自死によって
我が子を失った親の悲しみには極めて深いものがあります。
多くの親が、自分も死んで我が子に会いたいと思う心理には
相当 共鳴出来るものがあるのです。
私の経験から、その親の心理は三つの範疇に分けられると思います。
①自責の念、即ち自分に罪があると言う心理です。
②「子供が余りにかわいそうだ」と深く思う思いです。
親はこの二つの思いに日夜さいなまれる、と言っても
決して過言ではないでしょう。
そして、最も難しいのは
③深い喪失感から来る
・子供と「一目会って謝りたい、そして交流したい」です。
その切実さの故に、それらは時に
・子供の名を呼ぶ、子供に願い事をする、そして死者を礼拝をする、
に容易に変容する可能性があると思われます。
ここで触れておきたいのは、
これら三つの辛く苦しい思いには、ある奇妙な心理が伴う事です。
それは、その深く暗い穴の中に引き込まれて行く時、そこにはある種の
かすかな薄明かりの中の「快感や甘さ」の様なものが存在することです。
それは確かに「むしろこのまま私は、死んだ子供の所に、どこまでも
どこまでも引き寄せられて行きたい」と言う心理に通じるものがあるのです。
それは親をして、その穴の中にいつまででも留まらせておくのに、
充分な効果があると思われます。
それでは、その正体は一体何なのでしょうか。
それは、明らかに「ある種の奥深い暗い誘惑」に違いありません。
従ってそのような親を真に慰め、そこから引き離すのはとても
難しい事と言わなければなりません。
そうです、それはとても難しい事なのです。
従って私には、この種の問題の解決にはどうしても「霊的な分野」の中へ
一歩踏み込まざるを得ない、と思われるのです。
*
それでは以上のような「この世の最大の苦しみ」に
解決は無いのでしょうか。あります!
何故なら、
私達の主イエスキリストは「その死の苦しみ」の真っ只中に
敢えて入って行かれ、その死の根本的な力を内側から
完全に爆破し粉砕し尽くしたお方であるからです。
そして今私達の手の中には、そのイエスキリストのことば、
死をも打ち砕く力を内に秘めた「神の真理」があるからです。
そうです、私達には神の真理があるのです。
確かに、真理は悲しみに打ち勝つのです。
2 件のコメント:
断酒会で検索していたのです。
ワタスもお亡くなりになられたジュン君に似た性格です。
一言言わせていただきます。
キリスト教は人を狂わせますよ。
USのジーザスキャンプをネットで見ましたが、あれは狂気デス。
息子さま、安らかに。。。。合掌
ジュンの為に有難う。
「キリスト教は人を狂わせる」・・
全く同感です。
ジュンも、断酒会に行こうとしていた所
でした。
あなた様も どうか「がんばらないで」
頑張って下さいますように。
成功を祈っています。
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