」泣き始められたのです。

陽子さんがようやく到着しました。
娘さんが
「お父さん、待ち人到着よ!」と大きな声で言った
そのトタン えんえん一時間半に渡る怪獣のような
彼の号泣はピタリとやんだと言います。

2010年9月2日木曜日

祭壇

キリストの十字架は 旧約では
祭壇(さいだん)として描(えが)かれております。

従って祭壇上に縛(しば)りつけられ、
鋭利(えいり)な刃物で切り裂かれ
神の火で焼かれ 灰になった動物の実体は
実はイエスです。

更に旧約において
人が「その獣」の頭に手を置いた時
人はその獣と一つとされました。
手を置くことは一つ・連合を意味するからです。

これは何たる絵でしょうか。
私達が今日 
信仰によってキリストの頭に手を置く時
神によって私達はキリストと一つと見なされ

従って
「私と私の一切」はキリストと共に 
神の火によって焼き尽くされ、
そして
その煙は直ちに天にかけ上り それは
神を喜ばせる芳香(ほうこう)とさえなるのです。

これのみが
人が神の喜びとなる唯一の方法です。

2010年9月1日水曜日

プロポーション

九月
気持ちのよい朝です。
外では黒ツグミが元気よく歌っています。
さすが阿武隈 今朝は驚くほど涼しい朝でした。

部屋や家の「全体」が美しく見えるかどうかは
個々の物品の単独の値段や豪華さにあるのではなく

それらがたとえ安物であっても
個々の物品が「どう配置されているか」
にあるようです。
(私はこれを自分流に
「プロポーション」と呼んでおります)

俳句のよさも
単語の選択と配置で決まる
ように

私一人が見つめられたなら 
私はどうにもならない人間であっても

もしも私がキリストの体
エクレシアの中にあり
神によって 
適切な場所に置かれたのなら
私でさえ 
キリストの体の故に
その全体の美しさの故に
美しくも見えるようになる、
ようなものかも知れません。

2010年8月27日金曜日

昼食持参で

○日の集まりに
「皆さんが昼食持参で」
というあなたの提案は重要です。

あなたがおっしゃるように
あなたがマルタよりもマリヤであるために
また
「あなたの家」でのあつまりは
誰のものでもない
「イエス様のもの」である
ためにも
とても大切なことであると思います。

どんな人でもない
イエス様だけがエクレシアの主です。

2010年8月24日火曜日

夏は朝仕事

真夏 日中の外作業はきついです。
虫の襲来(しゅうらい)があるので 
あまり素肌を出すわけには行かない。
となると 山はいくら涼しいとは言え、
紫外線ギラギラの中での肉体労働はラクではありません。
汗はだらだら流れ「老体」にとって疲労は深いし
当然、熱中症もコワイ。

というわけで、今日 朝仕事にして見ました。
まだ薄暗さの中を外に飛び出し、日の出と共に作業開始です。
これがやって見ると 仕事はドンドンはかどるのです。
作業は予想外の短時間で終了「えっ もう終わったのかい」
という感じでした。夏は朝仕事に限ります。

気持ちのよいシャワーのあと 朝食のバナナ二本をいただき、
それではこれから レンジフード用
例外的160ミリもの大きな穴を壁に開けましょうか。
(こういうのは日中でもオーケーです)しかしこの穴あけ 
ちょっと緊張です、うまく行くといいのですが・・
(遠くの空から見守って下さい)

*
今11時半
穴あけ、ハイうまく行きました。強力で便利なツールでした。
なるほど こういう作業は キックバックは要注意ですね。
何と買って来たダクトの長さがちょうどよかったのにはビックリ。
短かったら悲劇?です。
本体を固定する前に 壁の仕上げをしないと。その後では
面倒ですから。だから本体設置は30日以後になるでしょう。

おかげさまでレンジフード作業は
今日で峠を越えました。これでひと安心です。

2010年8月23日月曜日

親愛なる坂本君へ(2)

この所 あれやこれやあり
このメールが大変 遅れました。

今 山小屋でこれを書いています。
(千葉の我孫子市の近くの実家と山小屋を
行ったり来たりの生活です。)
阿武隈も日中はまだ暑いのですが、朝晩は
もうメッキリ秋のような涼しさです。

*
「先生が100キロ以上のベンチプレスをしている時に
友達と2人で先生の介添の助手をしたことを覚えています。」
↑
ああ、そんなこともありましたね。懐かしいです。
でもごめんなさい、正直に言います。あなたの顔と名前がまだ
一致していないのです。これはトンでもないことなのですが
大崎中のアルバムをどこかにやってしまい、今 当時の生徒の
顔を思い出すスベがありません。ホンとにいけない先生です。
(何か方法がありませんかね、全員写真のようなものが・・)

*
あなたのこれまでの極めて重く大変な人生の歩み
よくぞ知らせて下さいました。とても嬉しいです。
整った立派な文章に あなたの誠実で勇気ある人柄が
しのばれ とても心が打たれ、そして暖められました。
本当に有難うございます。

実は私もいろいろとありました。
三人の息子のうち 二人は精神障害者で 
長男はいまだに入院中であり、そして
次男は去年みずからの命を絶ちました。

そんな中 
つい先日の20日 三男が結婚し、今は亡き息子の代わりに(?)
素敵な娘と新しい家族を得た喜び、父であることの喜びを
深く深く味わっているところです。

これは私の心からの実感ですが 
人生の意義と価値は本当に高く重く、そして
人として生きることは本当にすばらしいことです。 

あなたを
ブルースリーの松本君とカン違いして大変失礼しました。
ただ私の心は今でも 松本君を通して当時の生徒諸君に
向かっている ということです。

今こうしてあなたによって、当時の生徒達と
心を通じあえるのは何と幸いなことでしょう。このような
チャンスを与えてくださった君にとても感謝です。

だから、「山小屋への招待」も懐かしい大崎中の生徒達
に対する私の心でもあるのです。
よい機会に そのヘンの私の気持ちをお伝え下されば
幸いです。

それでは今日はこの辺で。
時間がある時にでも
またお便りを下されば幸いです。

今日は午後から
ダイニングの天井板を張りますよ。

2010年8月20日金曜日

おかげさまで

ワタル君のご結婚おめでとうございます。
とても嬉しいです。
一度もお会いしたことがないのに
失礼かもしれませんが、嬉しいのです。

*
本当に有難うございます。
ケンは 
際限なく水を飲む水中毒の恐れがあり
まだ個室なのですが
心の穏やかさが少し回復しているようです。
親としてこんな幸いはありません。

ワタルのことで
妻が嬉しそうにしているのを見るのは
幸せです。

今日は
赤坂の小さなホテルです。

2010年8月19日木曜日

「りっぱな弟だ ありがと」

妻がケンに
「ワタルの結婚にお祝いしない?」と言ったら 
ケンが「一万円あげたい」と言いました。

上記は
そのお祝いの袋によせた
ケンの自筆の言葉です。

親愛なる坂本君へ

坂本君と言えば 
ブルースリーが大好きで 大声で話す
あの強烈なキャラクターの持ち主、
私は決して忘れることが出来ません。

卒業生会へのお誘い本当に有難うございます。
真に申しわけないのですが 今回もその日は 
ちょうど都合の悪い日で参加はムリのようです。
本当にごめんなさい。

その代わりには 全くならないのですが・・
実は福島山中・阿武隈に「山の家」
(山小屋と呼んでいます)をいまだに建築中です。
この小屋、これからも永遠に終わることのない
「建築中」となるのでしょう。

それでどうですか。
よろしければこの山小屋に来て見ませんか。
働き盛りのお年ごろなので難しいでしょうが
来てくれたら嬉しいです。

郡山まで新幹線で来ればあっという間ですが
(その場合は 磐越東線船引駅まで迎えにでますよ)
でもやはり車の方が何かと便利でしょう。小屋は
滝桜で有名な三春町から国道288を更に更に
山奥に入ったところで、人の数よりも
イノシシや野ウサギの方が多いのかも知れない。

私も来年は70歳、
髪の毛は真っ白、当時の筋肉はどこへやら、
背丈も縮んで やせ気味の小柄なおじいさんに
なりましたよ。でも、大崎中勤務時代よりも
今の方がずうっと健康なのは不思議です。

今日はこれぐらいにしておきましょうか。
では。

2010年8月15日日曜日

TO セージ&マルシヤ

20日が近づいてきましたね。楽しみです。
その日私は 三男ワタルの結婚で東京ですが
小屋のカギはかけないでおきます。
翌日早朝 山に向かうつもりです。

セージさんへ、
レンジフード用の高いところのコンセント
もし時間があったらお願いします。
もう石膏ボードは張りましたよ。
その他石膏ボードが既に張り済みで
電気工事オーケーの箇所が幾つかあります。
あなたの好意に甘えました。しかし
ムリはしないで下さい。

*
TOセンセイ
ありがとうございます。
当日突然アイリが熱など出さなければいいな・・
と思っています。
ところでもう山を降りましたか?

長い間 鍵をかけないでいるのですか?
いくら山といえ、危なくないですか。
前回のようにポストに鍵を入れて下さったら
いかがでしょうか。

*
今まだ 山ですよ。18日 下山します。
あなた方は 翌々日に来るので
カギはかけないでも大丈夫でしょう。
(今はよくそうしているのです。
もしドロボーが来ても取るものもないので・・)
でももしカギがかかっていたらポストを見てください。
アイリちゃん、熱が出ませんように。

*
アイリが先週、夏風邪と「とびひ」で
ほとんど1週間ウチで過ごしました。
でも多分大丈夫でしょう。
勝手ですが ご飯茶碗と味噌汁椀を
少し持って行っていいですか。
今日、うちの近くにある市場で買ったのです。
それから圧力鍋はどうですか?
もし置いたら使ってもらえるでしょうか。

*
どうぞどうぞ大歓迎です。

※
マルシアは日系ブラジル人で、かつて
私の最後の赴任校 八王子の夜間中学の教え子でした。
日本語が全く分からずに来日、誰からの経済的援助も無い中
大学卒業をとげ 現在東京の公立施設の栄養士です。
夫君セージさんは日本人、東京都下の市役所勤務で
電気工事の免許をお持ちです。


★     
「みこころ」は日常生活の細部に
いついかなる瞬間にも存在します。
体と魂の全き静穏(せいおん)さ、そして
主に服従する心さえあれば・・

2010年8月14日土曜日

秋はもうすぐ

今朝は
結構涼しく上も下も長ズボン長袖でした。
秋はもうスグなのでしょう。

レンジフードの取り付けがまだ終わっていません。
フード本体から外へと煙を排気する煙突状の
曲げやすい筒(排気ダクトと言うのかな)が結構太くて 
壁に直径16センチもの穴を開けなければならないのです。
壁は9ミリ9ミリの外壁に12センチくらいの断熱材、
そして内壁の石膏ボードから成っています。

しかし16センチともなると 
インパクトドライバーの先に取り付ける歯が
どこの店にもありません。
それで「自在ギリ」なるものとドリルを
購入しなければならないのです。

たった一つの穴を開けるためなのに全く
もったいない話ですが 今回はやむを得ないでしょう。
次回の下山の時にジョイフルホンダで買うことになりそう。

ぼちぼち天井を張ろうかなと思っております。
そのためには今日午後 移動可能な踏み台(足場)を
作らなければなりません。
明日からは ピアノ室にも張った超安価な
米松の野地板(一束970円)を
ドンドン張って行けるかな?

今朝は暗い雨模様だったのに 今はカンカン照り、
午後一時ともなると ここもまだ暑いです。

2010年8月10日火曜日

山に戻りました

大げさに言えば ほぼ一日がかり、
とてもノンきなロングドライブの後
小屋に着くと ご苦労さんと自分に言い
次に思ったことは、やっぱり
小屋はいい、山はいいな、でした。

今回「下界」滞在は大した期間ではなかったのに 
とてもしばらくぶり、という感じがするのは
どうしてでしょうか?

立秋はとうに過ぎたとは言え 正に今が盛夏。
小屋を覆(おおい)いつくさんばかりの
コナラ林の緑を通して 強い西日が
まぶしく部屋に溢(あふ)れています。

しかしどうしてでしょう、夏の真っ盛り 
こんなにも強烈な光の季節なのに 
その強い美しさの中にも
ある「さびしさ」を感じてしまうのは。

この14(土)15(日)高速道路は
トンでもない渋滞が予想されるとか。
今日の常磐道ですか?
私はあまり高速に乗りません。それでも
日立南から日立北までが上(高速)でした。
そうですねやはり 走る車も パーキングエリヤの
混みぐあいも いつもの1・5倍くらいはあったでしょうか。
「えっもう混んでる」と私は思いました。
それでも渋滞などは今日に関する限り
全くありませんでした。

しかし
14、15あたりは 当然そうは行かないでしょう。
上(高速)に溢(あふ)れた車が下(一般道)にまで
流れて来なければいいのですが・・

お盆に帰省される皆さん、
どうかノンビリと安全運転を。

2010年8月9日月曜日

キリストの中に失う

愛する者の問題は 
主と共に十字架に向かう途上(とじょう)で
総ての歴代の聖徒達が同様に通った道です。

不思議なことに あなたと同じ様に
この数日 もうすぐ七十歳になる私でさえ 
今に至るも それを引きずり続けている
と感じて来ました。それはやはり相当辛いことです。

*
しかし霊の中には ある確信があります。それは
今 この苦しみの中を 主と共に経過(けいか)することは
遂には愛する者の真の益に繋(つな)がる ということです。

私が主に従い 十字架に向かうことは 
愛する者を「キリストの中に失う」ことです。
そのような時私達はどうしても 愛する者を 決定的に
喪失(そうしつ)してしまうように感じるのです。
しかしそれは事実上 
愛する者を「キリストの中へと失う」ことです。

今もしも私が「人情」の中でその人を捕らえようとするならば
「私の手の中に」彼を握ることにはなるでしょう、しかしそれは
私は愛する者をいずれ キリストの外へと失ってしまう
ことに繋がるのかも知れません。それこそ最大の悲劇です。

しかし私が
キリストの中へと愛する者を失うのであれば
わが愛する者はいずれ確実に 全能のキリストの御手の中で
真の命の領域(りょういき)の中へと
移されるに違いありません。

命を得ることは 
総ての「私の愛するもの」、私自身でさえも
キリストの中へと失うことです。