2011年1月15日土曜日

極寒も楽しからずや

外マイナス7度、内3度で 内外差10度。今年の場合
マイナス7度位だと「なんだ今日はそんなに寒くない日だ」
と思ってしまう。

やはり昨晩 雪は無かった。今日は曇りで朝少し雪が降り、そして
また 今晩6時から明日の朝3時まで降り続くようだ。しかし、
降水量はせいぜい1なので今晩物すごく積もるということは無い
と見る。それに明日から4日間お日様マークが出ているから 
たとえ今晩積もったとしても 数日雪かきをすればロイヤルロード
からの脱出は可能である。

(問題なのは 重い雪がシンシンと丸一日以上降り続く、
というような場合である。積雪が車のバンパーを越えてしまう
程にでもなれば たった一人での長距離の雪かきは相当辛い
ものになってしまう。)

以上のような状況を見ると 今日の午後あたりに
小屋を捨てて本格的に「脱出」しなければならない、
と言う可能性は少ないであろうと一人結論を下す。

「チバラギ」の実家にいれば、雪模様対してこんなに
神経をとがらせることなどあり得ない。しかし確かに、
どう雪と極寒を乗り切るか、もまた楽しからずや、
である。

2011年1月14日金曜日

山暮らしの生命線

病院に入院費を払いに3時に出かけたのだが、
書類を忘れて引き返した。しかし幸い病院は土曜もやっている。
明日朝 出直そう。町立三春病院はいい病院である。

予報によると今日降るはずが無い雪が降って来てギョッとした。
しかし「気象レーダー」なるものを初めて見て安心した。
それによると「雪は明日の朝数時間」という事が私でも 
ある程度理解出来るのである。

万一 今晩ある程度積もったとしても朝 雪かきをすれば、
まさかロイヤル ロード(小屋から林道までの250メートル)を
抜け出せないことも無かろう。
水と道路、これが冬の山暮らしの正に生命線なのです。

普通の生活へ

今朝
外がマイナス12度、内が1度で内外差13度。(田村市は
マイナス5度と 最高がマイナス1度)晴れだが極寒である。

今日は新しいスタートの日、徐々に病気以前の生活に
戻して行きたい。
今日は フラフラ感の中でそれをする。郵便局、病院、買い物等
がある。その前に片付けと掃除。(掃除はムリかな?)

明日、あさっては「一時雪」となっている。これなら明日の
下山回避もあり得るか? いずれ天気情報から目が離せない。

*
「私達は 鏡のように主の栄光を映す・・」
(Ⅱコリント3の18)私は鏡です。だから私の使命は 
主という光の源の方向に私そのものを セットするだけ。
あれもこれも忘れたとしても これさえ出来れば
合格点はもらえるかも知れない。

その場合、光は時に他の人にさえ届けられる。その人は
私を介して 光そのもの(啓示と暖かさ)を得る。
(更に太陽は人が生きるための総てです)
─以上がこのたびの病気によって再確認させられた
ことの一つでした。

2011年1月13日木曜日

シュガー風邪2

早朝の体温が遂に6・2度。これが私の朝の平熱
なのだろう。(昨日朝は6・4度で、まだ多少違和感が
あった)これでようやく今回の風邪も「ほぼ治癒」と
言えそうである。(タンは少し残り、長く寝ていたせいで
フラフラ感はあるが)

今回もジャストぴったり2週間で癒えた。この期間の短縮は
気管支拡張を持つ私には殆ど 不可能であることが改めて確認
された。 そしてもう一つ このシュガー風邪には薬を飲んで
何もせずただ黙って寝ているしか 方法が無いと言うことも。
・
風邪が癒された時に行う私の「儀式」が入浴である。今日は
そのギシキを行い、その後またベッドに入り体を暖かくして
過ごそうと思う。明日は病院へ行き、二泊の入院費2万何がしを
払い、喘息の予防薬をもらう。出来ればお世話になった先生に
挨拶も したいのだが・・
・
週末は或いは大雪の可能性があると言う。だから最悪下山も
あり得る。 今日中のギシキはその大雪予報のせいでもある。
(土曜に実際の 雪模様を見てから、小屋を捨てて山から逃げ出す
ことになる かも知れない。)
・
①「私と私の状況」がどうであろうと②「主と主の完成された
御事実」に何の変化もない。①を見つめ過ぎて 霊的に
オタオタするべきではない。 ただ②に感謝し安息しよう。

2011年1月12日水曜日

シュガー風邪

~さん
ご心配をおかけしてすみません。

2日に退院した後は 確実に良い方に向かっているのですが
ただいつものように その回復のスピードが非常に遅いのです。
でも もう2、3日もあれば大分元気になるでしょう。

私は若いときから(中学生から45歳くらいまで)
かなりヒドイ喘息だったので
厄介なことに ゴク小さな風邪でも一旦引いてしまうと
必ず重くなるのです。(気管支の検査をし「気管支拡張」
がある とある医師が言った。小さな風邪でも必ず重くなって
しまうのはそのせいでしょう。)

その風邪の症状はこの数十年間 いつも殆ど同じ経過をたどり、
治るまで ほぼ2週間ほどかかります。その幾つかの症状の
推移のパターンも面白いように毎回同じです。

ということなので 一年半に一回くらい風邪をひいてしまうと、
(これはやむを得ないことです)
それがゴク軽い風邪であっても その軽い風邪がむしろダンダン
重くなり 遂には必ず寝こんでしまいまうのです。
そして風邪が治る最後の数日に至るまで
①気管支の炎症によるタン②微熱③体のダルさ④軽い頭痛、
があり、2週間が過ぎて それらが去ると初めて「あ、治った」と
分かるのです。今はその最後の数日にいるはずです。
だから私は勝手に これは私独特の「シュガー風邪」だと
思っております。

*
再度申しあげます。
以上のようなことですので
せっかくいただいた年賀状のお返事をまだ書けないでおります。
真に申し訳ございません。

2011年1月8日土曜日

新記録マイナス15度!

田村市の予報はマイナス4度か5度なのに 
今朝小屋のデッキの寒暖計は マイナス15度。
大幅な記録更新です。(これまでは-8度)
暖房をしていない居間はプラス3度であるから、内外差
18度であり、この点は嬉しい。(この小屋が外の低温の
影響を受けにくい ということだから)
凍結は全くありません。これも嬉しい。

風邪は鼻汁と気管支の炎症がまだ残っており、
そのためにダルさ、軽い頭痛 があります。
熱もきのう夕方は最高7・2度でした。まだ病人の
感覚です。

しかしこれらは 完全にこれまでの私の風邪の特徴そのものであり、
心配はしていません。おととしの場合も全治まで約2週間くらい
かかっています。そうだとすると今回の場合12日頃には良くなる
筈です。もう数日ジッとしていましょう。慎重に慎重にです。

洗濯、食事等 身の回りのことは何とかできます。
それにしても我ながら あの入院と退院のタイミングの絶妙さに
驚ろいています。もしもあの2日に入院出来なかったら必ず大事
(おおごと)になっていたでしょうね。(救急車を呼ぶとか)
本当に主に感謝です。

年賀状の返事は書いていませんが これはやむを得ません。
年賀状を下さった皆さんごめんなさい。

2011年1月5日水曜日

実は入院してました

大晦日
*一人風邪引きの山小屋*

風邪を引きました。症状は:
鼻─粘液が粘っこく中にへばりついている感じ。
しばしば鼻をかむ。
熱─体温計がないので分りませんが、37度ジャスト
くらいはあるかも 知れません。
ノド─エガエガあり。
気管、気管支─まだ風邪はそこまでは侵入していないと思います。
そうならなければいいが、と願います。しかしこれまで私の場合
ノドを占拠したウイルスが 更に気管、気管支へと侵入しなかった
例が無かったので、半ばもう覚悟は しております。
そうなると、この風邪は結構長引いて しまうでしょうね。
体力─今の所こうやってPCに向かえるのですから 感謝です。
(自分のためにも 自分の窮状を分析して書き表すことは
いいことですから。)

で生活をどうするか:
①とにかく寒くしないこと、洗面、炊事、トイレ、給油等のため
暖かい自室から出なければならない時は十分な配慮をすること。
②体が許す範囲で、自室にこもり 自室で可能なことのみを行う。
これから もし悪化し それにムリ感が生じればベッドで過ごす。
③食事─ダイニングで準備し、自室に運んで来て食べる。なるべく
各種の 食材を食する。(昨日オレンジを買って来ておいたので
よかった) 食料、燃料、 水さえあれば 風邪を引いても大丈夫!

*
このブログ、実は自分の日記をもとにして
今日5日小屋で書いています。この(1)の続編は次回から
少しずつ書いて行くつもりです。
で 結果を言えば、三日に入院をし、今日五日退院したのです。
しかしまだ完治には程遠い感じです。故に今ムリしてブログなど
長々書くべきではないでしょう。だから今日はこの辺でやめて
休みます。それでは皆さん お休みなさい。

2011年1月1日土曜日

妻からのレポート

こちらに来たあなたへの年賀状を山に転送しました。

29日にワタルたちが来ていました。
四つ切大の結婚写真と 葉書大の写真3枚ずつを3人分
持ってきてくれました。あなたの分はあとで送ります。

それからケンに、アイポット?だったかな、音楽を聞く
ことの出来る端末の機器ですが、プレゼントとして
持って来ました。病院で使えるかどうかは 病院に聞いて
見ますが、少なくとも退院の励みにはなるでしょう。
決して安いものではないと思います。気遣いが嬉しいですね。

ワタルですが1月には長年続いた、新潟のプロジェクトが
終わるので、いったん東京に引き上げ、その後、こちらで
新しいプロジェクトを捜す・待つことになるとのことです。

アツ子さんは相変わらず飾り気無く、明るく、率直で、
イロイロと気を遣ってくれてました。

最後に帰ろうとしていったんバイクの後ろにまたがったのに、
あわてて「アッ、忘れてた!」と、わざわざ降りてきて、
「良いお年をお迎えください」と挨拶するので、
こっちも大慌て…、道路の真ん中で大爆笑しました。

2人ともいい子です。

2010年12月31日金曜日

無題

本格的な山の冬の中にいます。
この時期のキッパリと妥協を許さない山の 
さびしさ、厳しさ、
すがすがしさ、清らかさがいいです。

2010年12月29日水曜日

凍結レポート5

今日29日 寒風の中だが 完全防寒装備をし 
どうしてもやらねばならない作業が
少なくも二つある。
①雪の中 貯水槽の水の調整バルブを探して、調整すること。
②検査のため切断した土の中の水道管の接合。

先ず①を片付けないといけない。何故ならそうでないとせっかく
貯水槽そばまで来ている水を 下に導入できないのである。
今この時点ではまだ ここの数軒の別荘に水は全く無いのだ。

今日も長い一日になってしまうのかな、
と言う思いの中、一人貯水槽に出かけて見たら
何とまあ 林産関係の人々が3人来ているではないか、
間もなく社長も駆けつけて、社員を叱ったりなどしている。

当然、そこで私がするべきことは何も無い。
私は意外に早く小屋に戻り
②の切断した地下の水道管の接合にかかることが出来た。

そのようにして早くも10時前には遂に 
この小屋に待ちに待った水が復活したのである。ヤレヤレ
私にもようやく普通の人の暮らしが戻って来たのだ。

人間の思惑はしばしばはずれる。実に意外にも
断水の原因は凍結とは全く別のところに存在していたのだ。
おととい、小屋についてスグ
「原因は手ごわい深く強烈な凍結である。とても手に負えない、
一冬春まで山はあきらめよう」と早急な断定を下し、その日そく
トンボ帰りしなくて本当によかったのである。

*
この三日間、このような文章を書くことで
乱れそうな心を調整出来たことは 私にとって
小さなことではなかったと言う
ささやかな発見をここに申し添えておきます。

凍結レポート4

まあなるようにしかならない。
今日は葛尾村のお風呂にでも行ってノンビリしようと
腹を決めたら 何と間もなく林産から電話が来た。
そして社員の武田さんが「それならスグ行きます」と言う
私にとっては法外に嬉しいお言葉。
と言うわけで、
彼等二人は水源地を調べに行ってくれたのです。
その結果 水源地の大きな水道管が
イノシシか何かの仕業ではずれていた、と。

次なる問題は あたりは既に暗くなり
小屋の上の方にある共同の貯水槽の調整弁が
彼等には見つけられない、それで
貯水槽にチョロチョロの水しか来ないと言うのです。
彼等は「明日にするべきその弁の調整」を何と私に託し、
引き上げて行きました。彼等は私を林産の
言わば外部社員のように思っているのかな?
でもこの年末、彼等にも父を待っている家族がいるのだ。

というわけで
まだまだ問題は解決していませんが
以上が「もう今日はヤメタ」と決心してから起った
予想と期待をはるかに越えた嬉しい出来事であったのです。

2010年12月28日火曜日

凍結レポート3

水道管が集中するボイラー室の室内へ 土の中から
おおもとの水道管が立ち上がって来るわけですが、
今しがたその部分の土を掘り、塩ビの水道管を
カットして見たのです。(聖書にあるように
土を掘るのはホンとに骨が折れる。)

そうするとその部分に凍結はなく、そして根本的に
何と水がそこまで来ていないのです!
これは何ということでしょう。
もしもそれが正しければ、今回のトラブルの原因は
私の責任の外に存在すると言うことになります。

それはこうです:
ここの水の源は奥の沢にあります。そこから中村さんの
敷地にある 水を配る貯水槽までの数キロの水の行程に 
或いは本当の原因があるのかも知れないのです。

水源からの工事者は都路林産なのですが
年末のこの時期、彼等を当てにすることは
難しいでしょう。電話をしても誰も出ないし、
社長はどこにいるか分らない・・

こういう「おおらかさ」は都会では
考えられないことでしょう。
しかしここで暮らす選択をした私としては 
こういう都路風お付き合いを
けしからんと息巻くわけには行かないと思っております。
まだこの段階では
責任は必ず彼等にあると断定するわけにも行かないしね。

さて午後何をするか。
雪をかき分け、奥の沢まで原因を探しに出かけるか、
それとも もう今日はこれまでと
葛尾村のお風呂に行ってしまうか、です。

激しい土堀りのせいかな、先ほど脚にコムラガエリが
起こりました。もうスグ70歳になる身、
あまりムリするべきではないでしょう。
アーメン!

凍結レポート2

雪の中、水道のない窮乏生活が始まった。
トイレは150メーター歩いて森の中の原始的トイレで。

最初の作業は 
外の簡易水道の支柱を灯油ストーブで加熱して見ること。
もしもこれに成功すれば そこから
ホースを南のデッキまで引いて来て、そこから水を常時
出しっ放しにすればいい。この水さえ出れば 
極めて不便ながら何とか ここで暮らせないことはないと思う。

洗面はしない。可能なら夕方 村のお風呂に行けばいい。
昼は早めにして 例の「シュガー鍋」でキャベツを沢山蒸して
食すべし。こんな時 健康管理は大切である。
そのための水は 100メートル先の水道まで汲みに行く。
この簡易水道が出たことはとてもラッキー。
今 南の空に、
カリマンの夜明けが美しい。

*
カリマンとは
今は使用されない昔からのここの地名、
獣を捕る人々が住んでいたとか。

2010年12月27日月曜日

水が出ない!

今日午後2時ころ小屋に着きました。
「着いてホッとしています」と言いたい所ですが 
ただ今 エライことになっております。
それは案の定 水道の完全凍結!
どこからも全く水は出ません。

水道管が入り組んで沢山通っている
ボイラー室を 数時間30度くらいまで
暖めて見たのですが、全くダメですね。
だから凍結はボイラー室でないのかも知れない。

明日 水道管が地下から上がってボイラー室に入り
それが三つに分岐している所を開いて見ましょう。
凍結がそのアトなのか、その前なのかが 
それで分かるはず。

今回はどうも雲行きが怪しい感じです。
もうスグ正月、職人さんは来てくれないだろうから
もう一日二日孤軍奮闘努力し、それでも出なかったら
今回はあきらめて下山するか、
雪は沢山あるが水のない、不便この上ない
真冬の山暮らしを一人楽しむかですね。

2010年12月25日土曜日

冬将軍到来

利根川のほとりは
少し寒いが実に気持ちのよい快晴です。
昔 秋田から出てきた頃、真剣に
これが冬だって?太平洋側の人々は何を考えているのだろう
と思ったものです。
・
田村市は今日、昼から雪とある。
あさって入山するが 水道は大丈夫かな。
でもこれからの約ふた月、山の中で一人
冬将軍と「対決」出来ると言うある種の期待感や
楽しみのような気持ちも無いわけではないのです。

2010年12月24日金曜日

神の意図(いと)

主人が
びっくりするくらい回復が早いのです。
熱も下がっています。

そして何よりも
度重(たびかさ)なる脳梗塞のために 
脳の機能が殆(ほとん)どない と言えるような主人が
今私の事が良く分かるのです。
これは凄いことです!

*
すばらしいです。
それは間違いなく神がされたことでしょう。
私はこの喜びを兄弟姉妹に
次のように伝えました。

↓
この夫婦に何が起っているのでしょう。
神が真に彼ご自身の御業(みわざ)をされる時には
人はただ傍(かたわら)に立って
見ているだけのようです。

「神が働かれるために」人はどうであるべきか、
これだけが今日キリスト者が学ぶべき
ただ一つの学課(がっか)です。

多分それを一言で言えば
「神に対する私の従順(じゅうじゅん)」でしょう。
更に具体的に言えば
「神が私のために用意する十字架」を受け入れることです。

ただそのさい、神はしばしば
「私に対するサタンの攻撃(こうげき)」でさえ
用いられるので 私はアワテふためき 自分を失い
「神のみこころ」がどこかに行ってしまうことが多いのです。

「神は サタンの働きに乗じて御業を行われる」、
これは聖書全体が教えている極めて大きな原則であり、
ここにおいてこそ、この時代においても
十字架と復活が現実のものとなり得るのです。

イエスに起った原則は 私達にも起るべき原則です。
私達は「神の意図」を誤解せず、
静かに神の救いを待つべきです。

2010年12月23日木曜日

精神病の家族を持つ知り合いへ

○○さん
先日はよくぞ電話をして下さいました。
有難う、感謝しますよ。
あの時はちょうど「洋服屋しまむら」の着替えの箱の中で
ズボンを試していたところでしたので失礼しました。

復職のメドさえつかない息子さんのこと、
それはそれは大変でしょう。
精神病の子供を持つ親の心労は並大抵ではありません。
私の人生の総てが壊れてしまったような気持ちになり
自分自身でさえ何かに押しつぶされてしまうように感じます。
簡単に言うと それは解決のない絶望感と言えるものかも
知れません。

息子さんも 大変ですが
私は○○さんがまず心配です。
もしもあなたが倒れてしまったら家族はそここそ大変です。

ですから先ずは
あなたの心が おだやかにされることが必要です。
そうする時に 必ずその影響が息子さんにも及んで行きます。

それでどうでしょうか。一度 あなたの所から程遠くない
我孫子にあるクリスチャンの集まりに来て見ませんか。
これは単に 私達普通の人が数名 月一で集まって、
人としてどう生きて行けばいいのかを
気楽に話し合い、交流する集まりです。
牧師さんのいる「~教会」というのではないのですが・・

今度は25日(土)の昼頃からです。
もし今回 都合が悪ければ、そのうちゼヒ一度来て見てください。

人には全く不可能なことでも
本当に生きている神・イエスキリストに心を総てまかせる時に
奇跡も十分あり得るのです。 光は必ず見えて来ます。
決して絶望することなどありません。

それではまた。

★  ★

利根川のほとりの家、
強風に雨戸がガタガタ音を出す冬至の夜が終わった。
でも今日一日は風が強いらしい。
あまり気温は低くないのだが
体感的に寒い日となるのかも知れない。

朝6:47から16:32、
これが一年で一番日が短い時の昼間の時間である。
もうこれ以上 日が短くなることはない、嬉しい。

2010年12月22日水曜日

イエスキリストの骨

創世記によると
「キリストの絵であるアダム」、そのアダムの骨が、
彼が熟睡中に取り出され、そしてその骨からエバが創られたと
あります。また福音書によると
十字架上のイエスの肉は裂かれましたが、彼の骨は神によって
守られたことを見ます。

さて十字架上のイエスの肉体も一面 絵や説明ですが
イエスの骨とは 
イエスの中にあった永遠の命を説明(せつめい)しています。

ですから大切なのは 骨が説明している実体「霊的な命」です。
極めて尊い事実として、彼の肉が裂(さ)かれ、彼の肉の中にあった
霊の中の永遠の命が、イエスの体から解(と)き放(はな)たれ、
解放(かいほう)された正にその時、
本当の骨・永遠の命が私達(真のエバ)の中に入って来る備えが
総て完成したのです。

ですから私達・その事実を信じ受け入れた者は誰でも
イエスの中の骨が指し示すもの、すなわち永遠の霊的な命を
いただいているのです。この事実こそが大切です。
絵は一つあれば十分です。大事なのは 本当の命です。
私やあなたは今その骨の本物・真の命をいただいているのです。

誰の骨でも私達の骨はいずれ 朽(く)ち果(は)てます。
しかしイエスキリストの骨、永遠の命が朽ち果てることなど
絶対にありません。(もしも仮にそういうことがあるならば
神は神でなくなってしまいます!)

しかし、復活の時
私たちの骨や肉でさえ 霊の命の力によって復活し、
永遠に朽ちない体に変えられるでしょう。

それは将来における私達の大いなる栄光であり、また今でさえ 
私達が恥(は)じなければならないものは何一つありません。

私達の罪と恥じに対する神の刑罰は イエスの身の上で
既に完結しているからです。

2010年12月21日火曜日

恥をもいとわずに

私達は罪人ですから 多くの罪の恥(はじ)を
隠(かく)し持っています。 しかし神は彼の義の故に 
その私達の総ての罪の恥に対する刑罰 (けいばつ)として 
ある日 総ての御使いの前において私達の恥を 
全部さらし出さなければなりません。

しかし神は何とその「恥じのさらし」を2千年前に 
あのイエスの身の上で執行(しっこう)されたのです。
イエスの十字架の上での苦しみは種々ありますが
その一つがその「恥にまみれること」でした。

当時 十字架刑(けい)は 逃亡(とうぼう)した
奴隷(どれい)に対して行われたものでした。
それは最低の刑罰(けいばつ)であり、最も苦しく
むごい刑罰でした。 それは一つに その奴隷の恥を太陽の下に
すえ、人類の歴史のど真ん中に高く掲(かか)げ「あらわに」し
「さらしつくす」ものだったのです。

多分 イエスはピラトとヘロデ、兵士(へいし)達の前、
そしてあの十字架上で殆ど裸(はだか)であったことでしょう。
それはあまりにヒドイので、はるか後世に書かれた
「イエスの絵」には 小さな腰布(こしぬの)が
描(えがか)かれています。

ところが本当のところ
私達こそが恥じにまみれた罪人ではないでしょうか。しかし
当然神の子 イエスには、ただの一つの小さな恥、微小な恥の
影さえもありませんでした。

私達は更に彼はあの時 
その羞恥(しゅうち)と屈辱(くつじょく) の感覚を麻痺(まひ)
させようとする飲み物を断固拒絶されたことを知っています。
彼は死の直前まで その恥じの感覚を感じ尽くされ、その屈辱の
盃(さかずき)を完全に飲み干(ほ)されたのです。

イエスの肉体の上において恥が全世界にさらされた時に
神の目に映ったその恥とは 実は 私達の恥でした。
従って「私達の裸の罪の恥」への神の罰(ばつ)は 
あの時に既にイエスにあって終了したのです。
「私達の罪の恥」への刑罰は
イエスの中であの日完成されたのです。

*
それはひとえに
全く罪のないお方が
「恥をもいとわないで」
十字架を忍ばれた故です。
(ヘブル12の2)

2010年12月20日月曜日

THE JUST FOR THE UNJUST

Ⅰペテロ3の18の
「the just for the unjust」
という簡明な表現がいいです。
(正しくない者の為の正しき者)

これは、正しき者は正しからざる者 によって
死に至らせられるのであり
しかしその死は その正しからざる者の為である、
ということです。

しかしこの原則は あの時に始まり、
今でさえその継続の中にあるはずです。

*
「真にみこころの中を歩む願いを持つ人」
に対して 
聖霊は直ちに 十字架に向かわせます。
(これは法則です。)
なぜなら
①十字架を退けないこと 或いは
②積極的に十字架をわが身に迎えようとすることこそ、
私達に対する神の「みこころの基礎」であるからです。

従って
十字架を土台としない「みこころ」
と言うものはあり得ません。


★
この所 下で暮らしております。

2010年12月17日金曜日

カナダの冬便り

シュガーさん

いかがお過ごしですか?
ブログ、見せていただいています。
そちらも 寒そうですね。
シュガーさんの生活を見て励まされております。

凄いですね。私もあなたのように、
カナダの山奥に住みたいと、思うときがあります。
しかしまだ 定年まで3年半もあるのです。
仕事は毎日 本当に戦いです。

こちらも寒い時にはマイナス8度ぐらいにはなりますが 
そういうのはマレです。普段は10度前後でしょう。
ここは雨が多いのです。

しかしカナダの山は今大雪です。
いつも聞いているラジオで今日は
雪山キャンプのすすめと体験談を聞きました。
テント無しで 雪の中に洞穴(どうくつ)を作るとの事です。
私も「いつかやるぞ」と決意を新たにしている所です。

先回旅行した時には カリフォルニアの
暖かい所もいいなーと思いましたが、今は
やはり雪が降り 四季があるバンクーバーがいいや、
と思っています。

(寒い所、バンクーバーより)

2010年12月16日木曜日

水道凍結アレルギー?

今朝 6時現在で、小屋の外がマイナス7度、暖房なしの
居間がプラス5度 例の内外差は12度でした。
外の気温がマイナス10度には至りませんでした。

ここは東北とは言っても気候的には
いわば「関東圏」のような所なので 
零下7度というと、エッと思われるかも知れませんが、
北海道や長野県の戸隠などに比べたら大したことはないのです。
(しかしここから一寸はなれた隣の葛尾村などには 
ゆうにマイナス15度にもなる場所があります。)

水道の凍結も大丈夫でした。
しかし、私が小屋をしばらくルスにし、しかも
こんな気温が何日も続いた場合 いくら内外差が12度ある
と言っても今日のようには行かないかも知れません。

私的には 寒冷地の屋内の気温と言うのは無暖房の場合
「日々積み重なって下がって行く」ように感じられます。
今朝の場合は 暖房をしない部屋でも 暖房をしている
部屋からの僅かの暖かさが及び ある程度は暖かくなって
いる筈です。しかしその熱が全く途絶えてしまった時、
シンシンとした寒さが徐々に小屋全体の気温を 
押し下げて行くのではないのかな。

このことは
「氷が発生し、固くなり大きくなって行くこと」についても
言えるのではないでしょうか。
ですから一旦水道管の中で凍結が始まってしまうと 
その氷はなかなか解けてはくれないのです。

それにしても水道の凍結は怖い。
(数年前のあの経験が!・・)

2010年12月15日水曜日

明朝は氷点下10度?

今日 ここ阿武隈.田村市の気温予報であるが 
明朝はマイナス7度だと言う。

ここは
普通の田村市よりも標高が高い旧都路村の岩井沢、
私の小屋は 更にその岩井沢の山の上にある。 
だから明日の朝、氷点下10度もあり得るわけだ。

人の体は寒さには徐々に慣れるので 
意外にどう言うこともないのだが
(今年も もう大分なれました)
問題は水道の凍結である。
対策は施したが、さて本番はどうであろうか。
その本番がいよいよ来た。

2010年12月12日日曜日

「遅ければ遅いほどよい」

この世界では
「スピーディであればあるほどよい」のです。
しかし 主にあっては本当に
「主と共に遅ければ遅いほどよい」のかも知れません。

その結果「天から与えれれるスピード」
によってなされたものだけが
初めて真の存在価値を持つのでしょう。
*
アーメンです!
「主と共に遅ければ遅いほどよい」、そうですよね、
焦る必要はないのですよね。
当たり前の生活を送っていく過程で、神に照らされ、
「天から与えられるスピード」で成長していければいいのですね。
*
そうだと思います。
「天から与えられるスピード」によって
成長することこそ 重要なのでしょう。

「主と共にスロー」は本当の「スローライフ」です。
そのスローライフを本当に実践する人は 
いずれ 自分の生活(or人生)が不思議な方法で
実に能率的であったことを知るでしょう。
何故なら彼にとっては
「イエスそのもの」が「能率」であり
神ご自身がその人を運んでおられたからです

2010年12月10日金曜日

内外差

この小屋にもいよいよ
気持ちのよい ピリリとした冬が来ましたよ。

パソコンで見る今日の田村市の気温予報は
最低が1度と最高が6度。しかし これではまだまだ
本格的な阿武隈の寒さとは言えません。

さて、
この小屋の 先ほど七時前の気温はと言うと:
デッキにつるした寒暖計がマイナス2.5度で 
夜通し暖房をしなかった一階の居間は8度でした。
(ここも田村市の一部とは言っても結構な差です。ちなみに、
小さな灯油ストーブだけの ロフトにあるマイルームは28度!)
即ち自然な外と居間の気温差が 10度ということです。

この内外差が大きければ大きいほど この小屋の保温性が高い
ということになり、寒冷地の住まいとしてはよい状態である
と言えないだろうか、と考えております。

これから内壁を仕上げ、種々の工夫によって
その内外差を更に大きくしたいと思っているのですが・・

2010年12月4日土曜日

ツケは必ず来る

昨日のことです。
母屋から張り出した部分、後(あと)工事のピアノ室の
西側の壁に何と雨漏りが!

それにしてもどうして
今まで雨漏りが無く 今回初めてあったのか:
それは雨が昨日のように西の強風に伴なって
ピアノ室の西側面に 横なぐりに吹き付けたからです。
山では雨は必ず上から降る、というわけではありません。

いずれにしろ近く ピアノ室外側の防水工事を徹底して
やらないといけません。しかし この作業は
大したことではないのです。問題は壁内部です。

壁内部の断熱材が雨を一旦吸い込んだら、それが
自然に乾燥することはまずあり得ない。
(自然と乾いてくれる断熱材があったらいいのに!)
従ってピアノ室西側の内部の板を全部はがして
断熱材を取替えなければなりません。
ほおって置いたらいずれ土台が腐食してしまうからです。

それにしても
何故こんなことになってしまったのか、
その理由は単純:しばらく前に私が
「多分いずれここは雨漏りがあるだろうな」と感じながら
それをほったらかしにしたからです。
ツケは必ず来ますね。

☆
今朝 森は完全な雪景色。
田村市の最低気温が3度でも ここは標高が高いから
雪になります。いよいよ来たね、と言う感じです。
ただ今日は 9時から晴れだし、
明日の最低は5度だと言うから 
この程度の淡雪は問題ないでしょう。

2010年11月30日火曜日

小屋に着きました

今3時過ぎ
ついさっき小屋に着いたばかりです。
とても静かです。
穏やかな山の空気が小屋を包んでいます。

今朝9時前 実家を出て今日もオール下でした。
日立の海岸線で海辺に車を止めて海を眺めることが出来ました。
いわきからは 買い物の関係で49号線を走りました。

小屋に着いて片付けを終え 一息ついたら、
何故そうなったのかは分りませんが
賛美が溢れて来ました。

「価値があるのはただあなただけです、
総てはむなしい中
《本当の実質》はただあなただけです」と
祈ると言うよりはただ神を賛美しました。

このような神を信じ、このような神と一つとなりえる
特権を何と感謝しましょうか。
私達の人生は、だから、むなしくありません。

2010年11月29日月曜日

今達し得ている所に従って

「キリスト者の霊的学びにおける到達点」には
明確な神のみこころがあり、その目標が揺らいだり、
変更されたりすることはあり得ません。
キリスト者達に対する神の働きの特徴は 
その目的の明確さ・手順の厳格さ、
そして美しさにあるからです。

しかし、それへと至らしめる
一人一人の兄弟姉妹への神の導きには
一つとして同じやり方はあり得ません。
この時代、神はキリスト者を一くくりにし、
大きな教室で 画一的に導くようなことは
決してされません。

なぜなら私達の
「命の成長の度合い」を初めとした様々な状況は
一人一人が著しく異なるからです。
そのように著しく異なるキリスト者を 
正当にしかも美しく導く極めて偉大な能力は
ただ神のみが所有し得るものです。

ですから、霊的成長の為にキリスト者が 
一人の人間、或いはある特定の人間達の
指示に従って一斉に行動するなどは決して
正常な姿であるとは言えません。

確かに言えることは 神は先ず
「私達一人一人が今達し得ている所」を良くご覧になられ、
次におのおのの内側に ある霊的な関心、興味、憧れを
生じさせることによって
今その人にとって必要な「ある神の真理」の
①啓示と②経験に 導こうとされることです。
そうやって神は私達を順次 前進させられるのです。

その神の導きは 
総ての真に新しく生まれたキリスト者に対して
真理A→B→Cから開始され、いずれ必ず→X→Y→Z の
①啓示と②経験へと至るでしょう。

私達が 多くの証人や先人達のように この時代、
即ち この肉体に留まる一定期間において もしも
・・Y→Z にまで到達できるならば
それは何と幸いなことでしょう。

とは言え 
ここで私達が確認しておきたい極めて大切な事実は
私達が霊的学びの過程に置いて獲得して行くものは
初めから終わりまで「ただ一つの事物」であり
その事物とは「キリストというお方」以外の何物でもないと
言うことです。何故ならキリストこそ 
A(アルファ) でありZ(オメガ)であるからです。
(黙示録1の8)

今大切なのは
その神の働きかけに対して「私がどう応じるか」です。
その「応じ方」(今の私の応じ方)によって 私の
「この時代における」霊的成長のスピードと
「この時代における」私の到達点が 決定されてしまうとすれば、
それは極めて厳粛なことではないでしょうか。

このような神ご自身だけが
「教会」(エクレシア)における
唯一人の先生であり、父です。

*
「それはそれとして、私達は既に達している所を基準として、
進むべきです。」(ピリピ3の16)

2010年11月25日木曜日

天王山

午前中、あまり良い天気なので
夏に遭難しかけた あの天王山まで行って来ました。
この辺の阿武隈の山は
里山に近い低山(千メートル未満)なのですが、
それでも油断するとやはり危険です。

でも今日はよかった。
木の葉の積もった冬枯れの明るい雑木林の尾根を登り
「下の頂上」まで行ってきました。(「上の頂上」もあるのです)
原生林がわずかに残る頂上あたりの林、
フカフカの枯葉に寝転び、しばらく青空を眺めておりました。
今日はただそれだけ。

今後の為に、
ルートをシッカリと確認したので、
これから天気さえ良ければ、真冬でも行けるでしょう。

この小屋が登山口みたいなものだから、
半日もあれば十分往復が可能です。
足腰が普通の人ならば(一寸健脚ならば、かな)
都会からのお客さんでも
結構 楽しんでもらえるだろうと思います。

*
先日の小野君、
とてもよい交流が出来ました。
今度は 奥さんを連れてくるかな。

★
明日下山し、30日あたりまた入山の予定です。

2010年11月22日月曜日

小野君

今日 秋田は本荘高校時代の友人、
小野君から電話があり、
明日船引駅に 昼ごろ着くとのことです。

いやいや何十年ぶりだろう。
69歳にもなってしまった相手の顔を見てお互い、
相当のショックはどうしても禁じ得ないことでしょう。

しかしあした そのショックは内に秘め 
最初何と言う言葉を発しようか。

家族と福島の温泉に来たというのに、
家族をどこかに置いて一人
この山奥まで来てくれるのだと言う。
主よ彼に祝福を。

2010年11月21日日曜日

月見

昨日夕方の山散歩は近所の「ダビデの丘」まででした。
ネライの一つは14日の月。(正確な月齢は13・9)

一昨日はまだ月の出は早く、夕日を十分受けるので
私の好きな「白い月」でしたが 
昨日になると まだ僅かに(わずか)に
ピンクの夕焼けが残る東の空に昇るのは
「透明な明るい月」でした。

今日の月齢は14・9、明日は15・9ですので、
ほぼ満月が二日に渡って 見られそう。
それはスッカリ暗くなった空に昇る月、
だから「煌々(こうこう)と輝く月」となるでしょう。

今晩 もし晴れていたら
「霜月(しもつき)の月見」などはいかがでしょう。

★午後5:50

まだ6時まえなのに、スッカリ夜です。
冬の前、この時期の静かな山の深い落ち着きも
なかなかいいものです。
こんな感じで冬を待つのは 今年が初めてかな。
・・・
それでは
ロフトのデッキに上がって月を見て来ましょう。
出てるかな。・・・
出てました、出てました!真東に昇る煌々たる満月が。
・ ・
一つのことをお教えします。それは 明日の早朝まだ夜中、
西の空に孤独に傾く満月です。 しかし夜が明けるよほど前 
あの夢のように美しい 満月を愛(め)でる人など、
めったにいないことでしょう。
 

2010年11月18日木曜日

雲の「いたずら」でした

おととい夕方 山散歩に行こうとして林道に立ち
何心無く東の方角(ほうがく)を見て
ビックリ仰天(ぎょうてん)。

五十人山の向こうに
長い屏風(びょうぶ)のように ミゴトなばかりの山脈が
北東から南東へと高く高く聳(そび)えているではないか!
えっあんなところにあんな山なみが、でもマサカと
正にあっけに取られる。

しかしどう見ても 
あれは山脈(さんみゃく)以外の何物でもない。
色や形状といい 他の風景とのバランスといい。それに
ある箇所には確かに山頂にありそうな物体、岩?
それとも建築物?が確かに確認できるのだ。
目をこすってもう一度みる、どう見てもあれは正しく山脈だ。

でもあり得ない、バカバカしい。
だとすれば目の錯覚?それともついに
私の頭がおかしくなったのか!

その時行くはずの散歩は急きょ取りやめ、
確認のため、全く別方向の「眺め山」頂上へと急ぐ。
或いは蜃気楼(しんきろう)か、昔秋田で見たオーロラか、
それとも前代未聞(ぜんだいみもん)
天変地異(てんぺんちい)の怪現象か?!

*
結局 何のことはない、
「あの山なみ」、単なる「雲のいたずら」だったのですが、
それにしても 極めてよく出来た自然の模擬絵(もぎえ)、
どんな名画伯(がはく)でもあんなに上手には描けまい。

昔、人が一人山に入り あるまれな自然現象に驚ろき恐れ、
下山後 うわさを通り越して代々語り継(つ)がれるほどの
伝説となってしまうほど迫真(はくしん)の描写を 
彼が行ったとしても彼には罪はないと思う。


★カレブさん情報です

  基督徒文摘
CHRISTIAN DIGEST

Caleb K.Huang(黄迦勒)
E-mail:
huangcd@msn.com
Web site:
www.ccbiblestudy.org

2010年11月17日水曜日

ヨシヤよ!

そうそう、
今Ⅱ列王記の、私の好きな「若きヨシヤ王」のところを
読んでいるのですが、
*
Ⅱ歴代誌35章を参照してみると、ヨシヤは
エジプト王パロ・ネコを通して語る神の声を聞くべきであった。
しかし 律法に忠実であり 神を畏(おそ)れる王ヨシヤも
その時 パロ・ネコのことを「何を言うかこの異邦人め」等と
思ってしまったに違いない。

新約的に言うならば、ヨシヤはその時
「冷静に環境の背後に立つ」ことを忘れてしまったのだ。
鼻息を荒くし、即ち「魂を荒くし、遂には血肉までも
煮(に)えたぎらせ」てしまったヨシヤは
「その時点での自分の本分は何か」
即ち「みこころ」は何であるのか、を告げ知らせる
「静かな内なる人」の声が聞えなかった、と言えるだろう。

死の傷(きず)を負い
出血の体を ゆれ急ぐ車に委(ゆだ)ねるばかりのヨシヤは 
わずか39才にして世を去らねばならない自分の最後を
どう見つめたのであろうか。

「かわいそうなヨシヤ、
それまでの君はとても素晴らしかったから、
なお更あなたの最期(さいご)が残念でならないのです。」

2010年11月16日火曜日

解経系列

今、カレブさんの20数冊に及ぶ
「例の注解書(ちゅうかいしょ)」の中の一冊が手元にあります。
その表紙の最上部に「解経系列」と書いています。
ですからこれが多分この注解書のタイトルなのでしょう。
(私にはその意味は分りません)

先回の記事で私は 
「正しい訳の聖書と歴代の聖徒が残したことばとを
組み合わせた本」をカレブさんは意図(いと)された
と書きました。

そこで少しだけこの本を具体的に見てみましょう。
(私はカレブさんから聞いただけなのですが・・)
私が先ず驚くことは この注解書は
①新約聖書各書の各章の解説のみならず 
②その章の中の全部の節一つ一つをまな板に乗せている
と言うことです。これでは 新約聖書全体となると
膨大(ぼうだい)な分量になってしまうのは当然のことです。

その一つ一つの節にかんして
「原文直訳」
「原文字義」・・大切な言葉の意味
「背景注釈」
「文意注釈」
「霊意注釈」・・霊的な意味
「問題改正」・・問題となる箇所の説明
「話中乃光」・・歴代の聖徒達が神から得た光
が総てに取り扱われているのです。これらが
この注解書の中心です。

ここで直感的に私が感じることは 
確かにこの本はキリスト者にとって
ずい分便利なものであろうと言うことです。

私達が本当に知りたいのは 
日本語として美しい聖書の翻訳(ほんやく)よりは
無骨(ぶこつ)だとしても「聖書の直訳的で正確な意味」であり、
またそれに関して歴代の神によって真に重く用いられた
キリスト者達が その箇所(かしょ)から実際的にどういう
教えを得たのか、ということではないでしょうか。

(当然それらを知る私達の目的は それらを通して
今度は「神が直接私の霊に語りかけること」
でなければなりません。)

真に神の「みこころ」を求める人にとって
この注解書は「多くの手間」がはぶける 
実に「簡便(かんべん)な本」であると言えるでしょう。

真理を求める中国の地下教会の多くの聖徒達が 
この本を今大歓迎している理由は
容易(ようい)に理解できると言うものです。

2010年11月14日日曜日

ある海賊版(かいぞくばん)

カレブ・ファンさんがウイットネス・リーから
離脱(りだつ)した時、ある人がカレブに言いました、
「あなたはウイットネスリーを離れて一体 どこから
霊的な糧(カテ)を得ることが出来ると言うのだ」と。

カレブは答えました、
「そんなことは全く問題ではない。
私には聖書と
歴代(れきだい)の聖徒達が残した多くの言葉がある」と。

その時 彼に一つのことが主から示されたといいます。
それは
正しい訳の聖書と
歴代の聖徒が残したことばとを
組み合わせた本を書くということでした。

ですから 20数冊からなる
今ほぼ完成しつつある全新約聖書の注解書(ちゅうかいしょ)
の表紙には
カレブ・ファン「著」(ちょ)ではなく 
カレブ・ファン「編」(へん)と書かれているのです。
それは この本を書いたのは私でなく歴代の聖徒達です、
と言う意味です。

この中国語で書かれた注解書は
いつの間にか中国大陸に渡り
遂には その「海賊版」(かいぞくばん)が
秘密裏(ひみつり)に、そして大量に出回るようになったのです。
今既に少なくも数十万部が全中国に行き渡っている
と推察(すいさつ)されます。

彼は私に言いました、
「私は台湾からアメリカに渡り、
一介(いっかい)のサラリーマンとして働いて来ただけですが
なぜか主は 私の生活と経済を豊かに祝福してくださいました。
ですから私には 
この本でお金を得たい気持ちはサラサラありませんし
その必要もありません。
私は多くの兄弟姉妹達が 
この本を通してキリストにある命の供給を
豊かに得ることが出来ればそれで十分です。」

長年に渡(わた)る彼の中国訪問のキッカケは 
実は この海賊版にあったのです。

2010年11月12日金曜日

アリがワシになる、のかな?

欲はなく、
オッと間違いました
欲を退(しりぞ)け
「何も考えず」
しかし命に従い
地面をはいつくばって歩き
その日その日をただコツコツと生きるアリのように、 
日常の実に些細(ささい)な場面で 
ただ主と命に生きる人だけが 

あのエノクのように、
天高く舞(ま)い上がる
ワシとされるのでしょうか。

★
先回、実家にいた時、しばらくぶりで近所の
リサイクルショップに寄ってみたら
5脚(きゃく)セットのイスが 
何と一個210円ではないか。
(2100円ではありません)

全部キャスターがついている所が気に入ったし、
銀いろ・ピカピカのアシとヒジもたせがカッコいいのです。
安い理由は明らかに 背もたれの上部が一部ホコロンで
いるからでしょうが こんなものはキレイなテープをはれば、
アッと言う間に美しく変身するのです。

シメシメこれは小屋のダイニングにピッタリだと、
5脚セット1050円で買って来たのでしたが、
小屋のダイニングに入れて見ると
イスの総てがスポッと食卓の下にもぐってくれないのです。
イス全体が完全にテーブルの下に隠(かく)れて
くれないとどうも私は面白くありません。

(というわけで本当に言いたい続きは次回と致します。)

2010年11月11日木曜日

近況(きんきょう)です

阿武隈の秋もずい分と深まり
紅葉は もう八割方終わってしまいました。
小屋から下がる南の森の小道が
その落葉(らくよう)でうめつくされ
ガサガサと 
音を立てて歩く足がうまりそう。

それでも、
山散歩の道筋(みちすじ)よく中村さんの別荘を
通らせてもらうのですが、そこの背の低い
モミジ達だけはまだ ケンランたる真紅(しんく)の
装(よそお)いを誇(ほこ)っているのです。
これが ここで暮らす私の晩秋期の楽しみの一つ。

この季節は山散歩には絶好(ぜっこう)です。
寒さは日に日につのりますが、
それはまたピリリとした心地よさでもあります。
空の濃(こ)い青は 夏とは比べられない
鮮(あざ)やかさですし、それに
あの虫達がどこにもいないと言うのは
わずらわしさが殆どない
晩秋アウトドアの大きな快感です。

今するべき第一のことは もうスグ来る
厳冬期(げんとうき)対策です。
まず水道の凍結(とうけつ)防止工事。
次は各部屋の保温上
細かい配慮(はいりょ)がいろいろと必要です。
これらに もう数日はかかるでしょう。

それが終わったら ようやく工事です。
本格工事はもうしばらくやっていませんね。
でも最近ようやく
少し意欲(いよく)が出て来たところです。

明日もよい天気、
夏に遭難(そうなん)しかけた
あの天王山への急斜面(きゅうしゃめん)を
登ってみようかな。

2010年11月9日火曜日

山に戻りました

今回の山への道は
予定通り めったに通らない国道399号線。
国道とは言え道幅はせまく傾斜(けいしゃ)はきつく
踏み行く道はものスゴイ山また山。 

紅葉は終わりかけていましたね。
まだ残る紅葉を背景に
時々 強い風で空高く舞う枯葉に
もう晩秋なのかと。

このあたり 
海にも近い「いわき」の山なのに
正に深山幽谷(しんざんゆうこく)の
風情(ふぜい)なのは面白いし貴重です。 


無事着いて
今は小屋の自分のロフトで一休み。
今度は山小屋の紅葉を眺めながら
いわきで買った600円の寿司を
一人で食べました。

ロングドライヴのあとの
ささやかな幸せです。

2010年11月4日木曜日

中国本土へ

飛行機は いよいよ最終目的地、 
中国本土は「せっ江省」杭州(こうしゅう)市
上空に近づきます。

さてここで あることにビックリ。
目を下界に転(てん)じて見ると どうも
視界(しかい)がハッキリしないのです。
ボンヤリとした「カスミ」の下に
なんとか街が見える、と言う感じ。
あ、そうかこれはカスミではなくスモッグなのだと
間もなく気がついたのですが、

そう言えば
私が「大発展の」南部中国の沿岸地方(えんがんぶ)に
滞在中(たいざいちゅう)上空に「青空といえる青空」を
望むことが出来た日は極めて少なかったのです。

*
ハンジョウ(杭州)空港での諸手続きを終え
いよいよ出迎えのカレブ・ファン、レベッカ夫妻と
文字通り何十年ぶりかの再会です。
彼ら夫妻は今はアメリカ国籍(こくせき)で 
台湾と日本出身のキリスト者です。
既に前日 香港経由(ほんこんけいゆ)で
杭州に到着しておられたのでした。

カレブ ファン:彼はかつて、
かのウイットネスリーの側近(そっきん)中の側近でした。※
しかし今は、総ての束縛(そくばく)から解(と)かれ、 
南カリフォルニヤは ファウンテンバレーに居(きょ)を
構(かま)え、極めて自由な立場で著述(全新約聖書の注解)に
いそしむかたわら、請(こ)われれば諸教会でのメッセージの
奉仕にあたられる という「悠々自適(ゆうゆうじてき)の」?
生活を送っておられます。

※
「かの教会」での騒動(そうどう)以前
彼は中国語書籍(しょせき)の全責任をまかされていた。

2010年11月2日火曜日

出発

9月7日、午前9時、
韓国アシアナ航空のOZ107便は
まだまだ暑い成田を飛び立ちました。

千葉マリン球場、東京ドーム、東京湾、三浦半島などが
次々と眼下に飛び込んで来ます。そして間もなく伊豆半島、
そしてダークブルーの全容を見せる、端正(たんせい)
極まりない富士の山。まるで巨大な模型(もけい)を
見るようです。緑の山河と青い海、何て日本は美しい国だろう。

一時間半で、飛行機はソウル、
世界有数の巨大空港に降り立ちます。
乗り継ぎです。そして生まれて初めて 
ビジネスクラス用のラウンジなる所で
しばしの休憩(きゅうけい)。

今回 ある方の御好意で、
行き帰りとも何とこの私が全部ビジネスクラス!
ユッタリとした座席もさることながら、
総てがユトリそのもの。
大嫌いだったはずの飛行機の旅も
これだったら悪くはないか
と思いました。 

2010年11月1日月曜日

明日は晴れますか?

今日の昼過ぎ、ついさっき
ようやく重い重い腰をあげ、
しばらくルスにした大工仕事、
地下室の防寒工事に取りかかることが出来ました。

こういうの やって見ると大したことはないのに
私の場合 取りかかるまでが大変です。
ホンとに根っからの怠(なま)け者なのでしょう。
こんな人の行動にも物理で言う
「慣性(かんせい)」みたいなものが働いているのかな?

今日 窓わくは出来たので あとはそれに張る
ビニールの透明(とうめい)シートを買ってくれば
よいわけです。意外にわけのない作業でした。

あとは先輩(せんぱい)のアドバイスを受け
水道管に もう一巻きだけ、断熱材を巻きましょう。

最後は二つの入り口を板でシャットアウトすれば
万事はオーケー。これで厳冬時(げんとうじ)でも
L D K の水道の凍結(とうけつ)はもう無い、はず。

*
明日からは晴天という予報ですが、本当かいな 
というような湿(しめ)った空模様です。
今正に紅葉真っさかり、
どこもかしこも黄色とあわい緑いちめんの森に
シトシトと冷たい霧雨が落ちています。

でももうガマンがなりません、
カサをさしてこれから しばらくオアズケけだった
山散歩に出かけましょう。

2010年10月31日日曜日

パッとしない天気です

今日は終日曇りの予報。
(でも今 雨が降っていますよ。
これでは朝の「山散歩」はムリですね、残念。)
気温は最高12度。明日もまた雨。
最近どうもパッとしませんね。

それにしても
人の感覚や気分というものは
何とたやすくそれらの影響を受けることでしょう。

「雲の上」には
必ず輝く青空と太陽、
そのはるか上には
決して動くことのない「神の素晴らしい事実」がある、
と言うのに。

2010年10月30日土曜日

午後はシチューを作ります

昨日は三春の病院へ:
ゼンソク予防の吸入薬をもらって来ました。
大きな病院は 
夕方終了時間ギリギリに飛び込んで受付をするのが
コツのようです。
昨日もとても早く見てもらえました。

その帰り道、
ピアノ室用の灯油ストーブをコメリで買いました。
7千円何がしでした。だから今日は部屋を暖かくして、
ピアノでも弾きましょう。
曲はモチロン「一生一曲の」あれです。

ピアノと言えば不思議なことがありました。
小屋をスルに 当然ピアノに触れる機会など
相当な期間、一ヶ月以上もなかったのに、
ナンだか、かえって少しうまくなっていたこと、
これ何故? 年寄りの錯覚(さっかく)?

今 昼の12時半。
午後はユーウツな冷たい雨の音を聞きながら
一人 シチュー作りですね。
ジャガイモ、ネギ、たまねぎ、ハクサイ、
豚肉、ニンジン等は昨日買って来てあります。

その後は
地下室の水道管をどうするか:
厳冬時の凍結防止工事です。
真冬、長いルスのあとに小屋に帰って見ると
L D K のシンクだけですが、出ないことがあるのです。
どうするのがいいのかなー、
これは地下室の現場で考えることにしましょう。

2010年10月28日木曜日

山はもう冬の気配(けはい)

今 朝5時ちょうど。
今日の日の出は5:59
日の入りは 4:51
これから冬至まで 
この日の出と日の入りの時間の変化が面白い。
そのようにして遂に 冬至の日の出を
目撃(もくげき)するのは一寸した感動です。

朝の「山散歩」は
日の出のころであれば理想的ですが
今日は曇りなので
日の出に合わせてもあまり意味がないでしょう。

もう阿武隈の朝はずい分寒いです。
ロフトのわが個室は既にストーブ、
これから朝食の焼きイモです。

2010年10月26日火曜日

発芽現象(2)

これは主イエスが
ご自身とキリスト者の経験に関して
「一粒の麦」にたとえられた現象です。

その麦のカラとは人の魂であり、そして
カラの中の「死を通過してさえ破壊されることのない成分」とは
人の霊と一つとなられた「聖霊」です。
当然この発芽現象とは「キリストの復活」に他なりません。

旧約聖書において キリストの復活は
祭壇(さいだん)の上にしばられ 強力な神の火の
加熱によって焼きつくされた生き物が 煙となって
天にかけ上り 神のための芳香(ほうこう)となった煙、
すなわち死を経過(けいか)し、今は悪魔を足の下にし
総てのものを超越(ちょうえつ)した存在、
として描(えが)かれております。
またイエスに加えられた死の圧迫はパプテスマの「水」等
によっても象徴(しょうちょう)されております。

聖書の全編(ぜんぺん)において 水と火は 
総ての旧(ふる)きものを死に至らしめ終わらせ、その様にして
「朽(く)ちることのない永遠のもの」を導入するための 
神にとって極めて重要な手段(しゅだん)
であったと言えるでしょう。

もしもそうであるならば、今日でさえ 
私達が 日々自分の実生活において 
真に「キリストにある死」を経(へ)ているのでなければ 
私達の経験において、真の命の発芽現象は存在し得ないでしょう。

発芽現象(はつがげんしょう)

私(sugar)が生まれた1941年ころ
中国のキリスト教徒はわずか2~300万人でした。
その中で
「ただ場所を根拠(こんきょ)に現われた地方教会」
にぞくす兄弟姉妹はわずか数10万人でした。

ところが今はこうです:
中国の全人口13億人中何と
キリスト教徒は その一割に当たる1・3億人です。
これはちょうど今の日本の全人口に相当します。
(その中には一部 本当には救われていない人、
「永遠の命」を持っていない人も
含(ふく)まれているでしょうが・・。)

正確な算定(さんてい)は不可能ですが
「地方教会」に属(ぞく)するキリスト者は
最も少なく見積(みつ)もっても100万人、おそらくは
数100万人に上るであろうと言われております。

更にその上 当然無名の全中国にわたって実在する
おびただしい数の家庭集会の存在をあげなければなりません。
しかしその実態(じったい)を知るいかなる方法もありません。
(私はその中のわずか2、3の「実情」を
後日 報告することが出来るだけです。)

*
形に表れたキリスト「教」はその殆(ほと)んどが
破壊(はかい)されました。しかし私達はここに
人間の政治的圧力などではむろんのこと 
神の敵でさえ絶対に破壊不可能な素晴らしいものの
存在を指摘(してき)しなければなりません。
それはキリスト者の中の霊に実在(じつざい)する聖霊です。

しかしその当時 いやおう無しに
目に飛び込んでくる恐ろしい状況(じょうきょう)と
更に魂や肉体に加えられる脅迫(きょうはく)を実体験する時
「キリスト者の霊」と言えども
大いに圧迫されたに違いありません。

ところがここに 
ある不思議な「命の現象」が現われたのです。
それは全中国において
人の霊の中の聖霊による おびただしい数の
「発芽現象」とでも言うべきものでした。

キリスト者達に対して ものすごい恐怖(きょうふ)が押し迫り
その様にして人の魂までが破壊され、人の霊でさえ
押しつぶされたかに見えたその瞬間(しゅんかん)何と
何も見えない真っ暗な地中において
「土中熱」(どちゅうねつ)と土が含む水の作用によって
霊的な「命の発芽現象」が発生しました。すなわち それまで
あの「麦つぶの中に秘(ひ)められた命」をおおっていた
硬(かた)いカラが水と熱の力によって 
ついに崩壊(ほうかい)したのです!

2010年10月22日金曜日

真性なキリスト者の霊

聖書の主張からすると 人の魂も
「目に見えるもの」(感覚できるもの)に数えられます。
その意味は 人の魂でさえ実は被造物の類(たぐい)
すなわち物質に属(ぞく)するものである、と言うことです。

そして被造物(その殆どは古い創造になってしまった!)は 
この時代、神の敵が破壊(はかい)を許されている一つの
領域(りょういき)・場所であると言えるでしょう。

しかしここで 私達はこの世の神・
あの龍(りゅう)すなわち極めて残酷(ざんこく)な者でさえ
決して破壊することの出来ない一つの尊(とうと)いものを
高くかかげなければなりません。

それは
聖書の中で
「目に見えないもの」「一時的でないもの」「永遠のもの」
の中に数えられる、
神と人に属(ぞく)する唯一のもの、すなわち
キリスト者の体と魂の、
更にその奥底に潜(ひそ)んでいる 
聖霊によって神の国に生まれた、
「真性なキリスト者」の霊です。

2010年10月21日木曜日

とても困難な時代

中国において キリスト者が
「ひどい」迫害(はくがい)を受けた時期(じき)は、
およそ30年間に及び、
1950年ころから 80年ころまでと言えるでしょう。
(しかし今でさえ迫害は十分に存在しています。)

それではこの間に何があったのでしょう。
それは要するに
「おもて・形に表れた宗教的な一切」が破壊(はかい)
された、と表現できるかも知れません。

それでは
「形に表れた宗教的なもの」とは何でしょうか。
それは先ずは物であり建物であり看板(かんばん)です。

そして更(さら)にそれは 宗教的な組織(そしき)に及
(およ)び 宗教の中の様々な役職(やくしょく)についている
人々に及びました。(あるいは人に付随(ふずい)した宗教的な
役職と言うべきかも知れませんが・・)
それらはとても目立ちハッキリしているものなので
サタンの怒りはそれらをイトも簡単に破壊したはずです。
そのようにして遂(つい)に迫害は「目に見える物」である
「キリスト者の肉体」にまで及(およ)んで行ったのです。

そのような中
おそろしい破壊を目の当たりにした時 キリスト者の魂は
必ず大いに揺(ゆ)さぶられたに違いありません。
人の魂は感情、思い、意志から成っているのですが・・

まずは彼らの「感覚、感情」は簡単に
動揺(どうよう)したはずです。
そしてそのような時 彼らの思い、思考があれやこれやと
自分の「人生の損得(そんとく)」について思い
めぐらせるならば もう勝負はついたも同様です。

最後に彼らの意志でさえ 
見えない ほえたけるシシの脅迫(きょうはく)に
あえなく屈(くっ)したことでしょう。
「総ての人のありかた」は最後に人の意志が決定するからです。
そのようにして
「人の魂である人自身」が悪魔の前に
完全に敗北してしまった、と言えるでしょう。

2010年10月20日水曜日

戴(タイ)姉妹の場合

★
乳がんになった
この女性は共産党幹部(かんぶ)の奥さんであり
キリスト者を迫害する立場の人でした。

病院で薬の治療を受けたのでしたが それがかえって
症状を悪化させたのです。薬物の影響から手足のタダレが
物すごい状態(じょうたい)になり、筋肉が開き、肉内部の
スジが見えるほどだったと言います。それは極めて絶望的な
状況でした。もはや 何にもすがることの出来ない彼女は 
ついに主を信じました。

その時から 症状は徐々に改善(かいぜん)に向かい、一年後 
乳がんと手足のタダレは完全に癒(いや)されたのです。
姉妹は私にズボンをまくって ヒドかったその脚(あし)を
見せてくれました。それは「むこうずね」あたりにあり、
相当広い部分にわたるものでした。

私は手で触らせてもらったのですが
最悪の状態であったその部分は 今完全に乾(かわ)ききり 
正に痕跡(こんせき)をとどめるだけでした。
今教会で主に仕える姉妹は 健康そのものという印象です。

別れぎわ 姉妹は言いました、
「正に人の絶望(ぜつぼう)こそ神の開始です。そして
この深い傷あとは 神が私に残してくれた 
神の愛のすばらしい記念なのです。」

2010年10月19日火曜日

戚兄弟の話

★
1970年前後は迫害がとてもひどくなりました。
しかしそのころはギャクに
人から人への福音を聞いて救われる人が
ますます増えて行った時期でもあったそうです。
そして実に興味深いことには
その時期 ひどい環境にもかかわらず
神を信じる兄弟姉妹の体、健康状態は
よくなって行ったというのです。

農村地帯の兄弟姉妹の間でその頃 
多くの奇跡が起こりました。
これはその一例に過ぎませんが ある姉妹は 
キリストを信じた者への見せしめの為に 三角ぼうしを
かぶらされ 罪状を書いた看板を胸にぶら下げ 村人の環視
(かんし)の中を 歩き回らなければなりませんでした。

さらに悪いことには
この姉妹はひどい関節炎に苦しんでいたのです。
そういう姉妹の唯一の頼みは一本のツエでした。
容赦(ようしゃ)なく後ろから役人がドナります
「早く歩け」と。
しかしどうして早くなど歩けましょう。
姉妹はとうとう つまずいて倒れてしまったのです。

正にその時です、この姉妹はなぜか
あの唯一の頼みのツエを完全に忘れてしまったのです。
そしてその時シッカリと立ち上がった姉妹は あんなに
ひどかった関節炎が完全に癒(いや)されてしまった
ことをその身に感じたのです。

この事実はそれを目撃(もくげき)した村人たちに
強い衝撃(しょうげき)を与えたことは
言うまでもありません。
迫害という悪魔の努力は 正に逆効果となって
しまったようです。

2010年10月18日月曜日

戚(セキ)兄弟の場合

中国、地下教会の迫害された聖徒達
★
彼は現在66歳、2万人ほどいる「ある地方教会」の
働き人※です。彼の場合は1983年と2003年に
それぞれ数ヶ月間 獄(ごく)に入れられました。

もともと学校の教員であった彼は、68年に主を信じました。
しかし福音を伝えたために 70年に教員をやめさせられました。 
その時は共産党の思想教育を受けたそうです。その教育とは
「あなたが神を信じたのはやむを得なかったとしても、
これからは人に伝えてはいけない」ということでした。

教員をやめさせられた彼は それから漢方医療
(かんぽういりょう)の勉強を始め、医者として収入を得る
かたわら 一方では 総ての生活の中で主に仕えるために
その身を主にささげられました。

彼が獄に入れられた理由は
3万冊の詩歌(クリスチャンの歌集)を配(くば)った
ためでした。入獄中、当局(とうきょく)が知りたがったことは 
その歌集の責任者の名前だったのですが 彼はとうとう 
その告白を拒(こば)み通したと言います。ここで彼は
笑いながら面白いことを言いました、「態度はハッキリ
している方がいいのです。そういう私のようすを見て
何と役人も私を尊敬したようです!」。

「牢獄生活とはどんなものでしたか」という質問に
「そんな時でも 主の慰めによって私は大いに慰められ
ました」と言い しかし最も辛(つら)かったのは 完全に
兄弟姉妹との交わりから絶たれたことだったそうです。

また夜寝る時には 隣に寝る人との間隔(かんかく)が
殆どないほどせまく、とてもあお向けになどなれない、
それで どうしても体を横にして寝なければならなかった
そうです。(これはヒドイ)

今の彼はしばしば山に入り 薬草をとってきては 
福音の為に人々の病をいやし
また教会に奉仕する生活を送っておられます。

※
地方教会:
地方教会とは教会の名称ではなく性質です。
それは単に「ある場所内で召しだされた聖徒達」という
意味です。ですから 集まる場所は看板もなく、
ゴク普通の建物で どこが正門かもハッキリしないほどです。
(この場合 地方教会はウイットネス リーとは無関係です。)

また「働き人」「同働者」と言われている人々のことですが
彼らに「賃金」というものは全く無く、完全に神に
より頼むばかりの生活だと言います。ですから中には
この兄弟のように一面 医師として働いている場合も
あるわけです。使徒パウロを思い出しますね。

2010年9月6日月曜日

六度目の脳梗塞

間違いました。
心筋梗塞ではなく 脳梗塞です。
肝心なところのミスでした。ごめんなさい。

★
しばらくの間 
「山暮らしのキリスト」をお休み致します。

六度目の心筋梗塞(2)

その前日 即ちご主人の容態が悪化した日、
主は施設に ある人を配置しておられました。

既に三つの病院では 重篤(じゅうとく)なご主人を
受け入れることは困難でした。しかし何と
一人の看護士さんのある機転によって  
以前入院していた一番理想的なあの病院に
入院することが出来たのです。

ほどなく ご主人の体から点滴等の一切の管が
はずされました。舌はよく動かないのですが、
介添(かいぞ)えの人が口まで運んでくれる食べ物を
自力で飲み込むことが出来るのです。

顔に安らぎがうかがわれ その様子は正に幼子のようにすなお、
目と耳はよく働き、特に「イエス様のこと」
聖書の言葉や賛美に ことごとくよい反応を示されます。
皆で祈っているとき、彼は右手を天に差し伸べるのです。

2週間が経過(けいか)し、ご主人は入院前と同様
福生の「日の出荘」に落ち着かれました。
陽子さんにもまた以前の平和な日常が戻ったのです。

2010年9月5日日曜日

六度目の心筋梗塞(1)

陽子さんのご主人のその後です。
8月の初め その前日
陽子さんは自分の部屋で一人で祈っていました。
主はその時、過ぎし日の彼ら夫婦の姿について
陽子さんの目の前にアリアリと描き出されたのです。
たまらず陽子さんはあふれる涙の中
主に自分たちの 御前における罪について
一つ一つを心から主に赦しを願ったのだそうです。

そしてその祈りの中 
不思議なことに陽子さんは 
遠い施設におられるご主人の霊も共に
主に向かって祈っているのを
明確に感じられたと言います。

その翌日 陽子さんは突然 
施設からご主人の 極めて深刻な急変を知らされます。
(既に右脳と前部の脳の機能は停止状態の中
今回は左脳へのアタックだったようです。)
陽子さんは直ちに数時間かけて施設へと向かいます。

しかしその陽子さんよりも前に
娘さんが彼の部屋に着きました。
何とそれを認識出来たご主人は
まるで「怪獣のように」泣き始められたのです。

陽子さんがようやく到着しました。
娘さんが
「お父さん、待ち人到着よ!」と大きな声で言った
そのトタン えんえん一時間半に渡る怪獣のような
彼の号泣はピタリとやんだと言います。

2010年9月2日木曜日

祭壇

キリストの十字架は 旧約では
祭壇(さいだん)として描(えが)かれております。

従って祭壇上に縛(しば)りつけられ、
鋭利(えいり)な刃物で切り裂かれ
神の火で焼かれ 灰になった動物の実体は
実はイエスです。

更に旧約において
人が「その獣」の頭に手を置いた時
人はその獣と一つとされました。
手を置くことは一つ・連合を意味するからです。

これは何たる絵でしょうか。
私達が今日 
信仰によってキリストの頭に手を置く時
神によって私達はキリストと一つと見なされ

従って
「私と私の一切」はキリストと共に 
神の火によって焼き尽くされ、
そして
その煙は直ちに天にかけ上り それは
神を喜ばせる芳香(ほうこう)とさえなるのです。

これのみが
人が神の喜びとなる唯一の方法です。

2010年9月1日水曜日

プロポーション

九月
気持ちのよい朝です。
外では黒ツグミが元気よく歌っています。
さすが阿武隈 今朝は驚くほど涼しい朝でした。

部屋や家の「全体」が美しく見えるかどうかは
個々の物品の単独の値段や豪華さにあるのではなく

それらがたとえ安物であっても
個々の物品が「どう配置されているか」
にあるようです。
(私はこれを自分流に
「プロポーション」と呼んでおります)

俳句のよさも
単語の選択と配置で決まる
ように

私一人が見つめられたなら 
私はどうにもならない人間であっても

もしも私がキリストの体
エクレシアの中にあり
神によって 
適切な場所に置かれたのなら
私でさえ 
キリストの体の故に
その全体の美しさの故に
美しくも見えるようになる、
ようなものかも知れません。

2010年8月27日金曜日

昼食持参で

○日の集まりに
「皆さんが昼食持参で」
というあなたの提案は重要です。

あなたがおっしゃるように
あなたがマルタよりもマリヤであるために
また
「あなたの家」でのあつまりは
誰のものでもない
「イエス様のもの」である
ためにも
とても大切なことであると思います。

どんな人でもない
イエス様だけがエクレシアの主です。

2010年8月24日火曜日

夏は朝仕事

真夏 日中の外作業はきついです。
虫の襲来(しゅうらい)があるので 
あまり素肌を出すわけには行かない。
となると 山はいくら涼しいとは言え、
紫外線ギラギラの中での肉体労働はラクではありません。
汗はだらだら流れ「老体」にとって疲労は深いし
当然、熱中症もコワイ。

というわけで、今日 朝仕事にして見ました。
まだ薄暗さの中を外に飛び出し、日の出と共に作業開始です。
これがやって見ると 仕事はドンドンはかどるのです。
作業は予想外の短時間で終了「えっ もう終わったのかい」
という感じでした。夏は朝仕事に限ります。

気持ちのよいシャワーのあと 朝食のバナナ二本をいただき、
それではこれから レンジフード用
例外的160ミリもの大きな穴を壁に開けましょうか。
(こういうのは日中でもオーケーです)しかしこの穴あけ 
ちょっと緊張です、うまく行くといいのですが・・
(遠くの空から見守って下さい)

*
今11時半
穴あけ、ハイうまく行きました。強力で便利なツールでした。
なるほど こういう作業は キックバックは要注意ですね。
何と買って来たダクトの長さがちょうどよかったのにはビックリ。
短かったら悲劇?です。
本体を固定する前に 壁の仕上げをしないと。その後では
面倒ですから。だから本体設置は30日以後になるでしょう。

おかげさまでレンジフード作業は
今日で峠を越えました。これでひと安心です。

2010年8月23日月曜日

親愛なる坂本君へ(2)

この所 あれやこれやあり
このメールが大変 遅れました。

今 山小屋でこれを書いています。
(千葉の我孫子市の近くの実家と山小屋を
行ったり来たりの生活です。)
阿武隈も日中はまだ暑いのですが、朝晩は
もうメッキリ秋のような涼しさです。

*
「先生が100キロ以上のベンチプレスをしている時に
友達と2人で先生の介添の助手をしたことを覚えています。」
↑
ああ、そんなこともありましたね。懐かしいです。
でもごめんなさい、正直に言います。あなたの顔と名前がまだ
一致していないのです。これはトンでもないことなのですが
大崎中のアルバムをどこかにやってしまい、今 当時の生徒の
顔を思い出すスベがありません。ホンとにいけない先生です。
(何か方法がありませんかね、全員写真のようなものが・・)

*
あなたのこれまでの極めて重く大変な人生の歩み
よくぞ知らせて下さいました。とても嬉しいです。
整った立派な文章に あなたの誠実で勇気ある人柄が
しのばれ とても心が打たれ、そして暖められました。
本当に有難うございます。

実は私もいろいろとありました。
三人の息子のうち 二人は精神障害者で 
長男はいまだに入院中であり、そして
次男は去年みずからの命を絶ちました。

そんな中 
つい先日の20日 三男が結婚し、今は亡き息子の代わりに(?)
素敵な娘と新しい家族を得た喜び、父であることの喜びを
深く深く味わっているところです。

これは私の心からの実感ですが 
人生の意義と価値は本当に高く重く、そして
人として生きることは本当にすばらしいことです。 

あなたを
ブルースリーの松本君とカン違いして大変失礼しました。
ただ私の心は今でも 松本君を通して当時の生徒諸君に
向かっている ということです。

今こうしてあなたによって、当時の生徒達と
心を通じあえるのは何と幸いなことでしょう。このような
チャンスを与えてくださった君にとても感謝です。

だから、「山小屋への招待」も懐かしい大崎中の生徒達
に対する私の心でもあるのです。
よい機会に そのヘンの私の気持ちをお伝え下されば
幸いです。

それでは今日はこの辺で。
時間がある時にでも
またお便りを下されば幸いです。

今日は午後から
ダイニングの天井板を張りますよ。

2010年8月20日金曜日

おかげさまで

ワタル君のご結婚おめでとうございます。
とても嬉しいです。
一度もお会いしたことがないのに
失礼かもしれませんが、嬉しいのです。

*
本当に有難うございます。
ケンは 
際限なく水を飲む水中毒の恐れがあり
まだ個室なのですが
心の穏やかさが少し回復しているようです。
親としてこんな幸いはありません。

ワタルのことで
妻が嬉しそうにしているのを見るのは
幸せです。

今日は
赤坂の小さなホテルです。

2010年8月19日木曜日

「りっぱな弟だ ありがと」

妻がケンに
「ワタルの結婚にお祝いしない?」と言ったら 
ケンが「一万円あげたい」と言いました。

上記は
そのお祝いの袋によせた
ケンの自筆の言葉です。

親愛なる坂本君へ

坂本君と言えば 
ブルースリーが大好きで 大声で話す
あの強烈なキャラクターの持ち主、
私は決して忘れることが出来ません。

卒業生会へのお誘い本当に有難うございます。
真に申しわけないのですが 今回もその日は 
ちょうど都合の悪い日で参加はムリのようです。
本当にごめんなさい。

その代わりには 全くならないのですが・・
実は福島山中・阿武隈に「山の家」
(山小屋と呼んでいます)をいまだに建築中です。
この小屋、これからも永遠に終わることのない
「建築中」となるのでしょう。

それでどうですか。
よろしければこの山小屋に来て見ませんか。
働き盛りのお年ごろなので難しいでしょうが
来てくれたら嬉しいです。

郡山まで新幹線で来ればあっという間ですが
(その場合は 磐越東線船引駅まで迎えにでますよ)
でもやはり車の方が何かと便利でしょう。小屋は
滝桜で有名な三春町から国道288を更に更に
山奥に入ったところで、人の数よりも
イノシシや野ウサギの方が多いのかも知れない。

私も来年は70歳、
髪の毛は真っ白、当時の筋肉はどこへやら、
背丈も縮んで やせ気味の小柄なおじいさんに
なりましたよ。でも、大崎中勤務時代よりも
今の方がずうっと健康なのは不思議です。

今日はこれぐらいにしておきましょうか。
では。

2010年8月15日日曜日

TO セージ&マルシヤ

20日が近づいてきましたね。楽しみです。
その日私は 三男ワタルの結婚で東京ですが
小屋のカギはかけないでおきます。
翌日早朝 山に向かうつもりです。

セージさんへ、
レンジフード用の高いところのコンセント
もし時間があったらお願いします。
もう石膏ボードは張りましたよ。
その他石膏ボードが既に張り済みで
電気工事オーケーの箇所が幾つかあります。
あなたの好意に甘えました。しかし
ムリはしないで下さい。

*
TOセンセイ
ありがとうございます。
当日突然アイリが熱など出さなければいいな・・
と思っています。
ところでもう山を降りましたか?

長い間 鍵をかけないでいるのですか?
いくら山といえ、危なくないですか。
前回のようにポストに鍵を入れて下さったら
いかがでしょうか。

*
今まだ 山ですよ。18日 下山します。
あなた方は 翌々日に来るので
カギはかけないでも大丈夫でしょう。
(今はよくそうしているのです。
もしドロボーが来ても取るものもないので・・)
でももしカギがかかっていたらポストを見てください。
アイリちゃん、熱が出ませんように。

*
アイリが先週、夏風邪と「とびひ」で
ほとんど1週間ウチで過ごしました。
でも多分大丈夫でしょう。
勝手ですが ご飯茶碗と味噌汁椀を
少し持って行っていいですか。
今日、うちの近くにある市場で買ったのです。
それから圧力鍋はどうですか?
もし置いたら使ってもらえるでしょうか。

*
どうぞどうぞ大歓迎です。

※
マルシアは日系ブラジル人で、かつて
私の最後の赴任校 八王子の夜間中学の教え子でした。
日本語が全く分からずに来日、誰からの経済的援助も無い中
大学卒業をとげ 現在東京の公立施設の栄養士です。
夫君セージさんは日本人、東京都下の市役所勤務で
電気工事の免許をお持ちです。


★     
「みこころ」は日常生活の細部に
いついかなる瞬間にも存在します。
体と魂の全き静穏(せいおん)さ、そして
主に服従する心さえあれば・・

2010年8月14日土曜日

秋はもうすぐ

今朝は
結構涼しく上も下も長ズボン長袖でした。
秋はもうスグなのでしょう。

レンジフードの取り付けがまだ終わっていません。
フード本体から外へと煙を排気する煙突状の
曲げやすい筒(排気ダクトと言うのかな)が結構太くて 
壁に直径16センチもの穴を開けなければならないのです。
壁は9ミリ9ミリの外壁に12センチくらいの断熱材、
そして内壁の石膏ボードから成っています。

しかし16センチともなると 
インパクトドライバーの先に取り付ける歯が
どこの店にもありません。
それで「自在ギリ」なるものとドリルを
購入しなければならないのです。

たった一つの穴を開けるためなのに全く
もったいない話ですが 今回はやむを得ないでしょう。
次回の下山の時にジョイフルホンダで買うことになりそう。

ぼちぼち天井を張ろうかなと思っております。
そのためには今日午後 移動可能な踏み台(足場)を
作らなければなりません。
明日からは ピアノ室にも張った超安価な
米松の野地板(一束970円)を
ドンドン張って行けるかな?

今朝は暗い雨模様だったのに 今はカンカン照り、
午後一時ともなると ここもまだ暑いです。

2010年8月10日火曜日

山に戻りました

大げさに言えば ほぼ一日がかり、
とてもノンきなロングドライブの後
小屋に着くと ご苦労さんと自分に言い
次に思ったことは、やっぱり
小屋はいい、山はいいな、でした。

今回「下界」滞在は大した期間ではなかったのに 
とてもしばらくぶり、という感じがするのは
どうしてでしょうか?

立秋はとうに過ぎたとは言え 正に今が盛夏。
小屋を覆(おおい)いつくさんばかりの
コナラ林の緑を通して 強い西日が
まぶしく部屋に溢(あふ)れています。

しかしどうしてでしょう、夏の真っ盛り 
こんなにも強烈な光の季節なのに 
その強い美しさの中にも
ある「さびしさ」を感じてしまうのは。

この14(土)15(日)高速道路は
トンでもない渋滞が予想されるとか。
今日の常磐道ですか?
私はあまり高速に乗りません。それでも
日立南から日立北までが上(高速)でした。
そうですねやはり 走る車も パーキングエリヤの
混みぐあいも いつもの1・5倍くらいはあったでしょうか。
「えっもう混んでる」と私は思いました。
それでも渋滞などは今日に関する限り
全くありませんでした。

しかし
14、15あたりは 当然そうは行かないでしょう。
上(高速)に溢(あふ)れた車が下(一般道)にまで
流れて来なければいいのですが・・

お盆に帰省される皆さん、
どうかノンビリと安全運転を。

2010年8月9日月曜日

キリストの中に失う

愛する者の問題は 
主と共に十字架に向かう途上(とじょう)で
総ての歴代の聖徒達が同様に通った道です。

不思議なことに あなたと同じ様に
この数日 もうすぐ七十歳になる私でさえ 
今に至るも それを引きずり続けている
と感じて来ました。それはやはり相当辛いことです。

*
しかし霊の中には ある確信があります。それは
今 この苦しみの中を 主と共に経過(けいか)することは
遂には愛する者の真の益に繋(つな)がる ということです。

私が主に従い 十字架に向かうことは 
愛する者を「キリストの中に失う」ことです。
そのような時私達はどうしても 愛する者を 決定的に
喪失(そうしつ)してしまうように感じるのです。
しかしそれは事実上 
愛する者を「キリストの中へと失う」ことです。

今もしも私が「人情」の中でその人を捕らえようとするならば
「私の手の中に」彼を握ることにはなるでしょう、しかしそれは
私は愛する者をいずれ キリストの外へと失ってしまう
ことに繋がるのかも知れません。それこそ最大の悲劇です。

しかし私が
キリストの中へと愛する者を失うのであれば
わが愛する者はいずれ確実に 全能のキリストの御手の中で
真の命の領域(りょういき)の中へと
移されるに違いありません。

命を得ることは 
総ての「私の愛するもの」、私自身でさえも
キリストの中へと失うことです。

2010年7月29日木曜日

今日もよい日

昼食後 突然
何と「あの平原(ヘーゲン)兄弟」が 
短い仕事の昼休みの休憩時間を取って 
この小屋をわざわざ訪問してくれたのです。
(今日の彼の仕事の現場はこの近くではないのに)

私の方はあの時以来 いつどうやって
平原若夫婦をこの小屋に招き、
牧師であった彼の父上の事などについて
伺(うかが)ったらたらよいものかと 
いろいと思いめぐらしていた所だったので 
とても積極的な 彼からの来訪にはどうしても
不思議な導きのようなものを感じてしまいます。

つい先ほどまでの ゴク短時間ではあるが
彼との胸の高鳴るような交わりの結果 
私の次回の下山のおり 私が千葉県在住の父上宅を
訪問するのがよさそうです。お父様も
私に関し 強い関心を寄せておられると聞きました。

更に 私長年の念願であった
この村における 小さなキリスト者の集まりも
ほどなく実現するのではなかろうか
と期待せざるを得ません。
何しろ彼は間もなく 今はキリスト者となられた
林産の社長の長女と共に この村の村民なのですから。

今日もとてもよい日です。

☆
行政的には ここは今 
福島県田村市都路町なのですが、私の中では
いつまでも「都路村」なのです。

恵みと律法&都路村の国道

人が神の為に事をなすのを「律法」といい
神が人の為に総てのことをして下さるのを「恵み」と言います。
律法の時代は過ぎ去りました、今は完全に恵みの時代です。
それゆえ
私達の日々は 溢れる恵みの享受に満ちていて当然です。

*
今朝はさすがに皆さんのところでも 
「猛暑の一息」ではないでしょうか?
こちらは今 長袖(そで)ででないと寒いのです。

「和歌山の皆さん」はもう
嬉しい 多忙の毎日に入ったのかな。
それとも 嬉しいどころではない?
(これは、サトに帰ってもうすぐ出産する娘をかかえる
妹夫婦への声援です)

ようやく昨日
ある人の助けを得て例のレンジフードを壁にセット出来ました。
今日はそれに排気筒をつける工事になるかも知れません。
それには壁に穴を開けないと。

都路村の国道は面白い。
向こうから来る対向車が知り合いだと 
国道のド真ん中に車を止め、
窓を開けて「ヤアヤア」とばかり「車の立ち話」となります。
立ち話と言っても
二人のおじさんはモチロン運転席に座ったままですよ。

2010年7月26日月曜日

正常な交わり(礼拝)

これは聞いた話ですが あるところで
①自然に無理なく始まった(ヨハネ4の4~6)
少数の兄弟姉妹の交わりが とうとう
何とえんえん7時間に及んだそうです!
これは異常なのでしょうか。イナ むしろそれは
その交わりが正常であったことを示していると
私は考えます。

②まずその開始にムリがありません。そして次に
真の礼拝には確かに「何か内に燃えるもの」がある筈です。
だから兄弟姉妹は それを中途半端に終えることにはむしろ
かなりの難しさを覚えるのです。(この現象は
ルカ24の32にもアザやかに示されています。)

③更にそこには
「この世(物質)の話」は殆ど現われません。
「物質の水の話」を持ち出すとしても それは、そこから
「真の永遠の水の話」を誘導(ゆうどう)するためです。
(ヨハネ4の7)
そして永遠の水の話は遂に「実際の永遠の水」を
その場から湧(わ)き出させ 流れ出させるために
他なりません。(そうでなかったら意味がない)

そのようにして
物質の水の話が永遠の水の話に置き換(か)わり
ついには本物の永遠の水の潤いそのものが
④私の「手の中にぎっていたもの」(水がめ)を
自然に捨てさせる結果とさえなるのです。(4の28)

⑤更にもしかして
この命の水の流れ出は 遠く街にいる人々のカワキをも
潤してしまうことに繋(つな)がるのかも知れません。
(4の42)

⑥このような礼拝は 
しばしばこの世の食事を忘れさせ、この交わりこそが
「真の食べ物」であることを知らせてくれます。(4の34)
その結果キリスト者は容易に「真のもの」と「単なる絵」
との相違を体感することになります。そのようにして初めて
私達は真に「霊的な認識」を得るのです。
霊的な認識とは要するに「本物を知る」ことに他なりません。

⑦最後にこの交わりは
神の「みこころの進行」と深い関係がある
と言わなければならないでしょう。(4の34)
このような礼拝は 私たちが
・神の御心とは何であるのか、そして
・御心と私との密接な関係を知り 更に
・私が実際に御心の中に自分の身を置く時に
初めて 無理なく発生する現象です。

*
更に付け加えるならば
ヨハネ4章において主イエスは
「この世の礼拝、宗教の中の礼拝」に関する人(女)の主張を
「真の礼拝」の話へと変え、遂には
彼女と人々を「真の礼拝そのもの」の中へと
導かれたことをも見ることが出来ます。

確かに 真の礼拝のチャンスは
「人間生活の自然な営み」の中に無数に隠れている 
と言えるでしょう。

2010年7月24日土曜日

小鳥

正体不明、怪しげな音が 
居間のどこだろう、しかし確かに居間のどこかから
発している、コトコト、パリパリ、ガラガラと。
正にこれは怪音。

冷蔵庫の氷の音かなと思って調べて見る。
しかし違う。
それでも また一定時間の後 同じ音が居間に響く、 
バリバリ、ガラガラと・・。

この正体は実は
薪ストーブの煙突の上から紛(まぎ)れ込んだ小鳥が
煙突を落下し、火の無い暖炉のなか ある間隔(かんかく)で
バタついている音だったのです。

かように いろんな鳥がマサカという方法で
この小屋の中に飛び込んで来ます。
中には
死んで初めて私に発見される小鳥も。
厳冬(げんとう)の中 
それまで必死で生きて来たであろうケナゲな姿で・・。

*
昨日 
下山の仕度(したく)をしていた時
一羽の小鳥が西デッキの人工芝の上 居間の中を
のぞくようにガラスごしに 居間に対して真っ直ぐに
座りこんでいます。
忙しいので 気にも留めなかったが
少したって気付くと彼はまだ 前と同じ姿勢でぼんやりと
部屋を眺め続けているのです。

こんなことが数回続き、
私もさすがに「何だろう」と近づいて見る。
それでも逃げない。とうとう大きなガラス窓を全開する。
それでも逃げない。
そして「君どうしたの?」としゃがんで話しかける。
これでも逃げないのだ。
この時 私との距離はわずか数十センチ。

そして
「いくら何でもこれは変だ、病気かな」と手を伸ばした瞬間
彼はハッと我に返ったように とても元気よく
森へと飛び去って行ったのです。

それにしても
彼の目的は一体何だったのでしょう。

2010年7月22日木曜日

とてもよい日

・朝6時40分、
たった今 
ロイヤルロード(林道から小屋までのガタガタ道、200m?)
の穴に土嚢(どのう)を埋める補修(ほしゅう)工事を
一人でして来たところです。もうスグ70歳の身
重い土嚢を運ぶのはこたえます。

このロイヤルロードは相当 粗悪(そあく)な舗装
(ほそう)工事をしたようで、激しい雨水の流れによって
たやすく穴が開(あ)いてしまうのです。
ヤレヤレ今後 何度もこのような
補修をくり返すことになるでしょう。
こんな肉体労働、日が昇ったらもうできません。

・12時50分
隣の別荘で 草刈機の音がするので
様子を見に行きました。
この別荘のオーナーの老夫婦は最近姿が見えません。
きっと 20数年前
ここの別荘地を開発して売り出した都路林産が
この夏 ルス宅の草刈作業を請(う)けおったのでしょう。
行くとちょうど3人の作業員が一プクしている所でした。

見ると
その内の一人は明らかに
この辺では珍しい西洋人ではありませんか。
聞くと 彼の血はスイス人で
何とおじいさんがその昔 日本に帰化した伝道者であった
と言うのです。

更に嬉しいことに 彼のお父さんも もとは組織の
伝道者だったのですが今は「ただの一キリスト者」として 
福音を伝える使命を感じておられる とのこと、
このお父さんは千葉県におられるようです。
それでその子供 即ち目の前の彼に いきなり
「所で あなたもイエスキリストを信じているのですか?」
と聞くと「ハイ 信じています」というハッキリした
返事が返って来ました。

彼の名前は平原(へーゲン)で 
何と既に林産の社長の娘と結婚しており
間もなく彼もこの「都路村」に移り住むというのです。
きっと彼ら夫婦は近い将来
この小屋に遊びに来てくれることでしょう。

私がこの地に 
「いつまでも完成することのない山小屋」を建て始めて
はや20数年 ようやくこの「村」で 
正真正銘(しょうしんしょうめい)のクリスチャンに
出会えたようです。(私はそのことをズウッと
祈って来たように思います。)
だから今日はとてもよい日です。

2010年7月16日金曜日

命と死

聖書的にいうならば
サタンが「生きている」ということは
あり得ないことです。

なぜなら「神の標準」から見るとき
「死を経過した命」によってのみ初めて
「生きる」ということがあり得るからです。
当然サタンと復活とは全く無縁(むえん)です。
(注:この場合の復活とは「キリストの復活」です)

現在サタンは生きてはいませんが
しかし「活動している」ことは確かです。
ところがその活動と彼の語りの本質は
死であり 死に向かう腐敗そのものです。
本質的に彼に「真の命」はないからです。

彼の唯一の目当てはひたすら 人をして
腐敗経由(けいゆ)で 命の対極である
死(彼の本質)の中へと誘(いざな)うことです。
死にも力があるのです。

命の究極は神ご自身であり
腐敗と死の究極はサタンです。
この二者は極端な対極に位置し
その交流は絶対にあり得ません。

私達は サタンが私に何を語り、何を見せ、
何を感じさせるとしても
彼が見せる「現実」の本質は 私たちを
「腐敗から死」(即ちサタンの本質)へと
至らせようとするものである
ことを私達は知るべきです。

この事実を私たちが
信仰と確信をもってサタンに告げるとき 
初めて彼は退くでしょう。

*
主は「その死によって、悪魔という
死の力を持つ者を滅ぼされた。」
(ヘブル2の14)

2010年7月14日水曜日

ある会話

昨日、ある場所で一人
強く主のご臨在を感じました。
しばらくの間
大きな幸福感と喜びに浸(ひた)されました。
しかし間もなく 興奮はスーッと消えました。
とても不思議な経験でした。

*
よき証しを感謝します。
そのスウーッと消えた方の経験が 
すばらしいと思いました。

まるで2000年前 主の復活後の 
弟子たちの生き生きした経験を
直接あなたから聞くような思いです。

幸福感や臨在感を
与えるのも 取り去るのも主です。
どうであれ 
事実として主は「常に」臨在され、そしてまた
全く信頼にたるお方であるという真理は
微動(びどう)だにしない、
ということですね。

*
マタイによる福音書は
「見よ、私は世の終わるまで、
いつもあなた方と共にいる。」
(マタイ28の20)
というイエスの言葉で完結しており、
その後には 何も書かれておりません。
即ち
この福音書の最後においては
(実はヨハネもそうですが・・)当然あるべきはずの
「主は天に昇って行かれた」という記述はないのです。
ですから これは確かに 
無限なキリストにおける「事実の一面」です。
従って彼は
(当然 復活のかたちにおいてですが)
地上にいる私たちと 
今も共におられることは確実です。

2010年7月11日日曜日

パン裂き

感謝です。昨日 
ある小さな家で行われた「パン裂き」にあずかる
ことが出来ました。

さて今日 
あのキリストの「物質の体」は遥(はる)か御座にあり、
もはや地上にはありません。
ですから当然 私達はイエスの肉体に 今この手で
触れることは絶対に不可能です。

しかし敢えて言えば
キリストの体の物質の面が今地上に全くない、
わけでもないのです。
それは現に 今日私たちの間に イエスが設立された
「パン裂き」における「物質のパンとぶどう酒」が
存在するからです。イエス自身が「これは私の体である」
とまで言われた深い意味を私達は
軽視(けいし)するべきではありません。

私達はまず 時間をかけ
テーブルの上に置かれた「静かで物言わぬ」
あのパンとぶどう酒をジッと見つめるべきです。
そのパンの焦げめの微妙さに至るまで!

それから おもむろに一人一人が自分の指で
そのパンに触れ、砕(くだき)き その香りをかぎ 
舌で味わうのです。

そのようにする時、私達は確かに
私たちの五感を通して啓示される驚くべきイエスの
さまざまな面を実感することでしょう。

聖書さえ持っていなかった初代の兄弟姉妹が
所有していたものはゴクわずかでした。その中に この
パンとぶどう酒、そして互いの交わりがあったのです。

(昨日ある兄弟がくしくも言われたように)
神はそのような、日常生活のレベルで行われた
単純な集まりを通して イエスキリストの
十字架と復活 昇天の意味を 深く深く
兄弟姉妹の霊に啓示されたであろうことは
疑いの余地がありません。

2010年7月9日金曜日

トラツグミ

暗いキリが降る梅雨の朝です。

何と今、南の森でトラツグミが啼(な)いています。
普通 トラツグミは真っ暗な夜に
「静かで長く尾を引くものさびしいシノ笛」
のような音を発します。
ある人にはこれは 極めて不気味に感じられるでしょう。

ですからこの夏
この小屋に泊まられる皆さん、
夜トラツグミの声におびえてはなりません。

十字架の釘跡(くぎあと)

今私たちの手に
十字架の釘跡がどれだけあるでしょうか。
十字架の釘跡がなければ、
聖霊の注ぎ油はあり得ません。

主イエスの死とは実は 
「アダムにある総ての人」に対する神の判断と結論です。
それは即ち 
「文句なしに 総てのものは死ななければならない」
ということです。

ですから どうしても
神は 主イエスが死なれるまで
待たなければなりませんでした。
その死を見届けられた後で
神は初めて聖霊を遣(つかわ)すことが出来たのです。

従って
私達の経験における「聖霊の満たし」もやはり 
私たちが明確に十字架を担(にな)った後に
やって来なければなりません。

それ故
こんにちの私たちの生活とは 神の手から
十字架の釘跡をいただく為の日々である筈です。
そのためにはまず 今日この日 私の心が
他のものにではなく 
真にキリストと彼の十字架に向かっていなければ
ならないのです。

あなたが そのような心を持つならば間もなく
他の人々とあなたの環境が
あなたを「キリストの十字架」に付けに来ることでしょう。
それこそが「日々のあなたの十字架」に他なりません。
(先人の言葉より)

*
「これは・・私のための聖なる塗り油となる。
それを人の肉に注いではならない。」
(出エジプト30の31~32)

2010年7月7日水曜日

ただ神からの光によって

前の記事の「一切」☆というのは その時点で
「私が意識させられているもの」に限ります。

私は 今に至るも「まだ私の知らない多くの罪」を
持っていることでしょう。それは当然のことです。
それは「無限な聖の光」の中を歩まれる神の目から
見るならば 当たり前過ぎる事実です。

ところが、それらの罪は
「今の私」には責任がないのです!
(しかしそれらの罪でさえ キリストの血の適用を
受けていることを神に感謝します)

その「今の私が知らない罪」に関しては 私は
ムリな内省などは むしろするべきではありません。
内省とは自分の心を掘り下げ、見つめ観察することです。
またキリスト者は 決して人まねや
他人の霊的なことばのサルマネをしてはなりません。あくまで
「神から直接受けた光」に従って今 捨てるべきであると
感じさせられるものを捨てるだけで十分です。

5才の子供が 50才の大人の口ぶりをマネるとか、
知ったかぶりをしたり 大人の道徳のマネをして、大人の
フリをするのは とてもヘンであり むしろ見苦しいことです。
5歳児は5歳児らしく自然にふるまうべきです。

しかし来年になって
私が神から「新たな 更に強い光」を受けるならば その時
その光の中で 私は初めて「私の視界」に飛び込んで来る 
より小さなゴミを見るのです。そのようにして初めて
私の中にあった新たに今 落とすべき罪やこの世が示され、
私は「それは私にとっては」罪であり世であると言う
「霊的な知識」を得るのです。

その時から 私は「現に見させられた」が故に それ以後
私は その「見たという事実」から逃れることは出来ません。
その見たという事実に対して 私がどうふるまうのかは 
それ以後 神の御前においては 明確に私の責任となります。
もしも聖霊が 私の「霊の中の 良心によって語る声」に
従わないとするならば それは明らかに私の罪となり、
それは深刻な事態である と言わなければならないでしょう。 

そのような命(この場合は「視力」)の成長や変化は 
キリスト者として当然 あるべき姿です。
そのようにして キリスト者は無理なく自然に、より円熟へと
向かうのでしょう。きっとそこには(どんな霊的な年齢層に
おいても 即ち 霊的赤ちゃんにも、若者にも、壮年にも)
それなりの自然な美しい命の現われがあるはずです。

私たちが受けたのは命であり、決して「霊的」徳目の
遵守(じゅんしゅ)や文字の道徳や善悪ではありません。
自然さと美しさこそ命の特徴です。

従って私たちはただ 互いの
「霊の命の成長や 聖霊からの語りかけ」の為に励ましあう
べきであり 他のキリスト者に「私の標準」から ある規定を
押し付けることなど決してするべきでないことは明らかです。 

*
しかし今日は別件としてですが・・
もしも長い間 神からの生ける「語りかけや光」がないと
言うならば それは より重大な問題です。
人が体だけ大きくなっても 精神がいつまでも五歳児で
あるならば それは極めて異常であるのと同様です。
これは別の大切な問題として 
改めて考えなければならないことです。

いずれにしろ、
日々 キリスト者の霊の中で語る静かな
「聖霊の生ける語りかけ、神の生けることば」
(即ち「文字」ではなく 神からのレーマのことば)が
キリスト者にとって 
極めて根本的な必要であることは明らかです。

山暮らしのキリスト

感謝なことに 私は既に二十歳前に 
「神の永遠の命」をいただきました。

しかし、
ある団体(「教会」)から離脱した後 何と
十年以上も「私にとってとても魅力的に見えた 
この世を愛することに専心した」時期があったのです。

無論 新しく生まれた者は永遠ですから 
それでも私はキリスト者でした。
だから あの当時でさえ 私の意志とは関係がないように
時々「主よ」という「ため息」がわいて出て来るのでした。

その頃の私の勝手な 祈りとも言えないような祈りは
「主よ 私はまだしばらくこの世を愛したいのです。
だからどうか大目に見てください。だから今 
私を突然 殺すことだけはどうかカンベン願いたいのです。
なにとぞ この点だけはよろしくお願い致します。」
というものでした。だから
私はいつの日か 主のもとに戻るであろうことは 私の霊の
中では当然のように感じていた と言えるでしょう。

しかしその十年余 それは真に真に愚かな日々でした。
その愚かさをレンメンと書きつづるならば、面白おかしい
小説の1つ2つはスグにでも書けるような気がしますよ。

しかしついにその時が来ました。と言うのは
私は「本当の心の安らぎ」(絶対にそれはこの世にはない)を
得たかったし、私自体が「永遠の存在」であることは十分に
分かっていたからです。そのことを、私はとても愚かではあったが
「神の何か」を損するほどには愚かではなかった、 
と表現してもよいかも知れません。 

ある日ある時 私は完全に主に戻りました。
そして私はその時「主よただ今私はあなに戻りました」と
言うだけではなく
私に関して父なる神が ハッピーと感じられないであろう
物や事 即ち 私が主に背を向け 密(ひそ)かに心の深くに
大切にかかえて来た「一切」☆を主の足元に投げ出したのです。

正にその日からです。 
主はこの小屋にも住み始められ、私は
日々その表れを次々と見ることになりました。
ですから私の「不思議だ」と言うツブヤキは その日から
今日に至るまで 毎日のように口をついて出て来るのです。
「これは不思議だこれは主だ」というフレーズが
毎日絶えず 私の口からわき出て来るのです。

イザヤ書によれば 
キリストは「ミスターワンダー(不思議)」です。
従ってクリスチャン生活が
ワンダフルであるのは当然のことでしょう。
(ワンダフル=不思議でいっぱい)

キリストは
都会だけでなく山奥にも そして「たった二人っきりでも」
十分に暮らすことがお出来になります。
「山暮らしのキリスト」は本当に「すばらしい」!

2010年7月5日月曜日

畳のカット

きのう「畳みたいなもの」のカットはうまく行きました。
カットしてみたら その畳の内容物は スポンジでした。
だからこれは「たたみ見たいなもの」ということになります。

今日はその下に 
ハッポースチロールの断熱材を敷く予定です。
もしそれが早く終われば、
例のフィックス窓の段取りにかかります。

*
人には極めてユニークな機能・霊があります。
人の特殊性と価値は正にその点にあります。
人は「人の霊」によらなければ「神のこころ」を
「知る」ことは決して出来ません。
神に関わることを「知る」には 
「聖霊が人の霊に知らせる」こと
によって初めて可能となるのです。

神に関わる総ては自然界を超えたものですから
自然的、物質的な人の知る機能(肉体、知性、魂、感情、
思い等)によって知ることは全く不可能です。 
(創世記1の24の「生き物」と訳された原語は
何と「魂」です。だから人の魂も知性も物質に属するのです)
聖書にある「知識」という言葉は、全部そういう手段・霊を介して
聖霊が与えた「霊的な知識」のことです。

ただし
キリスト者は霊の中で「知った」ことを 後に思いを用いて
その内容や意味を「理解する」ということはあり得ることです。
しかし
   ①「霊で知る」(深い所で何かをつかむ、という経験)
  →②後に思いによって以前「知った」意味を理解する
という順序は決して変えることができません。
ですから「キリスト者のすべての認識」のスタートは
完全に霊だけによらなければなりません。
人は「聖霊が人の霊に神の事柄を知らせられる」ときにだけ
初めて「神の事柄を」を「知る」ことが可能となるのです。
それはまた「啓示」或いは「油塗りの教え」と表現しても
いいでしょう。

聖霊が「霊に語る語りかけ」は必ず
魂の従順や静けさの中で行われます。
従ってあるキリスト者達が好む「圧倒的、火のような聖霊経験等」
は 実は聖霊ではない、他の霊による可能性が多分にあります。
特に「肉体に関わるそのたぐいの経験」は極めて危険である
と言えるでしょう。

2010年7月4日日曜日

部屋の真中に電柱が立っている

また 舞い戻って地下の客室をやっています。
今日は タタミを敷(し)けるでしょうか、
ちょっとムリかな。
部屋の形が「超いびつ」なので 
タタミをさまざまにカットしてから敷(し)く必要が
あるのです。

これは本当の話なのですが
この地下部屋のところどころに 
何と古電柱が立っているのです。このわけは
説明がめんどうなので今日は割愛(かつあい)しますが 
皆さんはこれをどう推理されるでしょうか。

タタミをカットしないとあの部屋にタタミは入らないのですが
要するに、素人(しろうと)が大工さんのマネごとをする
と言うことは、まーいろんなことをやるはめになる、 
と言うことなんですね。

さて
一階の客間が少し暗いので 東側の何もない壁に
明り取り用のフィックス(はめごろし)の窓
(90cm×60cm、寒冷地なのでペア・二重)
を入れたいと思っております、出来ればこの夏中に。
開閉可能な窓を作るのは結構めんどうでしょうが
フイックスならば 簡単でしかも 極めて安価に出来ます。
それは素材が ガラスでなくプラスチックだからです。
多分 窓枠も入れて全部で3000円くらいで済むでしょう。

*
突然ですが
人にとって最も大切なもの:
それはまず
「神のこころ」であると思っております。それは
「みこころ」と言ってもいいのですが
「みこころ」という使い古された言葉には
宗教がしみこんでいるように思います。だから私達は
ついウッカリ この超重要真理「神のこころ」を
何気なく通過させてしまうのではないでしょうか。
(新約聖書には非常に多く出てくる言葉なのに)

もう一つは「人の霊」です。
人の霊によらなければ 人は神のこころを
「真に知る」ことは決して出来ないでしょう。

更に付け加えます。
多分当時 大工としての主イエスの仕事も 
煩雑(はんざつ)でさまざまな筋肉労働、肉体労働を
含んでいたはずです。
要は 当時の大工は「何でも屋」なのです。人々のいろいろな
要求に応える「何でも屋」ほど大変な仕事はないでしょう。
(私のように 自分の好きなものをマイペースで作る
要するに「遊び」とはわけが違います。)

彼は 父ヨセフが若くして世を去った後、本業の他に
残された母に孝養を尽くし、妹、弟をかえりみるという 
極めて過酷な日常を送られていたと推察されます。

それゆえか
年齢的には30歳くらいの青年イエスに対し
「まだ50にもなっていないくせに」と悪口を
言った人がいます。多分イエスには
「この世がしたうような美しさ」はなかったことでしょう。

2010年7月1日木曜日

近況です

はやもう七月。
今 ちょっとした梅雨(つゆ)の晴れ間、
気持ちのいい青空がロフトの窓からのぞかれます。
これ二・三日 続くといいけど。


この夏 或いは 
一度に多くの来客があるかも知れないと、
地下室にボードを張り始めたのですが、どうも今回は
その必要はなさそうです。

ですから 実家の近く 千葉ニュータウンの
ジョイフルホンダから買ってきた9ミリのボードは
ロフトの客間、ななめ天井部分の低い所に張りましょう。
でも、相当高いところに182cm×92cmの重い
ボードを一人で張るのはとてもムリなので、後日そこには 
板を張ることにします。
(でもこんなボード 一人で張るいい方法があるのかな?)

以前、ピアノ室?の壁と天井に板を張って見たら
一束1000円もしない、超安物の板なのに 
縦張りにして見ると意外にキレイに見えるのです。
工事はラクだし 天井に板もまたいいものです。
それにしても 
一つ天井にボードと板を両方張るという
なんとも横着(おうちゃく)なこのやりかた!

(小さく見えるこの小屋も 実は意外と大きく、
地下にも泊まってもらえれば夏だと8人、9人は可能です。
しかし私自身、この小屋 総床面積が何坪あるのかは
いまだに分からないのです。
なぜでしょうか、計算して見る気にもならないのですよ)

奥歯がうずくので医者に行って見たら 歯周病だそうです。
え、それ昔聞いた恐ろしい歯槽膿漏(しそうのうろう)でしょ。
ああ、私もついに!これも加齢(かれい)の兆候
(ちょうこう)かと すこしガッカリして、
これからどんなスゴイ治療が始まるのかと身構えていたら 
何のことはない、ちょこちょこっと歯の周りを消毒して
総てが終了です。恐ろしいような、よかったような、
なんだかもの足りないような、昨日の歯医者さんなのでした。

2010年6月29日火曜日

昨日の証しを読んで

*あるメールから*

僕の場合は、試練や困難があると
つい神から罰せられているとか、
懲(こ)らしめられていると思ってしまうのですが、
実は訓練なのですね。
改めてそう思いました。

以前の僕の信仰がそうでした。
外面的な、目に見える祝福があれば
とても喜び感謝し、試練や困難が来ると
必死に回復と祝福を祈る、というパターンでした。

しかし一番大切なことは 
「主の御心と主が備えられている道」に焦点をあて 
そのようにして、僕自身が主からの取り扱いを
むしろ「喜んで」受け入れることではないでしょうか。
今 父なる神が彼の愛の中で 私たちを
そのような道へと導いて下さっていることを信じます。

比較することではありませんが、
御子イエスも「十字架に向かう」という壮絶(そうぜつ)な
道を歩まれました。しかし父なる神はそれに対して
何もされず ただ黙されたのです。
これは何ということでしょう。
このことをどう表現したらいいか分かりません。しかし
それは 私たちに対する大いなる神の愛からのものです。
これは、よく私達クリスチャンがイメージする
「いわゆる愛」とは相当違うように思います。

そこで
私たちに対するこの「神の取り扱い」は 
そのような神の愛と決して切り離しては考えられない
のではないでしょうか。しかし確かにそれは神御自身から
に違いないのです。本当に神を賛美します。

全てが 
神の愛の御手のなかにあることを信じ
この兄弟の為に祈ります。

山に戻りました

要するに 
この世界は事実とウソとの戦いです。

同様に(しかしその本質はだいぶ違うのですが)
宇宙も極めて高度な真理とウソとの戦いです。
しかしその結末を言えば
真理とウソの性質上 
真理の絶対的な勝利は目に見えております。
だからウソにだまされず 常に断固ウソを排(はい)し 
真理の中にとどまりたいものです。

☆
山に戻っております。
今日から 夕方だけでなく、
早朝の軽い山歩きも始めました。
これは健康にはとてもよいでしょう。
今日は「ダビデの道」と命名したその小道をふさぐ
たくさんの倒木を少し片付けました。
これにはもう数日かかるでしょう。
こうなるとこれから
上半身の運動も考えなくては・・と思わされました。

今日からまた
地下室のボードはり(今日から天井)をします。
9ミリの石膏ボードです。

2010年6月28日月曜日

先ほど あるメールから

今や、どこを見ても、
私は自力で この状況から逃れる道を
見出すことはできません。
自分ではどうにもならないのです。
精神的にも実際的にも 全く身動きが取れません。
まるで暗く狭い場所に閉じ込められているかのようです。
今の私には、
この苦痛から逃れることしか考えられない、
と言ってもいいでしょう。

*
しかし
不思議な平安と充実感があるのです。
今の期間は主の訓練であり、
平安な義の実を結ぶに至るものである、
という信仰があるのです。

自分にとって、主の訓練はいつも、
まったく絶体絶命、ギリギリのところまで
追いつめられるものばかりでした。
余裕を持つ暇(ひま)など、一切ありません。
この環境はとても厳しく 実のところ
弱音をはくこともあるのですが
父なる神に、私は子として取り扱われているのだ、
と信じることが出来るのです。

限界点に達した時はよく、
主からの光を得て感動させられ、
励まされ、力が与えられます。
主の照らしを受ける時、
癒(いや)しと慰めがハッキリと与えられます。
その時フト 苦痛が消え去ってしまうのです。
これはとても不思議です。

これまでは、
涼しいところ、暖かいところで、お茶を飲みながら、
ゆったりと主を語り合うことしか知らなかった自分です。
私の信仰は何と幼なかったことでしょう。

今は、毎日が荒野のようです。
しかし私にとって
その「荒野のただ中で私に出会って下さる主」
を知ったことは、
何にもまして素晴らしいことでした。


☆
皆さん、この兄弟の為にお祈りください。
正直「私の実感」の中では主はなぜ いつまでも
この兄弟をこのままにしておかれるのだろう、
と言うものです。

キリストの賞賛

人間の存在(霊、魂、体)の中から 
よきものが出てくる可能性は一切ありません。

だから 
十字架によって 
人の総てを破壊(はかい)していただき
「キリストの信仰」によって
「総ての善きものの源なる神」と人が結合する
以外に人の取るべき道は全くない、
と思われます。

それが
福音書でキリストが人を賞賛(しょうさん)した際 
その対象が唯一「人の信仰」のみであった理由です。
しかしながらキリストはその時 実のところ
神を賞賛されたのではないだろうか
と私は考えているのです。

*
日本語の聖書ではあまりハッキリと
訳されていないようですが 
パウロが「人の信仰」に触れた際 
多くの場合 それは「キリストの信仰」である
と明言しております。
この内容は実に深く奥義的ですが 事実です。

2010年6月27日日曜日

KMさんへ

ヨハネ10:16を見ると、
教会とは一人の人である ことが明確ですね。

*
ハイその認識はとてもすばらしいと思います。
教会(エクレシア)とは一面 
時空を超えた存在であり、もとを正せば
「一人の人」に他ならないことは
新約聖書の大きな主張です。
簡単に言えば その一人の人とは 
「あのブドウの木」そのものであり
「今日の奥義的な天地におられるキリスト」です。

この「今日の奥義的な天地のキリスト」を
「霊的な目で見る」ことは その人の人生を
完全に変えてしまうほどスゴイことです。
(ハドソン テーラーのように)

「今日の奥義的な天地のキリスト」こそ
エクレシア(真の教会)なのですから
キリスト者が一人一人 総て 
キリストにある(IN CHRIST)キリストと一つ
であれば この時空の中でさえも 
教会には何の問題もなく教会は完全に一つの意志のもとに
存在していることでしょう。
何故ならエクレシアとは 一人の人であり
健全な一人の人の中には分裂などあり得ないからです。

ですからムリに 
組織や気合「魅力的な礼拝やメッセージ」などで
教会を一つにしようとするのは(汗が出るばかりで) 
完全なお門違い(おかどちがい)と言えるでしょう。
必要なのは一人一人が「キリストにある」という
真理を追い求め それを真に見ること知ることであり、
更にそれを実際生活の中で経験することであると
私は考えております。(汗とは人の血肉の奮闘と
「のろわれ」の象徴です。創世記3章)
*
しばらく実家の方に来ておりました。
でもそろそろ 山に戻ろうかなと
思っております。

2010年6月16日水曜日

血圧と山歩き

きのう街に出たとき、
血圧を計って見て驚きました。
110-62だったのです。

数年前 
血圧が高かった時、突然「ふしぎなナベ」が与えられ、
超減塩(ちょうげんえん)と青物大量摂取(せっしゅ)
の食事に切りかえたとたん、
劇的(げきてき)に血圧の値が正常になったのです。
しかし超減塩というのはどうも味気なく その後 
正常値ギリギリか「多少要注意」になっておりました。

今回の血圧の低下は間違いなく、最近の山歩きのおかげでしょう。
傾斜(けいしゃ)のきつい道なき道を とてもゆっくりと進む
私独特の山歩き(世に言う登山ではない)は 
突然自然から与えられるさまざまな感動が楽しめるほかに
足場の不安定さ、虫の襲来(しゅうらい)、その他に対する
あらゆる防御(ぼうぎょ)やバランス感覚等、多くの体の
機能、感覚を動員しなければなりません。

多分今回は そのようなことの成果なのでしょう。
体は正直なものです。


*
工事の方は
今地下室の「美化」にあたっています。
壁と天井にボードをはってボロを隠し、床には
超安価で買った中古のタタミをしく積りです。

以前 やむなくここに泊まっていただいたお客様方、
ホンとにヒドイ所にお泊めしましたね。でも次回は
多少 期待していただいてもよいかも知れませんよ。

更に出来れば 
地下室用のトイレも設置したいのです・・
最近あれもこれもと
いろんな欲が出て来ております。

この小屋の地下室は何と地上の地下室です。
でもこの説明は骨がおれるので・・

2010年6月15日火曜日

誰の恥辱(ちじょく)?

自分が今 本当はどこにいるのかを知り 
それを認めることは重要です。そうでないと
尊い命を落とすことになるかも知れません。

しかし
それは人間にとって とても難しいことです。
何故なら人には 極めて深い誇りとメンツがある
からです。自分は今まで間違ったコースを選んで
しまった、これまで積(つ)み重ねた人生において
或いは誤った歩み方をしてしまったのかも知れない、
と人々の前で率直に認めることは途方(とほう)も無く
困難です。それは 自分の恥じを白日のもとにさらし、
自分を全否定することさえ意味するからです。

*
しかし神は既に「あの最後の人」において 
人間の総ての恥辱(ちじょく)を
全人類の歴史(BCとAD)のど真ん中に高くすえ
総ての創られた生き物達の環視(かんし)の中
9時から3時までの真昼間、完全な白日(はくじつ)
のもと「これをよく見なさい」とばかりに 
完全暴露(ばくろ)することを意図されたのです。

ところが実際には、神の御前において 
あのイエスに彼自身の恥辱は全くありません。
彼には 罪と汚れ、恥辱の影は一スジたりとも存在しません。
彼の本質は神の子であり、完全に神の御こころの中だけを
歩まれたからです。

そうするとあの恥辱は一体 誰の恥、誰の恥辱でしょう?
それは他ならぬ 私の恥、私の恥辱です!だから
私の総ての恥は 既に全宇宙のど真ん中において 総ての目に
さらしものとされ、そして今は何と 私の全恥辱は
墓の中へと永遠に葬(ほうむ)り去られたのです!

今この時空において 時に私はその事実とその根拠に立ち、
全被造物の環視の中、もう一度自分の全部の恥辱を人々の前に
さらす必要があります。しかしながら その恥辱は既に
彼において 完全に葬り去られ、処理され済(ず)み
であることを深く神に感謝しつつ・・

だから
私達は人々の嘲笑(ちょうしょう)の中でさえ 
いつでも勇気をもって もとの場所に戻り その地点から、
ゼロから、否、マイナス地点からでさえ 心からの
喜びをもって 出直すことが出来る筈です。

2010年6月13日日曜日

危機一髪4

「未知の沢を下る?!
イヤイヤ、それだけはいかん。やはりもとに戻って
一から出直し、もう一度 登って来たあの傾斜面
(けいしゃめん)を捜すべきではないのか。

それを考えていたその時、
何故かフトあることに気がついたのです、
「そうだ、最初 天王山の頂上から馬の背(尾根)を下るさい、
私は多分下り過ぎたのだ。下り過ぎたので
全く別の沢の上に出てしまったのではなかろうか!」

事実が本当にそうなのか、そうでないのかは分からない。
いずれにせよ、その時はもう他の選択肢(せんたくし)は
無かった、それに賭(か)けるしかなかったのです。

いよいよ尾根をおり始める。
その唯一の選択肢の故、
先回と比べれば 馬の背をずいぶん早めに
右に旋回(せんかい)することになる。
そしてついに「運命の」あの谷に向かう。
もしこれでダメなら 本当にアウトだ。

脚(あし)の筋肉も これ以上の酷使(こくし)には
耐(た)えられないそうもない。少し痙攣(けいれん)が
出てきた、これは相当ヤバイ。
今晩は野宿かもしれない。それはやむを得ないとしても
朝は随分(ずいぶん)冷えるだろう。
空腹には耐(た)えられるだろうか。

どんどん下る、すると
ほどなく、見覚えのあるわが「奥の沢」の
一部が見えて来たのです!
登って来たピンポイントではないが
間違いなく あの沢の右上方には違いない。
よく知っている伐採(ばっさい)後の風景がその証拠だ。
・・助かった、本当に助かったのだ。

*
奥の沢におりると
天王山を仰ぐ空は既に
紫色の薄暮(はくぼ)。

小屋に向かう遠くの山で
ヨタカが啼(な)き始めました。

2010年6月12日土曜日

危機一髪3

人は高きにおればこそ、なんとか全体を見わたせる。
ところが、人がいったん低きに落ちてしまったら 
自分がどこにいるのか、ここがどこであるのかさえ 
分からなくなる。その時人は必ず パニックに陥り 
まずは心理面から参(まいっ)てしまうのだ。
だから 沢には絶対に下りてはならない。

ここで私はあることに思い至ったのです、
「そうだ、昔 登ったあの別コースの道を捜して見よう。
その道さえ見つかれば、確実に戻れるはず」と 
時間だけが無情にもドンドン過ぎ去る中、
何と私は再び 天王山の頂上を目指したのです。

ところがです、その道がどこであるのか、
かいもく 見当もつきません。
それもそのはず、私のように 
地図にも載っていないこの天王山に登山に来る人など 
5年に一人もいないに決まっているのです。
樹木が年々生長し、草が生い茂るこの季節
当時もうっかりすると見失っていまうあの小さな道が 
今やすやすと見つかるはずがない。

ここにも すぐ目の前に
別の沢が広がり落ち、まるで手招きでもするよう。
木々の葉の間からは 近くに見える
下の光景から判断すると あの方面の向こうには 
確実にわが小屋があるはず。
「日が暮れる、もう時間との勝負、
思い切ってこの沢を降りてしまおうか。」

「主よ、どうするべきですか!」 

2010年6月11日金曜日

危機一髪2

とうとう、
天王山の頂上(ちょうじょう)付近まで
来てしまったのだが もう日は大分傾(かたむ)いていた。
「さあ戻ろう、ナニわけは無い」と 
尾根を下り始めたのである。

次に馬の背を右に折れ、次にあの急斜面の沢を下らなければ
ならないのだが フト気がつくと どうも様子が変なのだ。
これからおりようとしている沢は 登って来たあの谷とは
似てこそいるが 明らかに違う、これはおかしい。
一体なにが起こったというのだ!

阿武隈もこのあたりは 
大小の山や丘、谷や沢が、こんな形と配置を誰が
考えたんだろうと思うくらい
複雑怪奇(かいき)な地形なのです。

こんな時 どうするべきか、どうするべきでないのか。
いずれにしろ、この時間、この軽装(けいそう)で
未知の沢や谷には絶対に下りてはならない。

2010年6月10日木曜日

危機一髪(ぱつ)1

たった一人で山に入り、
「あそこの向こうはどうなっているのだろう」と
向こう見ずに道なき道を 未知との出会いを
期待しながら歩くのが好きです。

きのうの午後、それも結構遅く、
水源の「奥の沢」から 右手の 
もの凄い急斜面(しゃめん)を登り始めた。
目的はただ 尾根(おね)の上とその向こうが
どうなってるかを知りたいだけ。

細い木々にしがみつきながら あえぎあえぎ
何とか尾根にたどりつく、うれしい。

尾根は意外に広く 
ことのほか、傾(かたむ)いた赤い
太陽を通す森の姿がとても美しい。
尾根とは たとえれば馬の背であり、
馬の腹は それへといたる谷からの斜面です。

尾根に着いて見ると今度は 馬の頭の方の
山の頂上を目指(めざ)したくなります。
「頂上までは今日は難しいな、ムリはしない方が
いい」と自分に言い聞かせつつも 登り始めたのである。
しばらく登るにつれて「あ、ヤッパリここは
天王山なのか」と納得(なっとく)する。

天王山と言うのはしばらく前 
別ルートから よく一人で登った山です。
ここまでは人の伐採(ばっさい)も入らず 
この近辺では極めて貴重な原生林があるのです。
「なつかしい原生林が見えて来た、嬉しい!」

しかし何と 嬉しいのはここまでだったのです。

2010年6月8日火曜日

感覚(愛)の生活から信仰の生活へ

キリスト者が真に主の愛を知り、主によって満足する時、
彼は自然に「感覚の生活」の中に入って行きます。
そのような生活は彼にとってとても貴重です。

普通そのような生活は
キリスト者が罪からの解放を経験した後、
「真に霊的な生活」を経験する前に経験します。

多くの場合、「より深い認識」に欠けるために、
キリスト者は この愛と感覚の生活を極めて高く
評価します。或いは彼は キリスト者にとってそれが
最高の生活であるとさえ誤解するかも知れません。
従ってキリスト者はそのような「愛の生活」を手放す
ことに非常な困難を覚えます。

しかしながら そのような生活は決して長続きしません。
何故なら神が敢(あ)えてそうされるからです!何と神が
あなたの感覚、興奮(こうふん)を取り去られるのです。
(この挫折?は「真にキリストを追及するキリスト者」
であるならば当然のごとく経験します)

何故神はそうされるのでしょうか。何故なら、
神はあなたをして 真に神のみを信じる
「信仰の生活」へと導きたいからです。 
神はあなたが「あなたの感覚」に振り回されることなく
どんな状況下に置かれようと
(あなたの感覚と環境、そして経験がどうであろうと)
単純にひたすら「ただ神ご自身そのものを」信じる
ことを願われるからです。(先人の言葉より)

*
罪の生活→感覚(愛)の生活→信仰の生活、です。
しかし、当然「信仰の生活」をしている者は
無感覚で愛が欠乏した木石ではありません。
むしろその逆でしょう。主イエスがそうであったように
彼は「神が本来意図された人、最も人間的な人、
真の人間」に違いありません。

また、
私達が信仰によって救われたことは明らかですが
「信仰の生活」には欠けるかも知れません。しかし、
信仰によって救われた私達(義人)は 救われた後も
全面的にただ信仰によって生きるべきです。
(ローマ1の17を見てください)

先人達の文章に接するとき
彼は今この文章のこの部分において
「何を最も強調したいのか」に注目したいものです。

2010年6月7日月曜日

神の働きの開始

キリスト者がときに偶然 他のキリスト者に出会うとき
そこに何か ある深い喜びと不思議な感動を覚えます。

何故なら 実はそれは決して偶然などではないのであり、
更にそれは「深い所」から湧(わ)き上がり「今ようやく
地上に達した何ものか」との出会いであるからです。

大きな川の源流地帯にいる私は、山を歩く時
無数に存在する その川の源の一つとよく出会います。
それは殆どの場合 ごく小さな泉、湧(わ)き水です。
それはあまりに目立たなく 木かげや 
くちた大木の下にひっそりと隠(かく)れています。
(小屋の地名は「岩井沢」ですが、ここは
非常においしい水が湧き出る源流の一つです)

しかしあなたがその小さな泉を口にするならば それは
清らかで甘くとてもおいしいのです。それは直ちに夏の炎天
(この世)の渇(かわ)きを癒(いや)してくれます。

それは 単純でささやかなキリスト者の出会いや交わりに 
確かに存在する あの純粋な性質や味わいと同じものです。
何故ならその味わいは「きわめて深い所」から湧き出て来た
ものだからです。そのささやかな交流を通して 深い所から 
「この世のものでない何か」が湧き出てきた瞬間こそが 
この地上における神の働きの開始である
と言ってもよいでしょう。

ですから私達は 日常の中
とても小さな 人との出会いをさえ とても大切にしなければ
ならないはずです。いつでも常に これは「目には見えない
深い源」から しみ出された泉かもしれないことに期待し、
神の御前で いつでもそのチャンスに応じる備えが必要です。
そうでなければ私は とても貴重な「神の働きの開始」を 
ミスしてしまうかも知れないからです。

真の「神の働きの開始」に
人の会議や企画、人寄せ、マンパワーの結集、人心を奮
(ふる)い立たせる演出、汗の努力、金銭の力などは全く
不要です。神の働きの開始は必ず ごく普通の人々の 
ありふれた生活の一端(いったん)から 静かに 人知れず
開始される何かである はずだからです。

2010年6月6日日曜日

神のみこころ(1)

イエスはただ「神のみこころ」に満足されました。
「神が彼を知っておられる」故に 彼はいかなる人の
反対にも悩まされることはありませんでした。彼は
神から与えられた制限を「喜んで」受けられたからです。

主は私達も ご自身のくびきを共に負い、主の制限を
受け入れ、肉の自由を求めないことを願われます。
そのようにして 私たちが ただみこころに従って
歩くように求められるのです。

そのようにする時
私達の感情ももはや 何ものによっても煩(わずら)わ
されたり、悩まされたりすることはないでしょう。

実はこれが十字架です。
もしもある人が「喜んで」主の十字架を受け入れ、主に完全に
服するなら、彼の感情は 何ものにも煩(わずら)わされることは
あり得ません。のみか、そこには必ず「満ち足りた」命と生活が
あります。神のみこころを得た故に、彼には他に何も求めるものが
全くないからです。

十字架とは 
神のみこころを喜んで受け入れることです。
(先人の言葉より)

2010年6月5日土曜日

病院はよいところ

きのうは午後2時ころです、 
外での作業中 急に胸が痛くなりました。胸の上部が
横の帯状に 肋間(ろっかん)神経痛のように痛むのです。
しかしそれは数分でおさまりました。

でも 痛みが胸だけに実にいやな気持ちです。しかし
こういう場合 私があれやこれや考えても殆ど意味がない、
スグに病院に行くべきではないかと、車で40分くらいの
あのきれいな町立三春病院に向かったのでした。

結果 医師いわく、
「心電図の状態は よい心臓の模範になるくらい良好です。 
心臓の重大な病気の恐れはマズないでしょう。
ま でも、もうしばらく様子を見てみましょうか」
ということで 薬も何ももらわずに とても爽やかな
気持ちで三春の町を後にしたのでした。

そこで、二つのことを考えました:
行って見ると病院も悪くはない、私も年も年、
これからは こういう場合、何はともあれ、すぐに病院に行こう。
病院を嫌がらずに、(レストランにでも行くように)病院と仲良く
しよう、というのが一つ。

それと
病院の待ち時間はとても長い、
しかしそれは絶好のチャンスです。
何故なら 三春病院の待合室は大きなガラス窓の向こうに 
美しい田園風景が広がり
それを眺めながら、神とジックリと交わる(礼拝する)
には これほどすばらしい場所はめったにないからです。

2010年6月3日木曜日

新約聖書の時間の流れとステパノ

新約聖書の時間の流れは
福音書をもって始まりますが、
一応 キリストの御業をもって完結します。

キリストの御業とは 
①彼が十字架に向かったこと ②十字架に付けられたこと 
③黄泉に一定時間 留まったこと ④復活したこと 
⑤昇天し 御座に着いたことです。
以上が第一部です。

第二部は彼が昇天し、御座に着かれた時点から
始まります。使徒行伝と黙示録はその時から 
平行的に進行して行きます。

使徒行伝は
唐突(とうとつ)に終わっているように見えます。
と言うことは 実はこの書の実際はまだ終わっていない、
ということが暗示されているのです。ですから
私達は今 黙示録中のある点にいるのであり、また 
使徒行伝・何千章かの時間の中にいることになります。

(この事実のため 今でさえ私達は 
使徒行伝の最後で 神の国を宣べ伝えているパウロの同労者
である必要があるのであり パウロと同じ神の働きの
系譜の中にいなければならない筈です。)

黙示録4章は天の光景の描写(びょうしゃ)で始まり、
5章に入ると 少し前にほふられたばかりの子羊を
見せています。(6節)
この天におられる人の子イエスを 使徒行伝のステパノは
地上から目撃(もくげき)し、パウロはその声を聞きました。
(使徒行伝9、22、26章)

何故なら 彼らに天が開かれたからです。
「地が私達を締(し)め出し」天が私達に対して
開かれる時こそ 私達が初めて 天におられる人の子を
見聞き出来る時です。ですから私達も 何を差し置いても
(即ちこの世から締め出されて)天の人の子を「見る」必要が
あります。そうです、天におられる人の子(今日のキリスト)を
見る啓示(REVELATION)こそが 私たちの必要の総てである
とさえ言えるでしょう。

それ故ステパノは、即ち「天の人の子」を見たが故に、彼は
その短い人生をさえ喜んで終えることが出来た筈です。
そして間もなく 彼の見た「人の子の啓示」は ステパノを殺した
パウロへと受け継がれ ステパノとパウロは 
天地におられる人の子の中で 完全に一つとされたのです。
(ステパノはパウロの中で生き続けた!)

ステパノの最後の言葉です:
「見なさい!
天が開けて、人の子が、神の右に立って
おられるのが見えます。」(使徒行伝7の56)

2010年6月2日水曜日

天が賛美にわき立った理由

「子羊は御座に座る方から、巻物を受け取った。」
(啓示録5の7)

なぜ ただ唯一 子羊だけが 
巻物を受け取り、それを開封できるのでしょうか?
それは 
「ユダ族から出たしし、ダビデの根が勝利を得たから」
(5の5)です。勝利こそが開封する資格の根拠です。
当事者であり勝利者なる彼だけが、 
その権利を有し、それに最もふさわしいのは
当然のことでしょう。

さて
子羊が巻物を神から受け取った(7節)後に 
直ちに天に展開された諸光景には
実に目を見張るものがあります。(8~14節)
(どうか今一度 再読して見て下さい)

その光景には・・
「さあいよいよ、これから巻物が開かれるぞ!」
と言う ものすごい期待感が溢(あふれ)ています。
それゆえ そこに出現したものは
圧倒的ですさまじいばかりの子羊への
感謝、賛美、歌、喜び、礼拝等です。これらの
感謝、賛美、喜び、礼拝に形式や式次第等は
全く不要です。それらの賛美、歌、感謝は むしろ
「衝動的」とさえ言えるものに違いありません!

その賛美の光景は、
今は隠されて巻物の中にしかない
「ゴルゴタにおける絶対的な子羊の勝利」の詳細が
これから、そして今こそ全宇宙に展覧されることへの
大いなる期待感が土台となっております。

啓示録は実に「大いなる喜びの書」なのです。

2010年6月1日火曜日

日はまだ高い

六月 
ビックリするような山の明るさに
緑が溢(あふ)れ輝いています。

今午後4時
これから近くの山に入ります。
嬉しいことに日はまだまだ高い!

今日 なぜか鳥はあまり啼きません。
ただ北の谷に ホトトギスの どこかさびしくも 
美しい叫び声が響(ひびき)きます。

その下の田んぼで
カエルの合唱が、
重奏低音(じゅうそうていおん)のように
湧(わ)き上がり
山の平和とのどかさを演出します。

それでは行って来ましょうか。

黙示録は啓示録です

黙示録の主要部分は
神の手にある巻物の七つの封印を解(と)き、開くこと
で成り立っています。(5章)
「神の右手にある巻物」(1節)は永遠性のものであり、
黙示録は 巻物の開封によって その永遠のものを 
時空の中へと開いて見せるのです。

二千年前パレスチナの片隅(かたすみ)において
イエスの身の上に起こった出来事とその後の真の意味は
神の中に隠されており 容易(ようい)に誰も
その実態を把握(はあく)ことは出来ません。

ところが神の子羊が
その巻物を開くなら その膨大(ぼうだい)な紙面は 
時空へと無限に展開され、それによって
いやおうなしに 総ての被造物と世の人の姿の
詳細(しょうさい)があらわにされます。

言い換(か)えれば 
黙示録における時空という舞台上で展開される
それらの膨大な数にのぼる被造物達の「ふるまい」の一切は
総て、既にあの極めて小さい一点・キリストの隠された
御業・巻物の中に包含(ほうがん)されていたのです。

これ故 一言で言えば、黙示録とは
キリストの御業の中に既に存在していたものや
そこで達成された事の 時空への展開・展覧、
啓示(REVELATION)に過ぎない、と言う事が出来ます。

従って
私達が先ずは「二千年前に起こった」
「キリストのあの御業そのもの」に
格別な注意をはらわなければならない
のは当然のことと言えるでしょう。


★
昨日 小屋に戻りました。今小屋は 
完全に「緑の海の中」です。