これから、あたりに人が殆どいない
福島の自宅退避区域にある山小屋に向かいます。
8日に下山しますから今回、中3日の山暮らしです。
目的は、小屋がどうなっているかを見ることと
「必要物」を実家に持ち帰ることの二つです。
小屋が大きくこわれており、生活が不可能であるか、
それとも何とか住めるような状態であるかは
これからの私の生活に関して「主のみこころ」の
大よそを、うかがい知ることができるでしょう。
もしも小屋が大破(たいは)していれば、
これからは、山はあきらめ、実家を基盤(きばん)にした
暮らしに、シフトチェンジをしなければなりません。
それはやむを得ないことであり、「みこころ」も
そこにあると信じます。(その場合は、今日直ちに
実家に「とんぼ返り」することになります。)
またこれから、避難区域が拡大された場合も当然
小屋に行きにくくなるでしょう。
いずれにしろ、今日の入山はどうしても必要なのです。
今回小屋での数日の暮らしに、放射能についての恐れは
私の場合、実感として殆どありません。
要するに「何を信じるか」ですが、
これ以上あれやこれや考えてもそれは際限(さいげん)の
無いことであり、心配するだけ損(そん)でしょう。
今回においては、日本政府を信じて行動する以外には
無いのではないか、と思っております。
しかし最終的な判断においては、
以上の状況を総て目の前に置いて
主の前に出るとき、今日の山行きに関して
私の心に波風が立つことは全くなく、
ムリ感、不自然感も100%ないのです。
ですから、今回のこの旅行に、主も共にいて下さることを
確信することが出来るのです。
それでは。
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