2009年7月2日木曜日

十字架と結実

十字架は実を結びます。
総ての十字架は神の命の実を得させます。
神が与えられる実際の十字架を、
自ら進んで受けようとする者は、彼自身
「混ざりもののない霊の命」を生きていることを
見出すでしょう。

私達は、神の願いに従って、日々十字架を負うことを
実行しなければなりません。
総ての十字架には特別な使命があります。
その十字架は、必ず私達の中で「神の働きの一部」を
成し遂げるでしょう。
どうか私達に臨む十字架が一つとして
無駄になることなどありませんように。
(先見者の言葉より)


Sugar 私見:
上記の文は「先人の言葉」のシリーズとは
全く別のものです。

この文で分かること、それは:
①十字架は私のために、神がそのつど
一つ一つ測って与えられる、と言うこと。
②そしてもしも「私の十字架」における精度が
一定基準をクリアしているならば、
それは必ず神の御こころの一部を成し遂げると言うことです。
しかし、
③決して私達が直接神の働きをするのではない、
と言うことは重要です。それは当然のことであり、また
そんなことは不可能です。
私達に与えられた使命、それは日々、
神から与えられる十字架を進んで受け入れること、
ただそれだけです。

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